降臨的冥王(判断)
適能『冥界』の効果が異空間隅々にまで行き渡った。
効果範囲内にいた冒険者全てがその効果の対象となり、まず最初に体力と魔力が全快する。
そして、全能力値の上昇を得た。
しかし、強すぎる効果にはほぼ、条件や代償が存在している。
冒険者なら誰でも、その可能性の存在を頭の片隅に置いている筈なのだが、実際に気付くことが出来る物は少ない。
命の危険に陥っていた者や、魔力が残り少なくなり戦意を失っていた者達は『冥界』の効果により回復したことと、これまでに味わったことのない能力値の上昇に、再び戦意を取り戻す。
圧倒的な破壊の象徴とも言える、巨人。
空を覆う程に出現した天使達を討ち取ろうと、冒険者達は再び勇み向かっていった。
戦場には、よりいっそうの怒声や悲鳴、叫び声が響き渡っていた。
そんな中で、暴れ回る巨人から少し距離を取り、天使達の目の届かぬ物陰から様子を窺うふたりの冒険者の姿がある。
「おいおい。なんだこりゃ? とんだイカれ性能の適能だな」
「えぇ。全回復に全能力値の上昇、それも異常な程に。……そして」
「負傷値上昇に、回復不可かよ。この適能を使った奴は敵か? 味方か?」
「ま、味方でしょそりゃ」
異空間主と冒険者達の戦闘を注意深く観察しながら、話し合うふたりの男女。
「……とは言え、俺達はここまでだな。負傷値上昇に回復不可までつけられちゃ、シエラの『代償』が使い物にならねぇしな。下手したら死ぬだろ」
「そうね。でもレイグ、貴方の適能はこの状況においては更に効果が上がるんじゃない?」
「ま、そうだろうな」
少し前までは巨人と激しい戦闘を繰り広げていたレイグとシエラだったが、突如として出現した大量の天使達に続き、異常なまでの適能の効果を感じて戦場から離脱していた。
激しく変わった戦場の、状況把握に努めていた。
『冥界』という適能の効果を理解するのに、そう時間は費やさなかったのは、レイグとシエラの持つ適能もまた、自身や他者の体力の影響を強く受ける物だったからだろう。
「けどなシエラ。こんなイカれた状況でも、回復することの出来る魔道具を俺達は持ってるんだぜ?」
そう言って笑いながら、レイグが収納から取り出した魔道具。
人差し指と親指で摘まむようにして出現させたのは、神秘的に淡く光る、一枚の緑葉。
"大樹の緑葉"だった。
「コイツは、どんな状態異常だろうが、どんな能力異常だろうが関係ねぇ。『死』だってな。これを使えば『代償』で死ぬこともねぇだろ?」
まさに名案だろ?
そう言わんばかりのレイグ表情だったが、シエラは呆れた表情を見せる。
「そうでしょうけど、論外よ。その魔道具の最大の恩恵は『死』を回復させることにあるわ。わざわざそれがあるからと言って、自分から死にに行くことはできない」
使えば無くなってしまう。"大樹の緑葉"とは、消耗品なのだ。
「それはもしもの時に残しておくべきよ。使い時は、ここではない」
「ま、そりゃそうだな。俺もひとりで祭を楽しむ気にもなれねーし」
持っていた"大樹の緑葉"を再び収納に戻し、レイグが肩を竦める。
そして今も尚、激しい戦闘が続く場所に目を向ける。
「しゃぁねぇ。今回俺達はここまでだな」
「……えぇ」
そう言ってから、ふたりはどこかに消えていった。
それ以降、この異空間でふたりの姿を見た者はいない……。




