降臨的冥王(魔女の願い)
自身の持つ魔力を熱に換えて周囲一帯を焼き尽くす。極地級殲滅魔法『炎天下』。
詠唱という適能によって限界まで強化されたその魔法は、ミルシェの持つ魔力を全て、熱へと換えた。
ミルシェが魔力を全損させてまで行使した『炎天下』の火力は、彼女が『全冒険者中、最大火力を誇る』と言われている事を全ての冒険者に再認識させるには十分なものであり、その成果は確かな形で表れた。
混乱に包まれている戦場で、冒険者達を思うがままに狩っていく天使達を焼き尽くす。
その光景はまるで、戦場に突如出現した太陽に、天使達が焼かれていく様だった。
その、ミルシェの命を犠牲にして放たれた『炎天下』により命を救われた冒険者の数は計り知れず。しかし、そのほとんどの冒険者達は何が起きたのか、状況すら理解出来ずに、また次の天使達の脅威に晒された。
そんな時だった――。
『冥界』という適能が、その発動を完了させた。
魔力を全損し、生命を維持することが困難になり、死を待つのみであったミルシェは奇跡的に一命を取りとめた。
(な……なにが、どうなったの?)
起き上がり、まず自身の状態に意識を向けてみて、困惑した。
(ま、魔力が……。それに……)
確かに全ての魔力を使い切った。
そのつもりで詠唱を行使して、魔法を放ったのだから間違いない。
魔力を全て使い切り、初めて体験した『魔力全損』という状態。
あの、全身の体温が急激に冷えていくような感覚は夢や幻の類には、どうしても思えない。
――さらに。
(傷も……なくなってる)
剣で胸を貫かれた傷も、抉られた背中の痛みも、砕かれた肩も、完全に回復している。
(………………なにが、起こったの?)
完全に死を覚悟してからの復活は、流石のミルシェですら理解できない状況だった。
周囲を見回してみても、空から次々に現れる天使達に、冒険者達は翻弄され、倒されている。
だが少し、冒険者達の様子が変わっていた。
(これは……)
明らかに、全ての冒険者の動きに変化がある。
攻撃力から反応速度まで、ありとあらゆる能力値が上昇しているのが目に見えて分かる。
そして、改めてミルシェは自分の状態に意識を向けた。
(――なっ! そんな……そんなことって)
発動している『冥界』という適能の効果に、唖然とした。
全能力値の上昇に、負傷値の上昇、さらには『回復不可』という能力異常まで付与されている現実。
「っ………………」
唇を噛み締め、その場に膝をつく。
涙が溢れた。
およそ人前で涙を流したことのないミルシェだったが、その瞳からは、信じられない量の涙が溢れて、落ちる。
「あ、あぁ……っ」
意識せずとも溢れて止まらない涙に、ミルシェはようやく自分の気持ちに気付いたのだ。
信じられない効果を発揮している『冥界』という適能。
――しかし。
そんなこと、どうだっていい。
ただただ、嬉しかった。
(生きてたっ! やっぱりっ、生きてた!)
あの日から、信じて疑うことはなかった。
しかし、長い月日に、その気持ちが揺さぶられることもあった。
『魔力』を忘れてしまいそうな気もしていた。
人の集まる場所に行く度に、その姿を探した。
それは、ただ、仲間を想う気持ちが、自分をそうさせているのだと思っていた。
しかし違った。
こうして、肌で感じて、救われて、確信に変わり、溢れる涙が自分の気持ちを存分に表している。
――そう。
自身を支配するこの気持ちと、『冥界』という適能を発動させているこの魔力。
(――ロワ!)
それは紛れもなく、ロワ・クローネだった。




