圧倒的死(アゼリア・ユライオン)
まるで雨のように降り注ぐ雷鳴が、"広間"を埋め尽くしている。
逃げ場も無いほどに放たれている雷鳴は、1人の冒険者に向けられた物だ。
しかし、この広間にいるただ1人のその冒険者は、ピクリとも表情を変えること無く雷鳴を避ける。
一見、逃げ場などないように見える雷鳴も、タイミングさえ見誤らなければ回避することが可能だと、この女性は即座に見破っていた。
――ヒラリと、その光景はまるで幾つもの雷鳴と踊るようでもある。
その女性を中心に、周囲をグルリと駆け回る者がいる。
敵意を剥き出しにした青い眼孔は、自らが生み出した雷鳴を弄ぶ女性を睨み付ける。
額から生えた逞しい角からは、おびただしい程の雷が今も休まず放たれ、眩く青い閃光を放ち続けていた。
巨搭第110階層、階層主、"一角雷獣・ユニコーン"である。
そして、そのユニコーンの背に跨がる漆黒の鎧。
全身くまなく鎧に身を包み、顔のある筈の場所には何もなく、鎧の各所に存在する隙間からは青い炎が不気味にゆらめく。
同じく階層主、"魔界鎧・デュラハン"だ。
ユニコーンの背に跨がる騎士と化したデュラハン。
ユニコーンの魔力である雷を鎧に纏い、雷鳴を自在に操る"階層主"と化した"魔界騎士・デュラハン"。
ユニコーンの角が一際眩い閃光を放ったかと思うと、"魔界騎士"は雷の如き速度で女性の背後に踏み行った。
未だ雷鳴の鳴り止まぬその場所で、両手に持つ大剣をこれまた雷と同等の速度で振り抜く。
光にも迫るその速さ。果たしてこの巨搭で、その"魔界騎士"の斬撃を回避できる冒険者がどれだけ存在するかは分からない。
そんな目にも止まらぬ速さで振るわれた"魔界騎士"の大剣は――
――宙を舞う。
魔界騎士の持っていた2本の大剣は、握っていた腕と共に宙を舞い、大きな音を響かせながら床に転がった。
「はぁ……。退屈ですね」
自身の身の丈程もある"大鎌"を無造作に構える女性。
雷鳴の鳴り止んだ広間で、両手を失った"魔界騎士"を静かに見つめている。
攻撃手段を失った"デュラハン"とは別に、ユニコーンの逞しい角は再び強い輝きを放ち始めていた。
「……もういいですよ」
ため息混じりにそう言って、女性はクルリと"大鎌"を振るう。
そんな何気無い動作から放たれたのは"鎌技"だ。
「――"死閃・連舞"」
やる気無さそうに体を捻りながら振るわれる"大鎌"は、あらゆる存在の生存を許さず、"階層主"の命を即座に散らせた。
「……………」
特にこれと言った感想もなく、ゆっくりと開け放たれた上層への扉に視線を向けていた。
110階層の"階層主"を無傷で討伐した女性は、そのまま上層へ向かうべく開かれた扉へ向かうが、そこでふと、足を止める。
(おっと。このまま進めば"記録"が111になっちゃいますね。確か勇者パーティーとか言う方々の"記録"は110だった筈……)
クルリと振り返り、来た道を引き返す。
(少し早いですが……帰りますか)
広間の前に都合よく現れていた"白"魔法陣によって、女性は50階層へと転移した。
~
「ッ!? 貴女、もう帰ってきたの!?」
と、美し過ぎる顔を台無しにしてしまう程に驚いている女性は、"魔女"だ。
「驚いた……まさか本当に1日かけずに"記録"を110まで上げてしまうなんて。貴女本当に何者なの?」
冒険者酒場"蓮華"へと戻ってきた女性の左手の数字を見て"魔女"が言うと、酒場にたむろしていた他の冒険者達までギョッとした表情で視線を向ける。
「そんなことより……あの方、どうされたのですか?」
「……ああ。アレ?」
酒場の奥で未だに青い顔で気絶している"勇者"に、女性は首を傾げていた。
"魔女"は、この酒場での出来事を簡単に説明する。
「愚かなことですね。それでは、"賢者"の方も今は居ないのですか。でしたら、暫くは巨搭には入らないのですね」
「そうなるわね。悪いわね、せっかく私達のパーティーに入ってくれる事になってたのに」
冷めた冷たい視線を"勇者"と"無双者"に向ける女性に、"魔女"は申し訳ない気持ちで一杯になる。
しかし、その女性の表情は……寧ろ明るい。
「いえ。お気になさらずに。その銀色の髪の女性に、少し興味が沸きました。……それに」
妖艶な黒い瞳が"魔女"に向けられる。
「"大規模転移"も、発動するみたいですし。今はそちらの方へ私は参加しようと思います。皆さんはどうされるのですか?」
その女性の言葉を聞いて、"魔女"は表情を真剣な物にさせた。
それはごく僅かな表情の変化だったが、この女性は見逃さない。
「リウスとケイルは参加しないわ。私は……勿論参加する。例え誰に反対されようとも、絶対に参加するわ」
「そうですか。楽しみですね、ミルシェさん」
「――? あれ? 私、貴女に名乗ったっけ?」
「ふふ。貴女、結構有名人なんですよ? 少なくとも勇者なんかよりは。そうですね、"王者のロワ"の次位ですか」
「……そう。それで? 貴女は何者な訳?」
一層笑みを深くした女性は、丁寧に一礼する。
「私は。――アゼリア。アゼリア・ユライオンです」
続いてアゼリアは、自身の適性武具を取り出し、ミルシェに紹介するように見せる。
「――ッ!!」
取り出されたアゼリアの適性武具に、ミルシェは絶句する。
禍々しく、歪な"大鎌"。
この美しく、可憐な女性であるアゼリアにはおよそ似つかわしくない"適性武具"。
身の丈程の大鎌から振り撒かれる"死"の気配に、ミルシェは思わず後ずさる。
アゼリアの適性武具――"死神の大鎌"は、それほどまでに圧倒的な雰囲気を放っていた。




