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慈愛的乙女(ユティア・スターレ)

 

「あぁ! (ウチ)で1番高価だった長剣が……」


 と、ユティが悲痛な叫びを上げていた。


 気持ちは分からんこともない。

 俺だって悲しい。

 100万ベルで買ったのは俺だ。この"剣豪の長剣"が折れてしまって一番悲しいのは、当然俺だ。


 結局この長剣……一度も敵を斬ることが出来なかった。

 9階層までは武具無しでやってこれた。

 そして、ようやく出番が来たと思えば、初撃でこのザマだ。


 などと悲観している場合でもない。


 ユティを庇いながら、俺は異階層主の胸に回し蹴りを放つ。

 見事にまともに命中した。


 異階層主が一瞬顔を歪め、数歩後ずさる。


 手応えはあったし異階層主の様子からも、少しはダメージを与えられたみたいだが……駄目だな。

 75階層級ともなると、やはり厳しい。魔力を纏わせての体術でも、大したダメージは与えられそうにない。


 つまり、攻撃力不足だ。


 この"剣豪の長剣"も、既に使い物にならない。


 ヒョイっと、俺は、刀身が砕けた"剣豪の長剣"だった物を放り投げた。


「ちょ! ロワ君ひどい!」


 無惨に床に転がった"砕けた長剣"に視線を向けながら文句を言うユティ。


 そんな文句を聞きながら、俺の意識は異階層主へ向いている。


 まともに回し蹴りを喰らったことで、かなり機嫌を悪くしたらしい。顔が怒りに歪んでいる。

 目を見開き、睨み付けてくる。

 そして、腰を低く構えたかと思うと、またしても一瞬で俺の目の前に迫っていた。


 鋭利な爪を剥き出しにした手のひらを、横凪ぎに振り抜いてくるが、俺は即座に腰を落としてそれをやり過ごす。勿論ユティの頭を片手で押さえつけて、同じ動作を再現させる。


 だが、どうやら俺達がそう回避するのを読んでいたらしい。


 異階層主の体の後ろから、逞しい尻尾が円弧を描きながら俺達に迫っている。


 ……流石にこれを喰らうのはキツい。


 落とした腰に力を入れて、回す。

 その力を腕に伝え、左手に。そして魔力を伝わらせ、異階層主の尻尾が俺達へ到達するよりも早く、俺は左手の握り拳を異階層主の腹へ叩き込んだ。


 ――ベキリ


 鈍い音が聞こえた気がした。


 異階層主の顔が激痛に歪み、体が僅かに宙を舞い、地に落ちる。

 どうやら、今回はさっきよりもダメージを与えられたようだ。

 だが、この調子ではいったいいつになれば倒せるか分からないな。


 しかも……。


 左手に少し力を入れると、激痛が走る。

 ジンジンと熱く、小刻みに震えている。

 左手の骨が、ズタボロに折れてしまったようだ。


 かなりまずい状況だ。


「ろ、ロワ君……その手」


 異常なまでに腫れ上がった俺の左手に驚いている。


「大丈夫だ。心配するな」


 そう言うしかなかった。

 ここで俺が弱音を吐く訳にはいかない。

 俺はこの巨塔(アベル)の最上層を目指しているんだ。

 適性武具が無いからって、こんなたかが75階層級の異階層主に敗けるなんてあり得ないだろ。


「やっぱり……あの魔物、強いんだよね?」


 俺は無言で頷いた。


「ロワ君も、やっぱり普通じゃないよね? 適性武具も無いのに、どうしてそんなに強いの?」


「悪い。今は説明している暇が無い」


 ……って言うか、初めて会った時に名乗ったんだが、『ロワ・クローネ』だと。


 ともかく、今はこの窮地を乗り切るのが先決だ。

 話は、後でいくらでも出来るんだから。


 異階層主が、ユラリと起き上がる。


 やはり……大して効いていない。

 寧ろ、左手が使い物にならなくなった分、俺の方がダメージを受けてるだろコレ。


 なんて考えていたら、異階層主が動き出した。


 真っ直ぐ俺に向かって突進してきているが、不気味な笑みを浮かべている。

 ……何か企んでやがるなコイツ。


 そこからどう動くのか、俺は意識を集中させる。


 しかし、特に妙な動きなど無く、俺の懐にまでやって来た。


 なんだ? ただの俺の勘違いか? と思ったが、それは違った。


 俺の懐に入り込んだコイツの視線は、俺に向けられていない。

 俺の後ろ……ユティに向けられている。


 ゾワリと、俺は悪寒に襲われる。


 気付いた時には既に異階層主の尻尾が、俺を回り込み、ユティを襲うべく迫っていた。


「この、クソ半竜野郎があぁぁああ!」


 咄嗟に体が動いた。

 無理矢理に俺は、その尻尾と、ユティの間に体を割り込ませる。


「キャッ!」


 ユティの小さな悲鳴が聞こえた時には、俺は既にユティを抱き込んでいた。

 ……なんとか間に合った。


 そう思った瞬間。


 横腹から腰の辺りにまで、叩き付けられる衝撃を感じた。

 まるで、体がひしゃげるかの様な感覚。

 激痛、鈍痛、あらゆる痛みが俺を襲う。


 俺はユティを抱いたまま、後方へ吹き飛ばされた。


「……………!? ろ、ロワ君!?」


「わ、悪いユティ。大丈夫……だったか?」


 倒れ伏す俺の腕の中のユティに、俺は問い掛けた。


「え……ロワ君? うそ……ねぇ! 大丈夫!?」


 ユティのこの声を聞く限り、今の俺は相当酷い状況らしい。


 下半身が全然動く気配が無い。


 ……終わった。


「大丈夫? ねぇ!? ロワ君!?」


 腕から出て来たユティが、俺に泣き付くように語りかけてくる。


 そうしている間も、異階層主がこちらへ近付いているのが気配で分かる。

 俺にとどめを刺すつもりらしい。


「来ないでよ! 来ないでったら!」


 俺を庇うようにして、ユティが異階層主を睨み付けていた。


「ねぇ、ロワ君、私も戦うから! アイツと戦って、ロワ君を護るから! だから……」


 俺を見て理解したようだ。

 ユティが泣き崩れた。


 ……もうすぐ俺は死ぬ。

 自分でもよく分かる。みるみると体温が下がっている。


 せめて、ユティだけでも帰してやりたい。


 だが、この異階層から脱出するには、異階層主を倒す以外に方法は無い。


 ……何か、何かないか?

 ユティだけでも、せめて……何か、戦える……武器を。


 朦朧とする意識の中、俺は収納魔法から、ひとつの武具を取り出した。


「……ユティ、これ……を。これ、で、アイツを」


「…………………!?」


 取り出した長剣を見て、ユティが目を見開いた。

 まるで、何かに気が付いたような、驚いたような、そんな顔。


「ろ、ロワ君……これ」


 ユティの声に、俺は言葉を返せない。


 だが、俺は朦朧とする意識の中で、確かに聴いた。


「これ……私の"武具"だ」


 "女神の長剣"を受け取ったユティが、金色の瞳に強い光を宿しながら、そう言っていた。


 その瞬間、何かに弾かれた様にユティから光が迸る。そしてユティの持つ"女神の長剣"が、既に美しかった白銀の輝きを、より一層強くし、更に美しくなる。まるで、ユティの手に渡るこの瞬間を、この武具は待ちわびていたみたいに。


 それに呼応するかのように、ユティの右手が赤い輝きを放ったかと思うと、"9.075"という数字が現れ、同時に左手にも白く輝く"9"という数字が刻まれていた。


 紛れもなく、"適性武具"を手にした冒険者の証拠が、そこにあった。


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