崇拝的象徴(女神)
女神の発する一声に応えるように、"階層主"である"醜妖精"の頭上に出現する光。
その光が即座に姿を変える。
階層主の頭上を中心に、幾つもの光の筋が放射状に駆けていく。
複雑怪奇な模様を描きながら走る光はやがて、金色の魔方陣へと姿を変えていた。
と、同時に……その金色の魔方陣から墜ちる光。
階層主の巨体を易々と呑み込む光の柱だ。
ユティアが声を出して金色の魔方陣が出現し、その光の柱が階層主を呑み込むまでの時間は……一瞬。
階層主は、ユティアの姿を確認し、戦闘態勢に移行する前に……その存在を消滅させた。
階層主の声にならない声ですら、その光は存在を許さない。
第99階層以下の存在を消滅させる光だ。
女神による裁きの光が、階層主のいた広間を包み込んでいた。
「な……何が、どうなってんだよ……」
その光景を、ただ呆然と眺めていた冒険者達は状況を理解することが出来ない。
ユティアの後を追うように、広間へと入場した3人の冒険者達。
門を潜り、広間へ入ったと思えば、視界が眩い光に埋め尽くされていた。
そんな光の中、悠然と佇む美しい女性。透き通るような銀色の髪が光を反射させ、神々しい雰囲気を振り撒いている。
――女神。
ユティアの後ろ姿に見惚れる冒険者の中の誰かが、そんな声を漏らす。
やがて、広間に溢れていた眩い光が、徐々に勢いを弱くしていく。
完全に光が消え失せると、広間の天井付近に出現していた"金"魔方陣も姿を消す。
光が収まった後の広間に立っていたのは、ユティアと、"協力"を行おうとしていた3人の冒険者のみ。
"階層主"の姿はどこにもない。
3人の冒険者は更に混乱する。
広間に踏み込んだのはついさっき。
今の眩い光がなんだったのかは、勿論理解が及ばない。
それはそれとして、階層主が姿を見せないのはどういうことなのか?
広間に階層主が存在しないこの状況。
これまでに経験したことのない状況に、冒険者達は混乱し不安になる。
しかし、
そんな冒険者達の不安と混乱は、すぐに解消された。
「――ッ! ば、馬鹿な!」
冒険者達の立つ場所の向かい側。
31階層へと続く階段へ通じる出口の門が、大きな音と共に開け放たれた。
冒険者なら誰でも、この門が開く意味を知っている。
――"階層主"の討伐。
広間の先へ続く出口の門は、階層主が討伐された時以外、開かれることはない。
既に、終わっていた。
この冒険者達が階層主の姿を確認する前に、討伐は完了していた。
始まる前に、終わっていたのだ。
さっきの光は、この美少女が階層主を討伐するために放った物なのだと、ここでようやく理解する。
「「「…………………………」」」
理解はしたが、信じられない。
出口へ向かうユティアの後ろ姿を、冒険者達は唖然と見つめる事しか出来ないでいた。
ただ、その優雅で美しい後ろ姿を目で追いかける。
声を発すれば、確実に届く程度の距離。
訊きたいことは、いくらでもある。
しかし、口は開かない。
何故なのか? それは、
――格の違い。
実力の差とか、冒険者としての経験とか、魔力の強さや量とかではなく……格が違う。
階層主を討伐するために"協力"を行おうとしていた自分達程度の存在が、声を掛けて良い相手ではない。
声を掛けることでさえ、畏れ多い。
先程の光に包まれるユティアの後ろ姿に、女神の姿を重ねて見た冒険者達は、心底そう思っていた。
そしてユティアは、背後の冒険者達の存在などすっかり忘れている。
(ふぅー。結構魔力減っちゃったかも。少しだけ……少しだけ休もう。もうちょっと待っててね……ロワ君)
ロワの事を想いながら、ユティアは出口の門を通り、広間を通過して行った……。
「お、終わった……んだよな?」
ユティアの去った広間で、残された冒険者の内の誰かが口を開く。
「あ、あぁ。はは……訳わかんねぇけど、先へ通じる門が開いたんだから、階層主を討伐したってことだろ?」
結果的に"協力"の成立していたこの冒険者達は、その恩恵を充分に受けている。
階層主の討伐は、彼等にも適用されており、この広間を通過する権利は同様に与えられた。
「"女神"……」
思い出すように、誰かがそう口にする。
少しずつ、ユティアの存在も……世界の冒険者達の間で噂されるようになっていく。
ユティアの存在が"上層組"に知れ渡るのも、そう時間は掛からない……。




