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上層的都市(スカイアベル)02

 

「嘘……だろ? 100階層到達者かよ……」


 この場に居合わせた冒険者の1人が、絞り出したように声を漏らす。


 他の多くの冒険者達も皆、似たような反応を見せている。


 今、この酒場に存在する全ての者の視線を全身に浴びる中で、その女性はゆっくりと歩を進める。


 そんな彼女の優雅で美しい所作に、殆どの冒険者は見惚れてしまう。

 そして確信する。

 少しずつ近寄る女性の左手に光る数字が、見間違いでも何でもなく、紛うことなき"巨塔記録(アベルレコード)"であると。


 冒険者の実積、又は実力。それを明確に表す物が"巨塔記録"であり、その数字は巨塔の階層を進めるだけ大きくなる。

 左手の甲に刻まれた、その輝く数字が"100(3桁)"を表示していたのは勇者パーティーの5人だけ。

 そんな世界の常識は、脆くも崩れ去る。唐突に出現していた6人目の美女の登場によって……。


 だが、どうやらそれだけで終わる話でもない。

 この不思議な雰囲気を放つ着物美女が放つ次の言葉は、この世界のもうひとつの常識である『勇者パーティーこそが冒険者の頂点』という現実を揺るがし兼ねない物であった。


「そろそろ、単独(ソロ)攻略にも飽きて来た頃ですので、どうせなら勇者パーティー? という物に加入させてもらおうかなと思ったんです」


 自分の頬に指を添えながら話す仕草は、どこの誰が見ても魅了されてしまいそうな程に魅力的。

 ソレを狙っているのか天然物なのかは誰にも分からないが、今だけは、この場にいる全ての冒険者は魅了される程の余裕を持ち合わせていない。


 それほどに、この女性の発した言葉は異常な内容であったからだ。


 堪らず、誰かが声を上げる。


「馬鹿な! 単独(ソロ)だと!? 嘘を言うな! あり得ない! 100階層まで単独で攻略を進められる冒険者なんて存在しない!」


 その言葉に誰もが同意の意思を示す。


「別に信じてもらえなくても結構です。そんな事どうでも良いですから」


 と、美しくも冷たい視線を周囲に振り撒く女性。


 その態度が逆に、彼女の発言の信頼性を高くしていく。


 多くの冒険者達が唖然とする中で、そんな光景を冷静に見守っていた冒険者も存在している。


 勇者パーティーの4人だ。


 左手に刻まれているのは、自分達とそう大差ない"記録"。

 新たな100階層到達者であり、ずっと無関心であったミルシェとフィリアでさえ、彼女に関心を寄せている。


(この女……いったい何者?)


 パーティーを組んでいたとしても、100階層にまで至れている冒険者は少ない。

 勇者パーティーでさえ、ソコへ到達するには相応の苦労があり、そう昔の話という訳でもないのだ。ソレをこの女性は単独で到達したと言っている。


 ――果たして、どんな"適性"を持ち、どんな"適能"を有しているのだろうか?


 ミルシェは、探るような視線を、この女性に無意識の内に向けてしまっていた。


「それで? 私はあなた方のパーティーに加えてもらえるのでしょうか?」


 いつまで経っても先の言葉に対しての返事をもらえないことにしびれを切らし、ケイルの正面にまでやって来た女性が言葉を放つ。


「あ、ああ。……も、勿論大歓迎だ。君みたいな冒険者を俺達は探してたんだぜ?」


 慌ててケイルが立ち上がり、少し急ぎがちに言葉を紡ぐ。


 100階層の"記録"持ち。

 断る理由などありはしない。

 冒険者の実力を測る物は、その実力をその目で確かめる以外なら、"記録"の大きさこそが全てなのだから。


 彼女の存在は、勇者パーティーがこの先の階層を進める中で大いに役に立ってくれる筈だ。


 "王者"がいなくなり、その実力を大きく低下させた勇者パーティーの新戦力。

 著しく低下してしまった巨塔攻略速度も、また以前の調子を取り戻すだろう。

 と、この場にいる全ての者が思っている。


「よろしく。俺が勇者のリウスだ。このパーティーのリーダーさ」


 リウスもその場で立ち上がり、握手を求めて手を伸ばす。


 リウスも、他の冒険者同様に、この女性に大いに期待していた。

 そして、魅了されている。その美しさと魅力的な体に。

 彼女が自分のパーティーに加入することを内心で歓喜し、勘違いしているのだ。

『この女性は、勇者である自分に憧れを抱いている多くの女性冒険者の内の……1人なのだ』と。


 その伸ばした右手も、間違い無く握り返される物だと思っていた。


 しかし、いつまで経ってもリウスの右手に温もりが伝わることはない。

 その代わりに、酷く冷たい言葉がリウス達に返された。


「……………何か勘違いされているみたいですが、私がパーティーを組みたいと思ったのは、ただ"単独"に飽きたからです。そしてパーティーにあなた方を選んだのは……私の実力に1番近いのが、あなた方だったからです。馴れ合うつもりはありません」


 これまで、勇者パーティーに向けられてきた言葉は、尊敬や称賛、羨望に期待といった感情を含んだ物ばかりだった。

 そのどれもが彼等には心地よく、優越感に浸れる物であり、それが当然となっていた。


 しかし今、リウスとケイルに浴びせられた言葉は、そんな物ではない。

 どちらかと言えば、侮辱に近い物。

 更には、『自分の方が強い』とまでも遠回しに言われている。


「「…………………………」」


 唖然としながら、差し出した右手が遂には取られることは無く、女性が踵を返して酒場を出ていこうとする姿を見つめることしか出来ないリウス。


「ど、どこへ行くんだ?」


 ケイルが呼び止めると、女性はソコで立ち止まり振り向いた。

 相変わらずの美しい微笑みと、大きな黒い瞳を向けながら、さも当然とばかりに口を開く。


「どこって、巨塔です。私の"記録"は"100"。あなた方は"110"。これでは一緒に巨塔を上がれないでしょ? ですから私も"110"まで上げてくるんですよ。明日また同じ時間にここでお逢いしましょう」


 そう言ってから、女性は酒場を出て行ってしまう。


「「「………………………」」」


 リウスとケイルを含めた冒険者達が言葉を失ってしまう。


 "単独"で、しかも1日で"記録"を"100"から"110"まで上げると。階層を進めてくると言っていた。

 そんな事が可能なのか? と訊かれれば、誰もが『不可能』だと答える事を、やってくる。と、言ったのだ。


 流石に誰もが信じられないが、今まさに言葉を失ってしまっている彼等は、心のどこかで思っているのだ。

『もしかしたら本当に』と。


(……やれやれ。情けないったら無いわね。これがあの"勇者パーティー"か。もう終わりね)


 ふらりと現れた1人の女性に好き放題言われてしまった光景の全てを見守っていたミルシェは、どこか楽しそうにため息を吐く。


 それを見て、小さく笑うのは。


「ふふっ」


 フィリアだった。



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