絶望的光景(無慈悲)
巨塔20階層自然街へ、急ぎ足で戻ってきたユティアの背後には、3人の冒険者の姿がある。
大通りを歩く彼女達に、多くの冒険者が驚き、目を見開いている理由は、"賢者"の存在だ。
この階層を拠点としている冒険者達は"勇者パーティー"の顔を知らない。
しかし、冒険者であるならば隠すことの出来ない左手の数字が、彼女を"賢者"だと周囲に知らしめているのだ。
更には、ユティアとレイグ、それにシエラが左手に刻む数字は、今となっては"50"にまで到達しており、"上層組"と呼ばれる存在となっている。
そんな、多くの冒険者からの注目を浴びる中で、ユティアは帰って来た。
高級旅館"陽射し亭"へ。
「ここは……」
旅館の前までたどり着いた所で、フィリアがそんな声を漏らす。
――かつてロワが大層気に入っていた旅館を見て、フィリアは目を見開く。
『満室』の立て看板が置かれているのに構うことなく、フィリア達は旅館の玄関へ足を踏み入れた。
ロワとユティアが、以前にこの旅館にやって来てから、18日が経過していた。
「――! こちらへ!」
"受付"の業務をこなしていた受付担当の女性は、ユティアと、その後ろに続く冒険者達の姿を認めるや否や、ユティア達を奥の部屋へと案内する。
フィリアの顔をチラリと確認した受付担当は、安堵する。
――間違いなく、あの日見た"賢者"だと。
そして、まさか18日という短い期間で、ユティアが"賢者"を連れて帰って来たことにも驚いていた。
単身で巨塔へ入っていく、という無謀にも驚かされたが、そのユティアは間違いなく、左手の数字を"50"にまで到達させて帰って来たのだ。
もう2人、見知らぬ冒険者を連れているのは、巨塔を上がる際で色々あったのだろう。と、特に気にはしない。
早足で廊下を進む一行は、"松の間"へと、やって来た。
「お帰りなさいませ。お客様」
部屋へ入ると、眠るロワの傍らで若女将が丁寧なお辞儀でユティア達を出迎えた。
近くには、空となった"魔力薬"のガラスビンが転がっている。
「あ……あぁ、ロワ……君?」
絞り出すようなフィリアの声。
おぼつかない足取りで、深く眠りにつくロワの傍へ歩み寄る。
「ロワ君だ……本当に、ロワ君だ……」
ペタペタとロワの頬に触れ、髪に触れ、手を握る。
その感触は少し冷たく、あのロワからは考えられない程に微弱な魔力。
紛れも無く"能力異常"に陥っていると、理解した。
まず、フィリアは歓喜した。
もう会えないと思っていた、"ロワ"に、こうしてまた会えたことに。
そして、"能力異常"に陥っている事実に嘆く。
だが、もう大丈夫。
自分ならば、"能力以上"だって治癒出来ると、頬を緩める。
「事情は、後でちゃんと説明してね?」
と、振り向きユティアに声を掛けるフィリア。
「はい。どうかロワ君を、よろしくお願いします」
深く頭を下げるユティアを確認してから、フィリアは"賢者の錫杖"を取り出す。
目を閉じ、フィリアは魔法を行使する。
「――"精神完全治療"」
フィリアの魔力が大きく削られ、錫杖を介して"光"となり、ロワを包み込む。
最上位治癒魔法だ。
肉体以外のあらゆる"異常"を消滅させる"光"は、フィリアの願いを叶えるべく、対象を認識している。
ロワを苦しめている"魔力回復異常"も、その効果の範囲内であることに間違いないだろう。
ロワを包み込む"光"が輝きを強くする。
全ての"異常"を取り除くための"光"は……その役目を果たす前に
――霧散した。
「……うそ」
信じられない光景が、目の前で起きた。
何が起こったのか? フィリアは頭が真っ白になる。
――魔法が、効かなかったのだ。
何故なのか?
その理由はひとつ。
そしてフィリアも、それに気付いている。
――術者の"格"の違いが、魔法の効果に影響を及ぼす。
ロワに"能力異常"を与えた者と、"治癒魔法"を行使した"賢者"の格の違いが、結果として表れた。
「ッ! "魔力強化"! "属性強化"! "治癒力強化"!」
信じられないが、事実。
一瞬唇を噛み締めて、フィリアは自身に対して出来るだけの"強化"を施し、もう一度繰り返す。
「――"精神完全治療"!」
再び、フィリアから大量の魔力が失われるが、そんな事を気にも留めずに更に魔法を行使する。
「"魔法強化・賢"!」
"適能"までをも利用した強化で、フィリアの治癒魔法は更に高位の次元にまで昇華したが、フィリアの顔色は悪い。
"魔力欠乏状態"だ。
そこまでしたフィリアの治癒の光は、
――また霧散した。
「………そ、そんな」
フィリアは、力無くその場で倒れ伏してしまう。




