異次元的階層(ワンダリング)
「なんか、思ってたより巨塔って……簡単?」
と、拍子抜けしたような表情のユティ。
たまに遭遇する、なんて事ない魔物を倒しながら俺達は順調に階層を進めている。
既に第9階層にまで上がってきた。
見た感じの雰囲気や景色なんかは2階層となんら変わらないが、構造は勿論違う。
魔物に一切苦戦していないし、ここまで特に立ち止まることもなく上がってこれたため、ユティのこの発言も仕方がない。
だが、この階層を攻略中の他の冒険者が、今のユティの言葉を聞けば気を悪くするだろうな。
少なくとも、他の冒険者はそれなりに苦労している筈だ。
後でユティの誤解は解いておこう。
それにもし、勘違いしたままのユティが適性武具も持たぬまま、アベルに一人で再び突入すれば、命に関わるかも知れない。
街に戻った時にでも、その話もしよう。
「見つからないね……魔法陣」
既にユティは俺の背中に隠れるのをやめ、隣を並んで歩いている。
9階層まで上がってきて少し慣れたらしい。それでも俺の傍を決して離れない所を見ると、魔物に対しては少なからずの恐怖がまだあるようだ。
そして、今は階段ではなく、転移魔法陣を探している。
10階層には、確か階層主がいた筈だ。他の魔物よりも強力なのが階層主。
なので、そこに行く前にユティには街に帰ってもらいたいと思っているのだが……魔法陣がなかなか見つからない。
階層主の手前と、その直後の階層は転移魔法陣が存在している可能性が非常に高い。
上層ではその限りではないが、ここは9階層。間違いなくある筈だ。
もう少し探してみよう。
~
転移魔法陣を探し、俺達はまだ9階層をさ迷っている。
ここら辺の階層はあまり複雑な構造にはなっていないが、巨体 であることは変わらない。
そのために、複雑ではないにしても非常に広大だ。隅々まで探索しようものならどれだけ時間が掛かるかは分からない。
この階層を調べ尽くせば、その内転移魔法陣は発見出来るだろうが……。
はっきり言って勘弁だ。俺はさっさと50階層まで上がりたい。
などと考えながら暫く歩き回り、
「あ! あったよ! あれだよね! 魔法陣!」
そう声を上げて、俺の手を引いて走り出すユティ。
急に手を引かれたことに一瞬驚いたが、魔法陣が見つかったという言葉にホッとした。
良かった。階層を調べ尽くすという事態はなんとか回避できたようだ。
自然と俺の気も緩む。
……その安堵と、ここが9階層と低層ということもあり、俺は重大なことを忘れていた。
いや、忘れていた訳ではない。
これは油断だ……。
どんな階層にいても『巨塔攻略は命がけ』
「待てユティ! その魔法陣は違うっ!」
「え?」
俺がソレを思い出した時は既に遅く、俺とユティは魔法陣の上に立っていた。
足下の"赤い"魔法陣が怪しく光り、その輝きを強くする。
一瞬にして、赤い光が場を包み込むと、俺の視界も赤い光に染められる。
転移魔法陣は、発動した。
視界を塞いでしまう程の光が足下から迸る。その光の向こうの景色が歪み、勢いよく後方に流れて行ったかと思えば、さらに歪む。
暫くしてようやく光が収まり、周りの景色の動きも落ち着きを取り戻した。
すると、目の前に広がる光景は、さっきまで俺達の見ていた物とは変わっていた。
……俺達は、9階層とは別の場所に転移していた。
足下の魔法陣は輝きを失い、暗くなっている。
次にこの魔法陣が輝きを取り戻す時は、ここでやるべき事を終わらせた時だ。
「あれ? ここは大広間? でもなんか……」
隣のユティが少し不思議そうに辺りを見回している。
俺も、視線だけで周囲の確認をした。
そう。ここは大広間だ。
だが1階層ではない。しかし、広さはそこと同程度に広大。
雰囲気は……ここに訪れた者を決して帰さない、とでも言うように物々しい。
間違いない。
……ここは"異階層大広間"だ。
「ユティ。俺の傍を絶対に離れるなよ」
そう言いながら、大広間の中心を睨み付ける。
俺の真剣な雰囲気に、ユティも何かを感じ取ったのだろう。ゴクリと喉を鳴らす。
果たして、何が出てくるのか……。
すると、睨み付けている大広間の中心に集まる、目に見えない何か。
少しずつ形をつくっていく。
大きさは……俺より少し大きい程度、容姿は……。
人型だ。
内心で舌打ちをする。
異階層大広間の人型はかなり強い部類だ。果たして、ユティを護りながら倒せるだろうか。
あとは……。
コイツがどの程度強いかだが……。
少しずつ姿をハッキリと表していくその魔物を、俺は注意深く観察する。
やがて、完全に姿を表した魔物。
頭には大きな2本の角、瞳は赤く、鋭い牙を持っている。
肌は青く、筋骨隆々とした体つき。腰から生えた尻尾がズシリと床に置かれている。
両手には鋭利な爪。そして肉体に纏わりつく魔力が見て分かる。
コイツ、魔法も使いそうだな。
見たところ、竜人種だな。純竜種でないだけ、まだマシか。
"異階層主"
極稀に存在する赤い魔法陣は、異階層大広間への直通転移魔法陣だ。
一度転移が発動すれば、ソレを阻止することは出来ず、異階層大広間へ転移させられる。
元の階層へ戻るには、異階層主を倒すしかない。
……忘れていた訳ではなかったが、まさかこのタイミングで発見するとはな。
しかも、事前にユティに教えていれば防げたことだ。魔法陣に乗らなければ転移は発動しない。見つけても素通りすれば済んだ話だ。
もっとも……上層では唐突に足下に出現する時があるが。
俺の責任だな。
なんとしても、ユティは無傷で連れて帰ろう。
で、コイツの強さだが……。
異階層主の体を観察していると、額に赤く輝く数字が刻まれているのを見つけた。
"075"
コイツの強さは第75階層級だ。つまり、第75階層に到達した冒険者パーティーなら倒せる程度。
……正直キツい。
適性武具があれば、まぁ余裕だが。適性武具無しで、ユティを護りながら倒せるだろうか。キツいかも知れない。
しかし、やるしかない。
ここに来てしまった時点で、もう俺達の運命は2つだ。
死ぬか、コイツを殺して帰るか。
ならば、やるしかない。
ちなみに、ここの階層は第9.075階層ということになる。
本来ならこの異階層に入った冒険者の右手に、その数字が赤く現れるのだが、勿論俺とユティの右手に変化はない。
……おっと、異階層主の準備が整ったらしい。
今にも襲いかかってきそうな雰囲気だ。
「ユティ、何があっても俺の背中から出てくるなよ」
アベルに入って初めて、俺は"剣豪の長剣"を腰から抜いた。
「ろ、ロワ君ごめん。私、なんか良くないことしちゃったんだよね?」
怯えながらユティが謝ってきた。
「まぁ大丈夫だろ。なんとかなるって」
と、軽く返しておいた。
なんて俺達が会話しているにも関わらず、異階層主が瞬く間に俺の目の前に迫っていた。
……まぁ、うん。9階層にいた魔物に比べれば恐ろしい運動能力だ。
しかし、107階層にまで到達している俺からすれば、まだまだ遅い。
異階層主の鋭い爪による斬撃を俺は難なく回避する。
まさかこんな簡単に回避されるとは思っていなかったのか、唖然としている異階層主の首に、俺は"剣豪の長剣"を思い切り振り抜いた。
鈍く、甲高い音が鳴り響く。
――やはりな。
俺は内心で笑った。
"剣豪の長剣"が叩き折れていた。
どうやら、魔力の纏っていない"剣豪の長剣"では異階層主の肉体強度を超えられなかったらしい。
……さぁ、どうしようか。
ブックマーク、どうぞ。