上層的都市(スカイアベル)05
「いやマジでびびったわ。あの女の"記録"、100だったぜ? もうあの女が勇者パーティーの1人だと言われてもおかしくねぇよ」
と、レイグが興奮した様子で話す。
「まさか、いきなり100階層級の冒険者に出会すとはね。これが"上層組"ということなのかしらね」
同様に、シエラまでもが少しばかりの興奮を見せる。
頬に手を当て、紅潮するその顔は、シエラの元の顔が良いだけに非常に妖艶でもあるが、彼女達が興奮している理由は、
『自分達よりも強者かも知れない冒険者』と出会ったからだ。
レイグとシエラは、根っからの戦闘大好き人間でもある。
そんな2人だからこそ、"戦鬼"と"羅刹"の適性を獲得しているのだ。
そして2人は、更に楽しそうに顔を歪ませた。
「で? この中に、全冒険者達の頂点である最強の冒険者パーティー。勇者御一行様がおられる訳か」
そう語るレイグの感情に"尊敬"など微塵も込められていない。あるのは"興味"、ただそれだけだ。
冒険者酒場"蓮華"。
そう記された立て看板の置かれている酒場の前までユティア達はやって来ている。
まだ明るい時間だが、中からは冒険者達で賑わっているであろう喧騒が聞こえてくる。
先ほどの女性冒険者の話が本当なら、
――この中に勇者パーティーがいる。
期待と不安。そして憎しみ。
そんな様々な感情が入り乱れるユティアだが、軽く、しかし深く息を吸い、吐くことで気持ちを落ち着かせる。
(大丈夫。今はロワ君を助けることだけを考えよう)
ここまでやって来た本来の目的をもう一度自分に言い聞かせ、冒険者酒場"蓮華"の扉を開く。
――チリン
という、小さな鈴の音は、新たな来客を店の人間に知らせるための音だが、既に数多くの冒険者達で賑わう今は、その音は誰かの笑い声にかき消える。どうやらあまり意味を成さないようだ。
「いらっしゃい。悪いな、今は空いてる席が無いんだよ。それとも、お前さんも"勇者パーティー"への加入希望者か?」
鈴の音を聞いて、ではなく目視によってユティア達の来訪に気付いた酒場の店主が、忙しく手を動かしながら目線だけをユティアへ向けて声を掛ける。
その良く通る店主の声は、確実に酒場内の全てに行き届いていた。
騒がしかった酒場に、ほんの少しの沈黙が訪れた。
「え? いや、そういう訳では………」
――いったいこの店主は何の話をしているのだろうか。
と、小首を傾げるユティアだが、その疑問は程なくして解消される。
「やぁ、悪いね。もう新規加入者は決まってしまっんだ。だけど、後1人くらいなら僕は構わないと考えていたところさ」
と、澄ましたような態度で奥の冒険者の集まりから1人の男がやって来る。
ユティアの美しい銀色の髪と金色の瞳。そしてユティア自身の美貌と神秘的な雰囲気は、嫌でも男の視線を集めてしまう。
酒場にやって来たユティアに店主が声を掛けた瞬間から、この"蓮華"に集まっている冒険者達はユティアに注目してしまっていた。
そんな注目を集めるユティアだったからなのだろう、その男は得意気にして馴れ馴れしい態度でユティアへ歩み寄り、更に言葉を続ける。
「知ってるだろうけど、僕がリウスさ。勇者パーティーのリーダーだ。君は?」
当然、ユティアが知っているのは勇者の名前だけだ。冒険者となって間もないユティアは顔までは知らない。
そのため、この男が本当に"勇者"なのかはそれだけで判断はつかないのだが、男の左手には、"110"という"巨塔記録"が刻まれている。
(――ッ! 勇者リウス!)
目の前に立っている男が、ロワを"大穴"に突き落とした男の1人。
それを思うだけで途方もない"怒り"に我が身が支配されそうになってしまう。
ユティアは感じ取る。
自身の"適性"が変化してしまいそうだと。
これ以上の"怒り"は、自身の"女神"の適性に良からぬ変化を与え兼ねないと……。
(……駄目。落ち着け……今は駄目。ロワ君のために……)
震えながらも、小さく息を吐いて気持ちを落ち着かせる。
なんとか、身を焦がしそうな"怒り"の炎を抑えつける。
「どうしたんだい? 照れなくても良いさ、気楽に話してごらん?」
そんなユティアの葛藤を知らぬリウスの言葉は、ユティアの耳を素通りする。
――今は"勇者"よりも"賢者"だ。
そう思いつつ、ユティアは酒場内に視線をさ迷わせる。
しかし、そんな時にまたしても別の男の声が響き渡ってしまった。
「おいリウス。お嬢さんが困ってんだろ?」
声のした方に思わず視線を向けたユティアが目にしたのは、先程までリウスが座っていたであろうテーブル。そこに集まる冒険者達を掻き分けるようにしてやって来た男の姿だ。
「お嬢さん、"適能"はあるのか?」
リウスの横に並んだその男がユティアに問う。
「おいケイル。いきなりその質問は無いだろう?」
(…………無双者、ケイル!)
"110"という"記録"を持つ、ケイルという名の男。
今、ユティアの目の前には、ロワを大穴に突き落とした男の2人が、肩を並べて立っていた。
ロワの信頼を踏みにじり、"王者の長剣"という"適性武具"をも奪い、"大穴"へ突き落とし、苦しめ、まさに死ぬ寸前にまで追いやった2人。
消えかかっていた"怒り"の炎が、大きな音を上げながら燃え盛る感覚に襲われるユティア。
「「――ッ!?」」
リウスとケイルの2人が、狼狽える。
目を見開き、その瞳が淡く金色に輝くユティアに、異様な雰囲気を感じ取っていた。
ユティアは、我を忘れそうになっていた。
が、
「ちょっと! アンタ達! いい加減にしなさいよ! 馬鹿じゃないの!?」
机を叩き、勢い良く立ち上がる女性。
「その娘はまだ何も言ってないでしょ!? さっきから聞いてれば……同じ"勇者パーティー"として恥ずかしいのよ!」
長い黒髪を逆立てそうなほどに怒りを露にして叫ぶ絶世の美女が、ソコにいた。
自分の代わり、という訳では無い筈だ。
話したことは勿論、会ったこともない女性。
しかしこの女性は、自分の代わりに怒ってくれているような気がする。
不思議とそう感じたユティアの"怒り"は、ギリギリの所で消え失せていった。
(この人は……)
左手に刻まれた数字は、勇者と同じ。
つまりは勇者パーティーだ。本人もそう言っている。
ならばこの女性は"魔女"か"賢者"のどちらかに違いない。
更には、その女性の正面にチョコンと座っている可愛らしい女性の"記録"までもが"110"であることに、ユティアは気付く。
"魔女"と"賢者"。
その両方が、この場に居てくれたのだ。
感想、評価、ブックマーク、是非ともお願いします。




