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衝動的恋心(ヒトメボレ)

 

「この際だ、どうしておめぇがそんな大金持っているのかは訊かねぇ。本当に適性武具でもないこの剣を買うってのか?」


 ようやく落ち着きを取り戻した店主が俺を睨み付けている。

 その視線を真っ直ぐ受けて、俺は頷いた。


「そうか。ちゃんと金を払ってくれるなら、おめぇは客だ。この"剣豪の長剣"はおめぇの物だ。持っていけ。ただし、コイツの値段は100万ベルだ。それ以下でも以上でもねぇよ」


 武具屋の店主としての矜持(プライド)だろうか。

 無駄に格好良く見える。


 俺は一度置いた金袋を再び収納に戻し、今度はキッチリ100万ベル入った金袋を取り出し、同じ場所に置いた。


「持っていけ」


 店主が"剣豪の長剣"を指して、そう言った。


「金の確認はしないのか?」


「ハッ、舐めんじゃねえよ。俺には、おめぇがそんなこずるい真似する奴には見えねぇ。間違いなくこの中身は100万ベル入ってる」


 ニヤリと笑う店主。

 ならばと、俺は遠慮なく"剣豪の長剣"を手に取った。

 ……何度見てもこれは"剣豪の長剣"だ。長剣という武具の中では上位に位置する武具であることに間違いはないが、俺が愛用していた"王者の長剣"とは比べるべくもない。

 それに、俺の適性では無いために、俺はこの"剣豪の長剣"の力を充分に発揮できない。


 ま、無いよりはマシだ。


 そう思いながら、俺は長剣を腰に差した。


 勿論、俺の左手の甲には何の変化も現れない。


 ジッとおれの左手の甲を見つめていた店主とユティアも、『やはり……』と言った表情だ。


「本当に世話になったよ。君もありがとうな」


 構わず、店主とユティアに礼を言ってから、俺は2人に背を向けて歩き出した。

 少しでも早く、アベルの上層へ向かわなければいけない。

 この武具屋には、また改めて、礼をしにこよう。

 そう思いながら、俺は武具屋を後にした。


 ~~~


「ちょ、ちょっとロワ君!? もう! お父さんの阿保! どうして止めないのよ!」


 そう自分の父に文句を言って、ユティアはロワの後を追い、自身の家である武具屋を飛び出していった。


「……? ロワ!? ロワって言うと……」


 飛び出して行くユティアの背中を見ながら、店主はユティアが口にした、この世界では知らぬ者のいない名前に一瞬驚く。


 だが、今の男が同一人物であるとは思えない。

 そもそも、第1階層のこの街にいるような冒険者ではない、と。

 偶然同じ名前、もしくは聞き間違えだろう、と。特にそれ以上考えることはしなかった。


 ~~~


 懐かしい街の匂いだ。

 頭上に煌々と輝く太陽が、アベルを中心に栄えた広大な街である第1階層(アベルヘイム)を照らしている。


 少し視線を横に向けると、天高くどこまでも伸びる、果たして終わりがあるのかさえも分からない巨塔(アベル)が、静かに、しかし悠然と、この世界にその存在感を示している。


 見た限り、ここからアベルまでは離れていないようだ。ありがたい。

 アベルヘイムは、この世界で最も広大な街だ。

 街の端から、世界の中心であるアベルまでの距離は控えめに言って果てしない。

 自然と、次の街がある階層に到達していない冒険者は、アベルヘイムを拠点にする。当然、アベルの近くになるほど街は栄えていく。


 かく言う俺も、初めはアベルヘイムを拠点にしていた。


 勇者パーティーの1人だった俺がそうなのだから、大概の冒険者はそうだ。


 ……っと、感傷に浸るのはここまでだ。

 さっさとアベルに向かおう。


 俺はアベルに向かって歩き出した。


 すると。


「待って! ロワ君!?」


 勢い良く武具屋から飛び出して来たユティアが声を掛けてきた。


 構わず、俺は歩き続けるが……このユティアは、俺を助けてくれた人だ。邪険に扱うなんてことは出来ない。

 申し訳ない気持ちになりながら、視線だけをユティアに向けた。


「本当に行くの? アベルに? 適性武具も無いのに?」


 俺の横に並び、話し掛けてくる。

 女性のユティアと俺では、歩幅が違うため速度も違う。そのため、俺の歩く速度に合わせようと少し早足でついてくる。


「あぁ。君には本当に感謝してる。また改めてちゃんと礼はするよ」


 歩く速度を緩め、視線を前に戻す。

 それに気付いたユティアは一瞬微笑むが、すぐに厳しい口調で話し出した。


「もう! そんな事どうでもいいの!? 無謀だってば! やめよ? ねぇ! ちょっ、止まってよ!」


 そう言えば、いつの間にか砕けた口調になっているな。さっきも俺の事を名前で呼んでいたし……。


 などと、どうでも良い事を考えるが、俺は足は止めない。

 俺の中でアベルを上るのは確定事項だ。

 適性武具も、探してすぐに見つかる程度の武具ではない。

 探すよりも、勇者パーティーを見つけて取り返す方が早いとさえ思える。


「ちょっと聞いてるの!? ロワ君!? もう!」


 このユティアも……どうしてそこまで心配してくれるのだろうか? 昨日今日知り合ったばかりの俺に。

 お人好しが過ぎるんじゃ……。


「どうしてそこまで心配してくれるんだよ? 会ったばかりの俺に。助けらて本当に感謝はしてるが……」


 訊ねてみた。


 しかし、俺の質問に対してのユティアの返事はない。

 更には、さっきまで俺の隣に引っ付いて歩いていたのに、いつの間にかその姿も見えなくなっていた。


 不思議に思い、俺は足を止めて振り向いた。

 俺より少し離れた所に、ユティアは俯いて静かに立っていた。


 やはり、ユティアは足を止めていたらしい。


 どうしたんだろうか?

 さっきまで、あんなに元気に話していたのに。


「……どうしたんだ?」


 問い掛けても返事はない。


 だいぶアベルに近付いたこともあり、行き交う人の姿も多くなってきた。

 酒場や武具屋、道具屋もそこかしこに存在している。当然、冒険者らしき者の姿も多い。


 アベルはすぐそこだ。

 ユティアには悪いが、あまりのんびりしていられない。

 ……返事が無いのなら、放って行こう。


 アベルへ向かうため、ユティアに背を向けようとしたが。


「―――です」


 僅かに耳に届いたユティアの声に気付き、俺は動かそうとした脚を止め、再びユティアに視線を戻した。


「――たんです!」


 なんだ? あまりよく聴こえない。


 首を傾げる俺に、ユティアは更に声を大きくして叫んだ。


「一目惚れしたんです!!」


 ……………。


 一瞬、俺の思考は停止した。


 今度のユティアの声は、しっかりと俺の耳に届いた。

 聞き間違えか? とも思ったが、今のユティアの声を聞いた人達が、足を止めて俺達を興味深そうに見ている。


 ……どうやら、聞き間違えでは無さそうだ。


 やがて、周囲の視線に晒されている事に気付いたユティアは顔を赤らめ、慌てて俺の所まで駆けてきた。


「と、とにかく! 無謀です! どうしてそこまで急いでアベルを上ろうとしてるのかは知らないけど! ほ、放っておけない!」


 上目遣いでそう言ってくる。

 金色の瞳が震えていた。


 だが、俺はアベルに上る。それは変わらない。


 そう言おうと、俺は口を開こうとしたが。


「それでも行くって言うなら! 私もついて行くから!」


 俺が何かを言う前に、ユティアが力強くそう言ってきた。


 この爛々と輝く金色の瞳を見る限り、俺がなんて言おうとついて来そうだな。


 まぁ、女性を一人連れて行くくらいなら、適性武具が無くても大丈夫だろう。100階層を目指す訳でもない。

 助けてもらった負い目もあるし、無下にすることも出来ないしな。

 せめて初めの"転移魔法陣"までは連れて行こう。

 そして、"転移魔法陣"を見つけたらアベルヘイムに帰ってもらおう。


 そう決めて、俺は閉じかけた口を再び開く。


「怪我しても知らねぇからな」


 再び俺は、アベルに向けて歩き出した。


 既にその巨塔は、俺の視界を埋め尽くす程に近くにあった。


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