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強者的余裕(油断)

 

 この巨塔(世界)で、最も強い冒険者は誰か?

 そう問えば、多くの冒険者はこう答える。

『勇者パーティーの誰かだろう』と。

 それは正しい。何も間違ってはいない。

 何故なら、この巨塔の攻略を最も進めているパーティーが彼等なのだから、『最も強い冒険者』と言われればそうなのだろう。

 この巨塔で、冒険者の力量を測る物が"巨塔記録(アベルレコード)"であり、勇者パーティーの皆が左手に刻むソレが、全冒険者の中で最も高い数字である間は間違いなく、勇者パーティーは『最も強い冒険者』と呼ばれ続ける。


 しかし、勇者パーティーより強いか弱いかは度外視として、"巨塔記録"がまだ低いながらも強力な冒険者は多く存在する。

 この巨塔では、まだまだ未発見の"適性武具"は多く、未だに自身の適性を見出だせていない、"無印(冒険者の卵)"は数多く存在するのだから。


 そしてこの巨塔では、今この瞬間にも多くの冒険者が死に……また新たな冒険者も誕生している。

 そんな死んでしまう冒険者と、新たに誕生する冒険者の中には……間違いなく強力な適性を持つ冒険者は存在しているだろう。


 ただ、"巨塔記録"が低い間は、あまり注目を集めないだけだ。

 その中には、勇者パーティーに匹敵する、もしくは凌駕する冒険者も存在していることだろう。


 この、ユティアが『変人かも』と思いながら見つめている2人の冒険者も、間違いなく強力な冒険者であった。


「あ? なんだコリャ。てんで大したことねーな」

「ねぇ? さっさと進んじゃいましょうよ」


 2人がそう言いながら冷たく視線を向ける先には、片腕を失い、完全に戦力とその意思を失った"悪魔男爵"が両膝を突き、踞っていた。


 先にシエラが、その圧倒的な殺意の込められた"剣技"で"悪魔騎士"の首を跳ねた。

 ソレを目の当たりにした"悪魔男爵"が激怒し、シエラに襲い掛かったのだが、レイグによって振り下ろされた大剣が"悪魔男爵"の戦力と意思を……叩き潰した。


 圧倒的な"殺意"と"暴力"。

 シエラとレイグの戦いぶりは、正にそんな物だった。


「よいしょっと」


 レイグが、大剣を高らかに掲げる。

 振り下ろせば、間違い無く"悪魔男爵"の体は両断されるだろうが、既に戦意を失っている"悪魔男爵"はそこから少しも動く素振りを見せない。


 悟っている。

 今動けば、この大剣によって討伐されることは避けられるが、少しの延命に過ぎない。

 既に、自らの死を受け入れていた。


 やがて、レイグの大剣は真っ直ぐに振り下ろされ、"悪魔男爵"の体を両断しつつ床に激突する。

 左右に別れた体は、――ドサリと床に横たわり、塵となって消滅した。


「チッ。面白くもねぇ。さっさと行こうぜ」


 思っていた程の相手ではなく、少し機嫌を悪くしながら歩き出すレイグに、シエラが肩を竦めつつ後を追う。


 ともあれ、"階層主"の討伐を終えたのだからと、2人は広間を後にしようと先へ進む。


「あ? どうなってんだコリャ?」


 ――しかし。


 第46階層への階段へ続く門扉は……固く閉ざされたままだ。


『何の冗談だ?』と首を傾げている2人。

 "階層主"を討伐したにも関わらず、門扉が開かない状況に困惑していた。


 そんな2人とは対照的にユティアは冷静だった。


 ユティアは……ロワから非常に数多くの事を教わっていた。

 その一つが、


 ――"広間"もしくは"異階層大広間"では、門扉が開くか、魔法陣が再び光り出すまでは……未だに"戦闘状態"だということだ。


 広間では、"階層主"を討伐すれば、先へ続く門扉は必ず開かれるのだ。それは絶対だ。


 ならば今、この門扉が開かないということは。


 ――"階層主"がまだ、この広間に存在している証拠であった。


「「――ッ!?」」


 既に、広間に変化は起こっていた。

 いや、()()と言うよりは、広間にある物だ。


 この広間に置かれていた調度品の数々に、ギョロリとした瞳が出現し動き出す。


 "擬態魔(ミミック)"。

 広間に置かれていた観賞用の武具から鎧。さらには絵画に至るまで、全ての物がこの"擬態魔"だった。


 この魔物達は、表向きの階層主である悪魔男爵と悪魔騎士を討伐し、油断しきった冒険者達が出口へ近付いた所を狙い、これまで数多くの冒険者達を死に至らしめてきた存在だ。


 現に今も、戦闘状態を解き油断していたレイグとシエラに向かって、全方向から全ての"擬態魔"達が襲い掛かりつつある。


 完全に不意を突かれた2人。さらには回避する余裕も場所も無い程の速度と数に、2人は顔を青ざめる。

 投擲された如くに迫る"剣"や"槍"の"擬態魔"。

 体当たりの要領で突進する"鎧"の"擬態魔"。

 弧を描き、回転しながら飛来する"絵画"の擬態魔。

 これだけの数が一斉に、自分達へ激突したらと思うと……どれ程の悲惨な末路になるのか想像に難しくない。


 だが、もう遅い。

 回避出来ない物は、出来ないのだ。


 ――"死"。


 そんな言葉が、レイグとシエラの頭によぎる。


 しかし、この場にはもう1人。冒険者が存在している。


「――"神閃"」


 透き通るような声が僅かに響くと、必中の剣閃が、所狭しと2人に迫る"擬態魔"達を一斉に屠る。


 眩い剣閃が"擬態魔"達を一閃する光景を、2人は驚愕しながらも見つめていた。

 その時間はほんの一瞬に過ぎない物だったが、美しく、圧倒的なソノ光景は、確実に2人の脳裏に焼き付けられた。


「……な、なんだ。今の」

「え、剣技……でしょ? 信じられない……あの数を一瞬で――」


 などと呆けているレイグとシエラの声はユティアの耳に届いているが、ユティアは意識を集中させている。


 何故なら。


 ――未だ、門扉は固く閉ざされたままだ。


 まだ終わっていない。


 それを証明するように、またしても変化は起こった。


「≡≡¶#*###****!!」


 不快な絶叫にも似た雄叫びが、広間に響き渡る。


「「――!?」」


 これこそが、この広間の難易度が高いと言われている理由だと、即座に理解する2人。


 この広間にある物で、最も存在感を主張していた物が……初めからあったではないか。と。

 しかし、またしても気付くのが遅かった。


 レイグとシエラのすぐ近くに……鎮座していた"椅子"。

 悪魔男爵が腰を落ち着けていた豪華な"椅子"だ。

 その椅子に、無数に出現した不気味な瞳。みるみるとその体を禍々しく変貌させていく"椅子"は、最早"椅子"などと呼べる物ではなく、"椅子"であった"何か"だ。


 第45階層、階層主。"擬態魔将(レア・ミミック)"だ。


 2人の背後で突然正体を表した階層主。

 ここまでの激しい状況の変化に戸惑うばかりの2人は、当然対処に遅れてしまっている。


 だが、ふと気付く。


 果たして、いつからあったのかは分からない。

 だが、確かにある。


 階層主の頭上に、いつの間にか大きな"金色"の魔法陣が出現していた。


 明らかに異質な魔法陣だが、その雰囲気は"悪"ではなく、神秘的ですらある。


 などと考えていると、広間が眩い閃光に包まれた。

 あまりの輝きに、2人は目を開けていられなかったが、目を閉じる瞬間に辛うじて目撃していた。

 "金"魔法陣から出現した光の柱が、階層主を呑み込んでいたのを。


 どれだけの時間、目を開けていられない程の光が広間を包んでいたのかは2人には分からないが、やがて広間が落ち着きを取り戻し目を開けると、ソコに階層主の姿は無かった。


 そして。


 ――階層の先へと通じる門扉が、開け放たれていた。


 "階層主"の討伐が、完了した証拠だった。


「「……………………………」」


 全く意味が分からない2人だ。


 気付いた時には、絶体絶命の危機。それを一筋の剣閃によって救われたかと思えば、今度は得体の知れない魔物の出現。

 戸惑うばかりで対応出来ず、またしても窮地に陥ったが、まさかの超強力な魔法と思われる物に救われた。

 ここまでが、一瞬にして起こっていた。


 そして、目の前の門扉は開け放たれている。


 ――意味が分からない。


 2人には、そんな感想しか出てこない。


 ただ一つ言えることが、その全てを、今2人に向かって近寄って来ているこの銀色の髪の金色の瞳の美しい女性。現在"協力"を行っている冒険者の女性がやってのけたということだ。


 そんなユティアが、口を開いた。


「さっ! 終わりましたね! ありがとうございました! それでは私はこれで!」


 と、さっさと進もうとするユティアに、2人が堪らず声を上げる。


「「いやちょっと待て(待って)」」


 やっぱりか。と、ユティアは少し面倒に思いながらも苦笑した。



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