全力的戦闘(開幕)
鋭い牙が並んだ口内を晒し、凶悪な咆哮を木霊させる守護竜。
大きな翼を拡げ威嚇するその姿は、まさに圧倒的な存在感を放っている。
「……へ、へへ。コイツはまた、とんでもねぇ"階層主"が隠れてやがったもんだぜ」
戦闘好きのレイグでさえ、その"純竜種"たる"階層主"に気後れしている。
皆が確信しているのだ。
第20階層という、高くはない階層の"階層主"。
果たして、何故この20階層に"階層主"が存在しているのかは皆目見当もつかないが、多くの冒険者が未だに最上層に到達出来ていない謎大き巨塔だ。新たな発見は、常にあるものだ。
そんな20階層のこの"階層主"は、間違いなく"強敵"。
そして、その姿を目にした瞬間に、冒険者達には情報が流れ込む。
ここは間違いなく最奥の"広間"であり、万が一の時はいつでも"退場"が可能だと。
しかし、巨塔の攻略を進める道中に無い、いわば"寄り道"にあたるこの"広間"は再入場が出来ない。
よって、ユティアとフィリアの頭の中には"退場"という選択肢は無い。
「――"完全精神守護"!」
"賢者の錫杖"を介した光が、5人の体を包み込む。
この光がもたらす恩恵は、全状態異常耐性。
さらに、
「"魔力強化"、"体力強化"、"加速"」
続けざまにフィリアが魔法を行使することで、5人の能力値は上昇していく。
経験豊富なフィリアは、"純竜種"の脅威度を知っている。
と言っても目にしたのは2度で、そのどちらもが"紫"魔方陣で転移した先の"異空間主"であった。
その時は、"王者のロワ"が共にいたこともあり、善戦することが出来た。しかし、討伐にまでは至れていない。
そして今、目の前で立ちはだかる階層主も同じく"純竜種"であり、"王者のロワ"はいないのだ。
――出し惜しみしている余裕なんて、有るわけ無い。
そう判断してフィリアは、更に魔法を行使する。
「――"斬撃特化陣"!」
輝く魔法陣が広間に拡がった。
長剣に大剣に刀。
ユティアとレイグとシエラの持つ"適性武具"に、最も適した補助魔法を仕上げに行使した所で、フィリアの魔力は大きく削られる。
広間全体に浮かび上がる"斬撃特化陣"は、範囲内での"斬撃"系統の物理攻撃力を大幅に上昇させ、更に魔力消費を抑え込む。
しかし、"殴打"や"体術"の物理攻撃力は極端に低下してしまう。
このフィリアの判断は、現在の最適解と言えた。
戦闘状態には突入しているものの、戦闘は未だに始まっていない。と言うのに、フィリアがこうして即座に行動に移れたのは、冒険者としての"経験"による物だ。
ユティアは、この場に"賢者のフィリア"が居てくれることを、心底感謝した。
「エリスちゃん! 魔力薬を!」
「ッ! は、はい!」
"賢者"の大切な仕事は仲間の支援や補助。
しかしもう一つ。それと同じ位に大切な仕事がある。
それが
――自身の魔力管理だ。
パーティーとしての"総力"で挑むべき相手では、"生命線"とも言われる自分の魔力は常に確保しておく必要がある。
『何を置いてもまずは、フィリアの魔力確保が最優先だ!』
いつか"王者のロワ"言ったその言葉を、フィリアは忘れない。
「残りの魔力薬の数は?」
「7つです」
"階層主"を警戒しつつ、フィリアは魔力薬の残数を頭に刻み込む。
「俺とシエラも1つずつ持ってんぞ! もしもの時は言えや」
「私に魔力薬は必要ありません。私のことは気にしないで」
というユティアの言葉に一同驚くが、ユティアの持つ"女神の長剣"という適性武具に、納得する。
他に類の見ない、隔絶した武具なのは一目瞭然。
ならば、相応の"適能"を持っているのだろう。と。
「――――――――――ッッ!!」
そこにまたしても階層主の怒号が響き渡る。
先程の威嚇のための咆哮ではなく、明確な攻撃行動としての"咆哮"だ。
その大きく開かれた口腔からは、広間を揺るがす程の音圧を孕んだ"息吹"が放たれた。
暴風と共に、緑葉や花弁の入り雑じった息吹は、敵を薙ぎ払い、切り刻む。
「私達のことは気にしないで! 行って!」
ユティアの背後から、フィリアがそう声を掛ける。
それを聞いた、ユティア、レイグ、シエラの"前衛"は即座に理解したのだ。
――フィリアは、自分たちに護られるような生半可な"後衛"ではない。
「行こう!」
ユティアの声と共に、3人は左右に分かれて駆ける。
前方から迫る、圧倒的な攻撃力を誇るであろう息吹を避けながら、"階層主"への攻撃を開始した。
一方で、そこに止まり続けるフィリアとエリスに息吹は迫り来る。
向かってくる"階層主"の息吹は、110階層でのデュラハンの斬撃とは比べ物にならないほどに凶暴。
直撃を浴びれば、戦闘続行が困難なのは明白。
しかし"退場"は許されない。
『魔力障壁』は魔力消費が少なく、ある程度の防御力を誇る防御魔法だが、それでは役不足。
"王者のロワ"の適能があれば話は別だが、目の前の息吹を防ぐには相応の防御を選択する必要がある。
「――"守護神の盾"!」
自分とエリスの2人を護る物として、最も適した防御魔法を行使する。
フィリアの目の前に出現したその光の盾は、絶対的な防御力を誇るが、
(これで防げないなら、私達に勝ち目は無い……)
そんな不安を抱きながら、"階層主"の息吹が盾に激突する光景をフィリアは見守る。
「――ッく!」
光の盾により弾かれた、緑葉と花弁の入り雑じる暴風が、フィリアとエリスの両脇を激しく穿つ。
途方もない風圧と衝撃に晒されている光の盾は、果たして持ちこたえる事が出来るのか、不安に駆られるが、見守ることしか出来ない。
最悪の場合は、"適能"を利用した強化を盾に施すことも可能だが、魔力消費が激しすぎる。
この場は凌ぐことが出来ても、いずれにせよ勝ち目は無いと言えるだろう。
そして、
「…………………………」
暴風が止んだ。
フィリアの目の前には、尚も"守護神の盾"は健在だった。
その魔法は、その名に恥じぬ働きを見せてくれたのだ。
(行ける!)
少なくとも、防御は通用する。
その事実に、フィリアは内心で拳を握る。
しかし油断はしない。
何故なら魔力には限りがあり、魔力薬が底をつけば、もう防御や回復の手段は失くなってしまうのだから。
目の前の凶暴な"階層主"に勝利出来る見込みは、良くて5分と言った所だ。
"賢者"は、そう判断していた。
いつも誤字や脱字の報告、ありがとうございます。
素早い報告に、本当に助かっております。




