全力的戦闘(佳境)
「――――――――――!!」
耳をつんざくような凶悪な咆哮から放たれる"息吹"は、動けなくなったレイグとシエラ。そしてユティアへと容赦なく向かう。
ユティアの背後には傷ついた2人。
回避すれば、この"息吹"は間違いなく2人の命を奪う。
「…………………………」
――避けられない。
いや、避ける必要など無い。
ユティアは、そう判断した。
何故なら今の"協力パーティー"には頼りになる後衛が存在しているのだ。
「――"守護神の盾"」
ユティア達3人の前に、あらゆる害から対象を守護する盾が出現し、"息吹"から3人を護る。
「ユティアちゃん! 大丈夫?」
"息吹"が完全に消失したのを見計らい、フィリアとエリスもユティア達と合流した。
"守護神の盾"を顕現させたまま、フィリアは油断無く"階層主"を警戒している。
「フィリアさん! 2人の治療できますか?」
「勿論! 私を誰だと思ってるの?」
自身満々の表情を見せるフィリア。
"賢者"という、支援特化の適性を持つフィリアに治せない者などいない。
"死"という不変の状態でさえなければ、フィリアは治療可能なのだ。
「"完全治癒"――」
フィリアは錫杖を2人に向け、治癒魔法を行使しようとするが――
「――――――――――!!」
またしても"階層主"の咆哮が木霊する。
フィリアは咄嗟に治癒魔法を中断し、"階層主"へと視線を向けた。
そして、
「ッ! "魔法強化・賢"!」
即座に、"適能"を利用した強化を"守護神の盾"に施した。
感じ取ったのだ。
"階層主"の全身から溢れる魔力は、まさしく魔法が行使される前兆であり、その魔力の強大さから防御に専念する必要があると。
そのフィリアの判断は正解だった。
"階層主"の周囲に、数え切れない程の小さな"魔法陣"が出現する。
すると、"階層主"が出現させた全ての"魔法陣"が輝きを放ったかと思うと、鋭い風の刃が放たれた。
視界を埋め尽くす程の風の刃は、全てユティア達目掛けて真っ直ぐに飛来する。
全ての魔法陣から繰り返し放たれる風の刃が、"守護神の盾"を襲い、切り刻む。
少し逸れた刃は、広間の床を抉り、また壁を刻む。
「くうぅぅぅ!」
フィリアが顔を歪ませる。
全神経を集中して、"守護神の盾"へ魔力を注ぎ続けている。
その負担、衝撃。全てをフィリアが担っているのだ。
恐ろしい速度でフィリアの魔力が消費されていくのを、ユティアはただ見守ることしか出来ない。
「エリスさん! フィリアさんに魔力薬を!」
「は、はいっ!」
そう言ってフィリアに魔力薬を飲ませるが、一向に風の刃の猛威が収まる気配はない。
魔力薬で一旦はフィリアの魔力は回復するが、その魔力は即座に消費されていく。
ただ、魔力薬を消費しているだけだ。
レイグとシエラも、未だに傷ついたまま。
(…………………………)
そんな光景を見て、ユティアは覚悟を決める。
「エリスさん。私に魔力薬をひとつ、渡してもらえますか?」
「え? は、はい」
「ちょ、ユティアちゃん……な、なにを。くぅぅ!」
エリスから魔力薬を受け取るユティアを見ながら、フィリアは苦悶の表情を見せる。
少しでも集中を怠れば、"守護神の盾"は瓦解してしまう。
それほどまでに、"階層主"の攻撃は激しく、今もその勢いは弱くなるどころか強くなっていた。
(ロワ君……)
ユティアの金色の瞳が淡い光を放ち始める。
「ユティア……さん?」
その瞳の輝きに気付いたエリスがそんな声を漏らすが、ユティアはそれに返事をすること無く、その場から勢いよく、
――駆け出した。
その速さは、"神速"。
ユティアの"女神"の適性による"適能"のひとつである"愛"が、ユティア自身の全ての能力値を上昇させている。
そして、ここでようやくユティアは気付く。
(……"適能"だったんだ。私、ホント……ロワ君に依存しちゃってるなぁ)
ロワへの"愛"が大きくなるほど上昇する自身の能力値に、若干照れ臭くなってしまうユティアだが、その視線は鋭く"階層主"を睨み付けていた。
「――――――――――!!」
"階層主"が、飛び出したユティアへと目標を変える。
魔法陣から放たれる風の刃に加え、"息吹"までもがユティアへと放たれる。
「――ッ!」
自身の進行方向を予測して放たれる風の刃を、ユティアは"女神の長剣"を巧みに振り回し、弾く。
時に体を投げ出し回避し、忙しく長剣を振るう。
"息吹"を掻い潜り、ユティアは確実に"階層主"の下へと近付いていく。
そして、少しの風の刃の隙間を見つけ、"剣技"を繰り出す。
「……剣技――」
跳躍し、体に回転を加えながらユティアは"女神の長剣"を存分に振るった。
しかし、"階層主"の反応も早い。
ユティアの"剣技"を予測し、既に回避動作に移っているのだ。
――どうして、そんな大きな体でそこまでの動きが出来るのだろう?
そんなことを一瞬ユティアは考えるが、構わずに"剣技"を繰り出した。
「――"神閃・連舞"」
極大の魔力が、ユティアから消費される。
体を回転させながら振るわれる"女神の長剣"から放たれた"剣技"は、途方もない程の魔力を喰った。
しかし、その魔力を対価に放たれた物は、絶大な威力を誇る"神閃"の嵐だ。
その剣閃の猛威は、"階層主"を巻き込みながら広間を縦横無尽に駆ける。
"階層主"の周囲に出現した全ての魔法陣は、その剣閃により砕かれる。
また、"階層主"の強靭な鱗をも断つ剣閃は、容赦無く"階層主"を襲う。
硬い角を砕き、腕を落とし、足を切断し、尾が地へ落とされ、全身の鱗を切り刻んだ。
さらには、巨大な翼までをも剣閃は切断していた。
飛翔する術を無くした"階層主"は、自身の体重に抗えず……大きな衝撃と共に地に墜ちる。
「…………………………」
金色の瞳を輝かせるユティアは魔力薬を飲み干し、魔力を回復させた。
そして、その手に持つ"女神の長剣"を地に伏した"階層主"へと向ける。
「――"神罰"」
巨大な金色の魔法陣が、"斬撃特化陣"を消滅させ、"階層主"の倒れ付す床に出現した。




