憧憬的感情(戦乙女)02
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"適能"持ち。
強力な適性武具を持つ冒険者の、一部。
そんな僅かな冒険者が有するその"適能"は、強力な物が多い。
それぞれの"適能"の効果と名称は、その効果が及ぶ者にしか理解することが出来ない。
一つ言えるのは、"適能"を持つ冒険者は皆……強い。ということ。
かく言う私も、今は引退してしまったけれど、そんな"適能"を有する冒険者だった。
"適能"を有する冒険者は、強い。
だったら何故、私は冒険者を引退してしまったのか。
理由は簡単だ。
――仲間を全て失ってしまったから。
巨塔の攻略は命がけだ。
そんなこと、冒険者なら誰でも分かっていること。
だけど、それでも、仲間の死で"冒険者"を引退してしまう者は多い。
私も、そんな数多く存在する"元"冒険者の一人なのだから。
けれど、そんな私が……ここ20階層の"陽射し亭"で働いている理由は、まだ"冒険者"に未練があるからだろう。
高級旅館を利用する経験豊富な冒険者達から、巨塔の攻略情報の話や、冒険者の噂などを耳にするのが楽しくて……そして羨ましい。
本当なら、今すぐにでも収納に入っている私の"適性武具"を持って巨塔に上がりたいのだけれど、いざ"適性武具"を取り出そうとすると、手が、足が震えてしまう。
――本当に、どうしようもなく愚かな女だ……私は。
今、私の目の前で眠っている冒険者は、左手に"巨塔記録"が刻まれていない"無印"であり、"適性武具"を持っていない証拠だ。勿論、今は"適能"も持っていないし、そもそも"冒険者"と呼んでいいのかさえ分からない。
だが、この人は巨塔を上がると言うらしい。
武具も持たずに、怖くはないのだろうか?
――愚かな私とは、何が違うのだろう?
"王者のロワ・クローネ"。
私は、この人の顔をよく覚えていた。
旅館にやって来た瞬間、私の"時"が止まった気がした。
一部の冒険者の間で、死んだと噂されていたけど、私は信じていなかった。
そしてその噂は、やはり真実ではなかったのだと。再びこの人を見て、喜びにうち震えた。
だけど、混乱もした。
"巨塔記録"が失われていたからだ。
いったい何があったのだろう。
訊いてみたかったけど、どうやらこの人は自分の名前を少し偽っているようで、"王者のロワ"であることを隠しているらしかった。
だったら"ロワ"という名前の方を誤魔化すべきだろう。と思ったけど、勇者パーティーの顔を知っている者は"上層組"以外では多くない。
でも、若女将は"上層組"だ。多分気付いてると思う。
その若女将が何も言わないのだから、私も質問したい衝動をグッと我慢することにした。
そんな時だった。
"能力異常"という"上層"ですら滅多に起こり得ない状態に陥って帰って来た。
本当に何があったのだろう。
ここは20階層の"自然街"なのに。魔物も魔獣も存在しないのに。
この人の同行者? なのかな。
その女の人も、何の説明も無しにたった一人で50階層まで上がるなんて言い出して、行ってしまった。
でも、あの女の人……本当にこの"王者のロワ"のことが好きなんだ。
そう確信できる程の迫力が、あの人にはあった。
だったら私は、できることをしよう。と思った。
というか、頼まれなくたって、私は全力でこの人を助けただろう。
何故なら。
――私は以前に、"王者のロワ"に命を救われている。
~
"大規模転移魔方陣"。
冒険者の間で"紫"魔法陣と呼ばれている物が、過去にも出現した。
冒険者であった私は、当然ソレに参加した。仲間と共に。
――自分達なら大丈夫だ。もしかしたら"空間主"を討伐するのは私かも知れない。
愚かにも、そんなことを思っていた。
浮かれていた。自惚れていた。
50階層にまで到達したということと、一部の冒険者達に"戦乙女"などと呼ばれていたこともあり、自分の力を過信していた。
――勇者パーティーにも追い付ける。いや、追い越せる。
そんなことすら、思ったこともあった。
だけど……。
いかに自分が"弱者"であったのかを、私は痛感した。
"紫"魔法陣で転移した先で見たものは、次元の違う領域だった。
空を飛び交う"純竜種"。数多くの冒険者達を凪ぎ払う"巨人"。
天変地異を巻き起こす"精霊"に、空中に佇む"天使"。
私達冒険者が討伐しようとしていたのは、そんな存在達。
――勝ち目なし。
素直にそう思った。
私の仲間は、すぐに死んだ。呆気なく。
そこにはなんの物語も存在しなかった。
"精霊"の起こした天変地異によって、数多くの冒険者と同様に消滅したんだ。
恐怖し、絶望する私は、その場にへたり込むようにして崩れ落ちていた。
"適能"を持っていたところで、どうにもならない。なにが"戦乙女"だ。
腰を抜かして立ち上がることもできないのに、どうして討伐なんてできるのか。
私の"冒険"は、この瞬間に終わったんだ。
――そして人生も、終わる。
私に向かって降り下ろされる巨人の大剣を見ながら、そう思っていた。
「"王剣"!」
誰かが、私の前に割って入ってきた。
恐らく"剣技"を使用しているのだろうが、それでも私は驚いた。
あの巨人の大剣を、この人は受け止めたのだ。
――!!
その黒い長剣を見て、私は確信した。
長剣の名は、"王者の長剣"だった。
そんな武具を扱う、"王者"の適性を持つ冒険者はただ1人だ。
"王者のロワ"。
私が初めて、彼に出会った瞬間だった。
「おい! もうすぐ"魔法陣"が輝きを取り戻す! その時までなんとか持ちこたえてろ!」
黒い瞳が私を睨み付けていた。
「おい! 聞いてんのか!」
「!? は、はぃい!」
初めてだった。
私にそんな乱暴な言葉を浴びせてくる人。
彼の左手に刻まれた"80"という数字は、全冒険者の中で最高クラスなのは私でも知っていた。
「ミルシェ! さっさと"詠唱"始めとけ!」
「分かってるってば!」
「フィリア! 俺に"加速"を!」
「う、うん!」
そんな冒険者が、他にも2人。彼の所に集まってきた。
"勇者パーティー"だ。
彼等の戦闘を、私は間近で見ていた。
茶色髪の少女が、彼に魔法を施すと、彼は目にも止まらぬ速さで巨人に迫り、圧倒する。
その間に、もう一人の女性がなにやらブツブツ唱えているのが聞こえてきた。
この女性も、"王者"同様に有名な冒険者だ。
"魔女"。
そして彼女の"適能"も、今や有名な物になっていた。
"詠唱"。
本来は冒険者が魔法を行使するのにそんな行為は必要ない。
しかし、彼女の"適能"は、敢えてそれを行うことで魔法の規模と威力を何倍にも増幅させるらしい。
その"詠唱"はとても長かった。
それだけこの"巨人"を討伐するのが困難ということだと、私は愚かな身でありながら理解する。
その間、彼はずっと巨人と戦っていた。
「……凄い」
思わず、そんな言葉が溢れた。
けど、流石の"王者"でも決めきれない様子。
それほど空間主という存在は規格外なのだろう。
他の"純竜種"や"精霊"に"天使"との戦闘も激化しているのが、耳に聞こえる音や声で分かる。
そして、状況は極めて劣勢だ。
最早、討伐することは諦め、無事に生きて帰ることを目的とした防衛戦に変わっていた。
「ロワ! 離れて!」
"詠唱"が終わったらしい。
魔女がその手に持つ杖を、高らかに掲げると……巨人の頭上に幾つにも重なる魔法陣が出現していた。
その魔法陣が、上から順に激しく発光を始めると、魔法陣を貫くように上空から巨大な矛が……物凄い速度で飛来し、巨人に激突した。
眩しい閃光と轟音と地響き。
堪らず私は目を瞑ろうとしたが、そんな時に地面の"紫"魔法陣が輝きを取り戻していた。
その矛が巨人に激突するのと、"紫"魔法陣が輝きを取り戻したのは同時だったらしい。
……私は、"空間主"の討伐戦にパーティーで参加して、1人だけ生き残ったのだ。
~
あの時1人となった私は、再び巨塔を上がることが出来なくなってしまった。
怖くなってしまったんだ。
でも同時に、あの時に出会った"王者のロワ"に、猛烈に憧れた。
「貴方は、どうしてあんな恐ろしい存在に、1人立ち向かって行けたんですか?」
あの時、私の命を救ってくれたこの人の左手の甲に、優しく触れてみる。
何も記されていない左手。
どんな理由があったのかは知らないけど、武具も持たずに巨塔を上がるのは、怖くは無いのだろうか?
――この人が目を覚ましたら、訊いてみよう。
もしかしたら私も、また冒険者に戻れる日が……くるかも知れない。
眠り続ける"王"を見て、私はそう思った。
少し長くなってしまった……。




