無限的可能性(無印)
この世界は、巨塔を中心に回っている。
塔が先か、世界が先か……。果たしてどちらが先に誕生したのかは分からない。
だが、この世界に生きる者は皆、塔がどこまで伸びているのかを知りたがっている。
当然俺もだ……。
「ほ、本当に行くの?」
隣でユティアが震えた声を出す。
当然俺は頷いた。
巨塔第1階層であるアベルヘイム。第2階層へと通じる階段のある大広間。そこに俺とユティアは立っていた。
大広間……という言葉では表し切れない程に、この大広間は広く、冷たい。
太陽の光が入り込まず、辺りを照らすのは壁に等間隔に埋め込まれている水晶の光だ。
そんな殺風景とも思える大広間だが、多くの冒険者の声や足音が、床や壁を反響している。
そこかしこにある第2階層へと続く階段に、今も多くの冒険者が上がったり、また降りてきたりしていた。
その冒険者達の左手には、必ず白く輝く数字が刻まれている。
冒険者達に上下関係は基本的に無いが、その代わり、絶対的な優劣関係を計れる物がある。
それが左手の甲に光る数字だ。
その数字が高い程に、冒険者として地位や名誉、そして何より実力が高い証拠だ。
ざっと観察した限り、最も高い数字は"18"だ。
後は1から10辺りの数字を持つ冒険者が殆どだった。
当然だ。ここは第1階層で、次の街のある階層は20階層だ。
自然と、この第1階層の階段を利用する冒険者は20階層に到達していない者が多くなる。
――俺は、出来るだけ早く50階層へ到達する。
幾つかある階段の一つを睨み付けて、心の中で呟いた
50階層への道のりは長い。
塔の構造を把握するのも無理だ。階層ごとに特徴はあるものの、毎回構造は変化する。
何度も同じ階層を挑戦していれば、その内同じ構造になる可能性も有るのかも知れないが、そんな経験は無い。
「俺は行くが……やっぱり君はやめた方が良いんじゃないか?」
2階層へ上がれば、魔獣や魔物が徘徊している。
まぁ無いとは思うが、命を落とす可能性もある。
最後にもう一度、ユティアに確認の意味で、俺は問い掛けた。
しかし、
「ゆ、ユティって呼んで。……私も行くから!」
そう言っているが、無理して強がっているのが丸分かりだ。足が震えている。
無理もない。
俺とユティの左手の甲には、冒険者なら誰でもあるはずの数字が無いのだから。
「なんだぁ!? お前ら"無印"かよ! 適性武具を買う金もねぇのか?」
そこに、2階層へと続く階段へ向かう途中だと思われる冒険者の一人が、馬鹿にしたように声を掛けてきた。
……まぁ、こういう事を言ってくる奴もいるだろうな。
チラリとコイツの左手を盗み見ると、"11"と数字があった。
わざわざ1階層の階段を利用しているということは、大方……11階層で見つけた転移魔法陣でアベルヘイムに戻り、11階層から上を目指すのが難しくなって、その下の階層で訓練しているという事だろう。
……より上位の武具の適性を得るために。
「おい!? 無視すんなや! 冒険者にもなれねぇ無印が! 塔舐めてんじゃねーぞ? 全員命がけなんだよ!」
「きゃっ!」
声を荒げる冒険者に、ユティが怯えていた。
何をイラついているんだ? コイツは。
11階層から上に進めないことに、苛立っているんだろうか。
だとしたら、コイツの自業自得だ。
"適性武具"とは、"自身に相応しい武具"という意味だ。
それは精神面だとか、実力とかだ。そして、それは訓練などで身に着くこともある。
勿論、俺達のように初めから優れた"適性"を持つ者もいる。
だが、"適性武具"が"鉄の剣"だった冒険者が階層を進める内に強くなり、気付いたら"達人の剣"が"適性武具"になっていた。なんてことはよく聞く話だ。
ギロリと、俺はこの馬鹿な冒険者を睨み付ける。
「な、なんだよ!」
若干狼狽えつつも威嚇してくる馬鹿。
塔の攻略は命がけ。
そんな事、俺は誰よりも分かっている。
107階層まで上がったんだ。"王者の武具"の適性を持っているとは言え、死ぬ思いは何度もしてきた。
本当なら、俺の左手には"107"という、まさに桁違いの数字が刻まれている筈なのだが……今はそれが無い。
今の俺が何を言っても、コイツにとっては"無印"のたわごとでしかない。
だが、コイツは少し"無印"を勘違いしている。
上層到達者として、この馬鹿のその勘違いだけは正しておかないと気が済まない。
「一つ! お前は"無印"を勘違いしている」
より強く、この馬鹿を睨み付けて強い口調で言ってやる。
言葉が邪魔される前に、続けざまに俺は話す。
「まず、お前は"無印"を冒険者にもなれない奴。と蔑んだが、"無印"とは適性武具を持たない者だ。そしてその中には、まだ適性武具が判明していない者も含まれる」
まだ俺の言いたいことが分からないのだろう、馬鹿は顔を歪めながら『何を言ってるんだ?』というような表情をしている。
舌打ちをしてから俺は更に続けた。
「つまり"無印"は、あまり街に出回らず、かつ塔でも発見されにくい珍しい武具の適性を持っている可能性を秘めてるんだよ」
そう。"無印"とは、無限の可能性を秘めた、それこそアベルの最上層にまで到達する可能性すら秘めた冒険者の卵だ。
「わかったらお前は"無印"に構わず、さっさと12階層を目指せ」
最後に冷たくそう言い放つと、馬鹿な冒険者はまだ俺達に何か文句を言おうとするが、周囲の冒険者達の視線に気付き、舌打ちをしてから居心地悪そうに階段へと向かって行った。
知らぬ間に、かなり目立ってしまっていたようだ。
「ろ、ロワ君……格好いい」
ユティアがそう声を漏らす。
素直なユティアの言葉に、少し照れる。
さらに、
「よー! 兄ちゃんよく言ったぞ!」
「誰でも最初は"無印"だってのにな! まだまだあんな馬鹿は多い」
「アベルに上るなら、気を付けて行けよ!」
と、今の光景を見ていた冒険者達が口々に称賛の声を掛けてくれる。
まばらだが、拍手まで起こっているようだ。
自然と、ユティアの緊張も解けたのか、体の震えはなくなったように見える。
「じゃぁ今度こそ行こう。まずはアベルの2階層だ」
「え? ちょ、まだ心の準備がっ……」
ユティアの手を取り、俺は上に続く階段へ向けて歩き出した。
ついでに、周囲の冒険者達にも軽く挨拶をしておいた。
取り敢えずは、転移魔法陣を探そう。
そこでユティアをアベルヘイムに送り返す必要がある。
その後は、速度を上げて50階層を目指す。
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