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初歩的序盤(第2階層)

 

 俺が初めてこの階層に足を踏み入れたのはいつだったかな?

 もう随分昔のことに思える。


 アベル第1階層(大広間)から階段を上がった先は、レンガの様な石を素材に形成された迷宮だ。

 道幅はあまり広くはないが、天井は高い。


 一つ階層が変わるだけで、ここまで劇的に景色が変貌するんだから、この巨塔(アベル)は謎だらけだ。

 俺の記憶が確かなら、10階層までは似たような雰囲気の迷宮が続いている筈だ。勿論、構造は変わるが……。


 完全に外とは隔離された空間だ、明かりは……壁に埋め込まれた水晶の光のみだが、1階層の水晶より強く発光しているため、見通しは悪くない。


 今も、俺達の目には真っ直ぐ続く通路が、突き当たりの壁まで見えている。


 耳を澄ませば、遠くから冒険者らしき声と、戦闘の音が僅かに聞こえてくる。

 さらに、人間の物とはとても思えないうめき声も耳に入る。魔物か魔獣の声だろう。


「ろ、ロワ君? そう言えば訊いてなかったんだけど、何階層まで上がるつもりしてるの?」


 俺の背中で縮こまるユティが、周囲を見回しながら訊いてきた。


 ……そういえば言ってなかったな。

 が、果たして正直に話すべきなのか、悩む。


 悩んだ結果……。


「50階層。俺は、少しでも早く50階層に到達したい」


「ご!? ごじゅ!?」


 正直に話すことにした。

 助けられた恩もあり、あまり嘘は突きたくなかって。

 それに、50階層と言えば、ユティが諦めて帰ってくれるかも知れないと思ったからだ。

 俺達の後ろには上がってきた階段があるし、ここからならまだ引き返せる。


「むり無理! 絶対無理だって! 適性武具持ってないんだよ!? 50階層って! ぜっ……ったい無理!」


 乱暴に首を横に振るユティ。


「無理でも行く。ってか、別に無理とも思っていないしな。ユティこそ、勢いでついて来てるけど店主(お父さん)に黙ったままで良いのかよ」


 なんとかユティには諦めて帰ってもらいたい。

 そう考えて、ユティが帰る理由になりそうな話を振ってみるが。


「お父さんなら大丈夫! いつも私に『早く冒険者になれ!』って言ってるから」


 ……ダメだった。


 アベルに入ることが、冒険者になることにはならないのだが……ユティは理解しているのか?

 適性武具を手にして初めて"冒険者"なのだが……適性武具が無いのは俺も同じだ。黙っておこう。


 暫く階層を進めば、ユティだって疲れるだろうし、転移魔法陣で帰ってくれるだろう。

 俺は勿論、このまま一気に50階層まで上がるつもりだ。


 とにかく、今は進もう。


 しかし、


「どうしてもロワ君が50階層まで上がるって言うなら私もついていくから! ……転移魔法陣で私だけ帰らそうなんて、思わないでよね。帰る時も一緒だから」


 先手を打たれてしまった。

 冒険者でもないユティが転移魔法陣の存在を知っていたとは……と思ったが、父が元冒険者だ。知ってて当たり前か。それに冒険者の間では、転移魔法陣で街へ戻るなんて常識だしな。


 仕方がない。

 どうしてもユティを帰す必要がある時は、俺も一緒に街に戻ろう。

 転移魔法陣で戻れば、再びその階層へ戻ることも出来るしな。


「わかったよ。戻る時は一緒に戻ろう」


 そう言うと、ユティは笑顔で頷いていた。


 やれやれと肩を竦めてから、俺は歩き出す。縮こまったユティを背中に隠しながら……。


 ……そんなに怖いなら帰ればいいのに。

 俺の背中に隠れて怯えているユティを見て、そう思った。


 しかしユティは、どうしてここまで俺の事を心配してくれるんだろうか。

 確か「一目惚れした」と言っていた。あのときは街中であったためにそれ以上言及はしなかったが……果たして惚れたからと言って、巨塔の中にまでついてくるか? 普通。


 まぁ、俺は107階層まで上がった経験があるし、適性武具無しでも50階層まで上がれる自信もある。

 だがそれは俺だけが知ることだ。ユティは知らない。

 ユティからすれば、俺はただの冒険者でもなく"無印"だ。


 はっきり言って、ユティからすれば自殺行為も良いところだろう。本当に無謀。それについてくるユティの気も知れない。という物だ。


 と、歩きながら考えた結果。俺が出した答は。

 "超お人好し"だ。ユティは"超"の付くお人好しという事になった。


 リウス達(勇者パーティー)はユティの爪の垢でも煎じて飲めばいい。


 なんてな。


 と、余計なことを考えていた所で。


「ろ、ロワ君……あれ」


 ユティの震えた声が聞こえてきた。


 ユティの言いたいことは分かる。

 軽く返事を返しておいた。


 俺にも見えている。


 あまり広くない道幅の、左右が壁に挟まれた通路の先に、魔物だ。数は1。魔物も俺達に気付いている。

 もうそれなりに進んで来たが、ここでようやく魔物と出会った。

 やはり1階層。魔物との遭遇率はあまり高くない。


 この魔物は……たしか悪鬼(インプ)だったかな? そんな名前だと思うが、あまり自信はないな。

 適性武具を所持していれば、魔物や魔獣の名は見れば即座に分かるが、今は分からない。

 もっと上層でコイツの上位種がいたような気がする。

 まぁ、どうでもいいが。


「ちょ、ロワ君!? どうするの!? なんで止まらないの!?」


 考え事をしつつも、俺は歩みを止めていなかった。

 魔物との距離がどんどん少なくなっていくことで、背中に隠れているユティが、戸惑いながら小声で何やら言っていた。


 悪鬼はその場で立ち止まっている。

 こいつの武器は、右手に持つ細い槍のみだ。ボロボロで、グネグネに曲がった槍。細くて頼りない。

 しかしこの悪鬼、よく見るとかなり不気味だ。

 身長は人間の子供程度で、顔は醜悪。目が黒く塗り潰れ、どこを見ているのやら……。


 俺達が充分近付いた所で右手を高らかに振り上げる悪鬼。


 槍なのに、突かずに斬るのか。と内心笑うが、そう言えばここらの階層の敵はこんなのばかりだった事を思い出した。


 悪鬼の、右腕に力を込める仕草を確認し、俺はユティを庇いつつ立ち位置を少し横にずらす。すると、俺のすぐ横に悪鬼の槍は振り下ろされた。


 槍が硬い床に衝突する音が響いた時には、俺の左手は悪鬼の細い首を鷲掴みにしていた。


 こんな階層のこんな魔物に時間を割くのが勿体無い。

 そう思いながら、俺は左手を力いっぱい握る。


 少し不快な音を出しながら、悪鬼の首は難なく潰れた。


 ドサリと、悪鬼は前のめりに崩れ落ち、消えた。

 そこにはボロい布キレが残されている。悪鬼の残した物だが、当然いらない。


 ……やはり。この階層の敵程度なら、少し魔力を纏わせるだけで武具無しで殺せるようだ。


 思っていたよりも早く50階層まで辿り着けるかもと、俺は内心で笑う。


「え? ロワ君なにしたの? 武器も使わずに魔物って倒せたっけ……」


「まぁ、2階層の魔物ならこんなもんじゃないか?」


 説明するのも時間が掛かるし、今はそう言っておこう。

 別に嘘を言っている訳でもないし。


 あまりの呆気なさに呆然とするユティを連れて、俺は再び歩き出す。



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