自身的感情(想い)
『王者のロワをどう思っているのか?』
唐突なユティアの質問に驚いたのはフィリアだけではない。
今も尚、ユティアと行動を共にしていた2人。レイグとシエラも、"王者のロワ"という名が、このタイミングでユティアの口から発せられたことに驚いている。
巨塔の攻略を目指す冒険者なら、その名を知らない者はいない。
"勇者"や"魔女"と同等、もしくはソレ以上の実力を持つ冒険者として有名な、まさに名実共に"最強"の冒険者だったのだから。
「ど、どうゆうことなの? どうして、ロワ君の名を口にするのよ!?」
思わず、声を荒くしてしまうフィリア。
普段はおとなしく、物腰柔らかなフィリアも、かつての仲間のロワのこととなると気が動転してしまう。
あの日、107階層に到達した時に……"大穴"へ運悪く足を滑らせ、転落してしまった。その場には、"王者の長剣"のみが残されていた。
――そう、聞かされていた。
"大穴"に落ちてしまっては、あのロワでさえただでは済まないだろう。
仮に生きていたとしても、"適性武具"を失っているのだから、"冒険者"ではなくなってしまっている。
もう、"王者のロワ"はいない。
その現実を受け止め、フィリアは……あの日からロワのことを考えないようにして過ごしてきた。
ミルシェは、リウスやケイルのことを疑っているのをフィリアは知っている。
『あのロワが、"大穴"に足を滑らせるなんてヘマをする筈がない。"適性武具"を置き去りにしていたことも不自然だ』と、ミルシェが言っていたのを、よく覚えていた。
そのミルシェの話が、真実であろうがなかろうが、ロワとはもう会えない。
フィリアは、それをよく理解していた。
しかし、
「ねぇ! ロワ君について、何か知ってるの!?」
「……………」
ユティアの肩を掴み、揺らしながらフィリアが問うが、ユティアはそんなフィリアの瞳をただ真っ直ぐに見つめるだけで何も喋らない。
「――ッ!」
ユティアの瞳を見つめ返したフィリアが、ようやく気付く。
――涙に。
フィリアの瞳から、止めどなく流れ出る雫は、紛れもない涙だ。
何故泣いているのか?
フィリアは、自分でその理由がよく分かっていた。
もう二度と会えないと諦めていた。
そうして考えないようにしていたロワのことを、こうして改めて『どう思っている?』と問われれば、嫌でも考えてしまうのだ。
――ロワのことを。
――会いたい。
そんな感情が、涙となり、表されていた。
フィリアのその姿を見ていたユティアは、確信する。
そしてまた、深く、頭を下げて言う。
「お願いします、"フィリア"さん。私の大切な人を助けて下さい」
「………ッ」
ユティアの言う、その"大切な人"が誰なのか、フィリアはまだ知らない。
しかし、フィリアの表情は紛れもなく、全冒険者の頂点に位置する"賢者"だが、その前に1人の"女"だ。
「行こう。すぐに」
そう言ってから、フィリアは走り出した。




