紫色的魔法陣(大規模転移)
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「念のためにもう一度確認しておく」
そう言いながら、俺は3人の顔を見回した。
ユティとエリスとフィリアの3人が、キョトンとした表情で俺の言葉の続きを待っている。
「これから、"大規模転移"に俺達は参加するんだけど、本当に良いのか?」
昨日見た大広間の魔法陣の輝きから察するに、転移が発動するのは恐らく今日だ。
昨日、大広間で魔法陣の確認を済ませ、街で魔力薬を調達し準備を整えてから、今日を迎えた訳だ。
魔力薬の購入費と、宿代の全てをフィリアとエリスが支払ってくれたのが少し申し訳ないが今は置いておく。
とにかく、これから俺達は大広間へ向かおうとしているのだが、その前にもう一度確認しておきたかったのだ。
"異空間主"討伐戦は、はっきり言って命がけだ。
"異空間主"は強い。討伐しなくても戻ってこられるとは言え、毎回多くの冒険者が命を落としている。
別に無理に参加しなくても良い。あくまでも個人の自由だ。
そのため、確認のつもりで訊いたのだが……。
「私はロワ君が行くなら行くよ? ロワ君は私が護るんだから」
ユティが俺の手を取る。
相変わらずの綺麗な瞳を向けるユティのこの返事は……まぁ予想通りだ。
「私は元より参加するつもりだったしね。場所が20階層からに変わっただけだよ」
フィリアも、なんでもない様子だ。
と言うよりフィリアを誘ったのは俺だし、今回の質問はフィリアには一応言ってみたに過ぎない。
肝心なのは。
「私は……」
エリスがようやく口を開く。
そう、エリスが少し心配だった。
聞いた話によれば、前回の"大規模転移"以降、適性武具を取り出していないらしい。
なんでも、適性武具を手に取ると当時の事を思い出してしまい手が震えるようだ。
しかし冒険者として、巨搭の攻略を諦められないのと、過去を乗り越えたいがために俺達と行動を共にすることを決意したエリスだが、やはり心配だ。
今度は俺が、いや俺達が、黙ってエリスの言葉の続きを待った。
「……………私も大丈夫です。今を逃したら、もう冒険者には戻れない気がしますから」
軽く息を吐いてから、しっかりと口にした。
どうやら、皆覚悟は決まっているらしい。
俺がこれ以上言うことは無さそうだ。
「そっか。……じゃ、行こうか」
俺達は、巨搭へ向けて歩き出した。
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「うわ。凄い人だね」
ユティが驚いている。
巨搭第20階層、その大広間には多くの冒険者達が集まっている。
床の"紫"魔法陣の輝きもこれ以上無いくらいに強く、いつ"大規模転移"が始まってもおかしくない。
そんな多くの冒険者がひしめく大広間の中、俺達は比較的人の少ない場所を探し、なんとか落ち着ける場所にたどり着くことが出来た。
「思った以上に冒険者の数が多いな」
「そうだね。やっぱり皆、冒険者なんだね」
フィリアが可笑しそうに笑って見せる。
『やっぱり皆、冒険者』
その通りだ。
結局のところ、冒険者は"大規模転移"に参加したがるんだよな。
勝ち目が無いから……なんて理由で、コレに参加しないなどと言ってる奴は、もうその時点で巨搭の攻略なんて無理だ。
少なくとも、俺はそう思う。
そして、参加する冒険者が多ければ、それだけ"異空間主"の討伐が成功する可能性も高くなる。
素直に喜ばしいことだ。
「フィリア、準備は良いか?」
「任せといて」
「エリス、魔力薬はいつでも取り出せるようにしておいてくれ」
「は、はい!」
「ユティ……頼りにしてるぞ?」
「……うん。ロワ君」
皆、準備は万端だ。
特にフィリアは、既に集中している。最早いつでも魔法を行使することが出来る状態。
エリスも、言えばすぐに魔力薬を渡してくれるだろう。
後は、"大規模転移"が発動するのを待つだけだ。
そっと視線を下に向けてみた。
まるで鼓動しているかの様な強い輝きを放つ"紫"魔法陣は、今もなお、その光を強くさせている。
心なしか、俺の鼓動も早くなっている気がする。
やはり俺も"冒険者"らしい。
ただ、"適性武具"を失っているのが悔やまれるが、そんなのはどうだっていい。
こうして"大規模転移"に参加できるのだから。
と、頬を緩めていたところで、
――"紫"色の光が、大広間に溢れた。
「来たぞー!!!!!」
「「「オォォォォォオォオォォ!!」」」
多くの冒険者が、声を上げた。
と同時に、俺の視界は紫色の光で埋め尽くされ、何も見えなくなる。
そして、フワリと僅かな浮遊感に晒されたかと思うと、目の前の紫色の光が物凄い速さで後ろに流れる。
大規模転移だ。
今、各大広間に集まった全ての冒険者達は、同じ光景を目にしている筈だ。
暫くして紫色の光が落ち着いていくと、俺達は自分たちが全く別の場所に立っていることに気付く。
外だ。
確か、大広間に入る前は明るかった筈なのだが、今は夜。
満天の星空の下、美しい星と月の光に照らされた草原に、俺達は立っている。
こんな時でなければ、寝転がって星空を堪能したいところだが、今はそうは言ってられない。
「フィリア!!」
即座に俺はフィリアに指示を飛ばす。
「――うん!」
俺の意図を理解しているフィリアが、直ぐに行動に出た。
手に持った"賢者の錫杖"に魔力を流し、天にかざす。
「"守護宮殿"!!」
フィリアの持つ錫杖から、立体的に光が広がっていく。
俺達を含む、多くの冒険者達を包み込んだその光は、やがて眩い光を放つ宮殿へと変わる。
フィリアの行使できる防御魔法の中で、最大の超広域級守護魔法だ。
"守護神の盾"と同程度の防御力を誇り、超広範囲にその効果が及ぶ。
当然、必要とする魔力は莫大だ。
「エリス! フィリアに魔力薬を!」
「は、はい!」
速攻で魔力を使い果たしてフィリアは、エリスから魔力薬を受け取り一気に飲み干した。
そして、
「"魔法強化・賢"!」
"適能"を利用した強化により、"守護宮殿"の護りは更に強固となる。
――"異空間主"との戦闘は、転移を終えた瞬間に始まっている。
「――くぅぅぅ!!」
程なくして、フィリアのうめき声と共に迸る轟音と振動。
"異空間主"の激しい攻撃が、フィリアの"守護宮殿"に激突している。
開幕の"異空間主"の攻撃だ。
前回も、転移を終えたばかりの冒険者達に"異空間主"は容赦なく攻撃を浴びせ、多くの命を奪った。
「ッ! このぉぉぉおぉお!!」
フィリアが、更に魔力を込める。
尚も浴びせられるはげしい雷鳴と爆撃に、"守護宮殿"はただ耐える。
「はぁっはぁっはぁっ…………ふぅ」
ようやく、轟音が止み振動が収まった。
「悪いフィリア、大丈夫か?」
「う、うん。なんとかね」
フィリアに魔力薬を渡してから、俺は空を見上げる。
「相変わらず、容赦の無い化物共だな」
夜空に輝く星に紛れて、夜空に佇むのは……白い羽を大きく広げた、人間大の異形な存在。
金色の槍を持つ2本の細い腕に、白く輝く翼。
異空間主の1体、"天使"だ。
「まずは、あの天使が俺達の相手みたいだな」




