剣豪的武具(ツナギ)
「とにかく助かった。この礼はいつか必ず。本当にありがとう」
そう言いながら、俺はベッドから降りた。
体力は充分回復している。魔力は……万全とは言えないが、時間経過で自然に回復する。ここまで回復していれば大丈夫だ。
「ちょちょ、どこ行くんですか? そんな急に起き上がらなくても……」
ユティアが戸惑いながら、俺の体を支えてくれる。
見ず知らずの俺にここまで良くしてくれるなんて……相当なお人好しだ。
「巨塔だ。俺はアベルに上る」
「えぇ!? 貴方、そのアベルの前で倒れてたんですよ!? 馬鹿なんですか!?」
ユティアが呆れつつも驚いた表情で俺を見る。
馬鹿とは……少し言い過ぎな気もするが、そう思われるのも仕方がないか。
だが、こうしている間にもリウス達はアベルの上層の攻略を進めている筈だ。
奴等との差は広がるばかりだ。もたもたしてなんて、いられない。
ここはアベルの外。つまりは1階層。
俺達"上層組"は、いつも50階層にある"空中街"を拠点にしていた。
せめてそこまでは上がらないと、奴等に出会える可能性は限りなく低い。
「大丈夫だ。心配かけて済まない」
半ば強引にユティアの静止を振り払いながら、俺は部屋を出ていこうとするが、ユティアが俺の後についてくる。
「適性武具も無いのに、アベルを上るなんて無謀ですよ!」
並の冒険者ならば、ユティアの言う様に無謀だろう。
だが俺は、第100階層到達冒険者のロワ・クローネだ。
例え適性武具が無くとも、50階層くらいならなんとか上れる筈だ。
そもそも、その適性武具を取り返すためにアベルを上る必要がある。
ユティアの静止を振り切り、俺は部屋を出る。
「あん? おい兄ちゃん、もう出ていくのか?」
と、部屋を出た所で、体格の良いイカつい初老の男性が視界に飛び込んできた。
俺が休んでいた部屋の、隣の部屋。その周囲を見回してみて気付く。
様々な剣や槍に矛、杖に弓など多種多様な武具が壁に掛けられ、また棚に並べられていた。
ここは武具屋のようだ。
男性は、受付と見られるテーブルの中に立っている所を見ると、この武具屋の主だろう。
「お父さん! この人、適性武具も無いのにアベルに上るって言うの! 止めてよ!」
俺の後ろから首を伸ばしてユティアが声を上げた。
なるほど、どうやら俺は武具屋の娘に助けられたらしい。
「おいおい兄ちゃん。別にアベルに入る事を止めはしねぇけどよ。せめて適性武具は持って行けよ」
チラリと、俺は武具屋の主であるこの男性の左手の甲に視線を向けた。
そこには、白く輝く文字で"40"と記されていた。
冒険者か……いや"元"冒険者だな。
引退してこの1階層で武具屋を営んでいるということか。
俺は改めて、周囲を見回す。
店に並べられた様々な武具。
1階層の武具屋だが、品揃えは悪くないようだ。
"元"冒険者が経営する武具屋や道具屋は、基本的に品揃えは悪くない。
ここも、その例には漏れないようだ。
「店主! この店に置いている武具で、一番高価な武具をくれ!」
『もしかしたら』そんな淡い期待を込めて、俺はそう言った。
こんな所に俺の適性武具である"王者の武具"が置いているとは思えないが、可能性は0ではない。
「ちょ! 何言ってるの?」
俺の発言に、ユティアが驚く。
「あぁ? おめぇ金は持ってんのかよ?」
店主は怪訝そうな表情を浮かべ、そう言っていた。
アベルの前で倒れていた新人冒険者。彼等は俺のことをそう思っている。
とても金を持っているようには見えないだろう。
身なりも、107階層までの攻略の過程で、かなりボロボロになってしまっているし、尚更だ。
「とにかく見せてくれ」
店主の反応に構わず、俺は言った。
すると、店主は眉を潜めつつも、カウンターの中で丁寧に展示するように置かれている長剣を持ち出し、丁寧にカウンターの上に置いた。
「今、俺の店で一番高価な武具はコイツだ」
そこに置かれたのは、綺麗に刃が磨がれた美しい灰色の輝きを放つ長剣だった。
「これは"剣豪の長剣"だ。"剣豪"の適性を持つ者はおよそ1000人に1人と言われている。兄ちゃんがその1人とは思えねぇがな」
確かに、これは"剣豪の長剣"だ。
……駄目だ。"剣豪"程度の武具は俺の適性ではない。
やはり、"王者の武具"は置いていないか……。
初めから期待はしていなかったが、それでも落胆してしまった。
しかし、こんな武具でも、無いよりはマシだ。
50階層へ上がるまでのツナギとして、俺はこの"剣豪の長剣"を買うことにした。
「いくらだ?」
俺は店主に尋ねた。
その言葉に、ユティアと店主が驚く。
「100万ベルだが……。おめぇ何を考えてる?、適性武具でもない剣の値段なんて――!?」
店主の言葉を最後まで聞かずに、俺は収納魔法から取り出した金袋をカウンターの上にドサリと置いた。
収納魔法を使用した時に、106階層で手に入れた"女神の長剣"の存在を思い出し、それを使って50階層まで上がることも考えたが、安易に人前に出せる武具ではない。
その考えは即座に捨て去った。
「150万ベル入ってる。迷惑を掛けた礼に、釣りはいらない。その"剣豪の長剣"売ってくれ」
「「え゛ぇ゛!?」」
店主とユティアが奇妙な声を上げていた。
店主の視線が、俺と、カウンターに無造作に置かれた金袋へ忙しく交互に行き交っている。
「売ってくれ」
もう一度、俺は言った。