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単独的攻略(ソロプレイ)

 

「勇者パーティー……」


 ユティアがそう声を漏らす。


 勇者パーティーのことはロワから少し聞いていた。


 ユティアにとって勇者パーティーとは

 ロワを裏切り、陥れ、苦しめた憎い者達。そんな印象だった。

 "勇者パーティー"という言葉を聞いただけで、気分が悪くなってしまう。

 それほどまでにユティアは勇者パーティーのことを嫌っていた。


 だが、ロワを苦しめたのは"勇者"と"無双者"の二人の男性冒険者だと、ロワ本人から聞いていた。

 ならば、"賢者のフィリア"は憎むべき相手という訳ではない。

 と言っても、勇者パーティーであることには変わりなく、"賢者"もロワに対して良からぬ感情を抱いていた可能性もあると、ユティアは思う。

 つまりは、"勇者パーティー"というだけで、ユティアにとっては信用出来る者達ではない。


 しかし、現状のロワの状態を治療出来る可能性を持つ、唯一の冒険者が、その"賢者"なのだと、目の前の経験豊かな(元)冒険者の若女将は言っている。


 ユティアの脳内に、色々なことが駆け巡る。

 どうするべきか? その"賢者"を頼るべき? 信用出来るのか? 勇者パーティーの者を、今のロワに会わせても良いのか?


 いくら考えても答は出ない。


 そんなユティアに追い討ちをかけるように、若女将は話し出す。


「もし、彼を治せるとしたらその"賢者"だけよ。しかも、この20階層に連れてくるしかない。勇者パーティーの拠点は50階層よ、そこまで上がり"賢者"を見つけ出さなければならない」


 そういうことになる。


 更に言うなら、勇者パーティーが50階層の街に滞在しているのかも分からない。

 100階層の上を、攻略中なのかも知れないのだ。

 もしそうなら、出会える可能性は限りなく低くなり、ロワの治療も叶わなくなってしまうだろう。


 そう考えつつ、ロワの様子を窺うユティア。


 肌は白く、呼吸は弱い。

 魔力が0に近く、辛うじて行き長らえている状態だ。

 正直に言って、何が原因でその残り少ない魔力が失われて、死に至るのかも分からない状態。

 ユティアの目には、そう見えた。


「私達で良ければ、50階層へ転移して、勇者パーティーを探しに行っても良いけれど……」


 そう言いながら、若女将が隣の受付担当だった女性に視線を移すと、その女性は静かに頷いていた。


 非常に嬉しい申し出だった。


 確かに、50以上の"巨塔記録"を持っているこの2人なら、大広間の魔法陣で50階層へ転移する事が出来る。

 しかし、それにユティアは同行することが出来ない。

 それはつまり、ロワの命運を、この2人に委ねるということになる。

 その間、ユティアはどうしているのか。ここで待つことしか出来ない。


 ……そんな事、許せる筈もない。


 昨日今日出会ったばかりの、ロワを想うユティアのために、ここまで心配して親切にしてくれているこの2人を、疑う訳ではないし信用も出来るが、流石にロワの命を預けるなんてことはユティアには出来ない。


 もし、50階層でこの2人に不足の事態が発生して、"賢者"を連れてくる事が出来なくなったら? ここでただ待つだけのユティアには、それを知ることも出来ないだろう。


 ならば


 ――自分で行くしかない。


 ユティアは、そう結論付けた。


「いえ……申し出は凄く嬉しいのですが、50階層へは私が向かいます」


 首を横に振るユティアを見て、若女将は『やはり』と言ったように微笑んで見せる。


 断られることは分かっていた。この女性は、この男性のためならば、例えどんな危険にも飛び込むのだろう。そしてそれを他人に任せるなんてこともしない。

 ユティアを見て、そう感じていた若女将。

 先程の提案も、一応言ってみたに過ぎなかった。


 そして、ユティアは深々と頭を下げた。


「どうか……どうか、私が帰るまで、ロワ君の事を……よろしくお願いします。私が帰った後なら、なんでもします。ですから……どうかお願いします」


 誠心誠意。

 両手を突き、頭を下げての懇願だった。


 そんなユティアの様子を見て、若女将と受付担当の女性は思う。


 こんな美しい女性にここまで想われ、大切にされているこの男性は、いったいどれ程に幸せ者なのか。

 今現在は"能力異常"という絶対的に不幸な状態にあることは間違いないが、ここまで想われているということは、この男性はそれほどまでに素晴らしい人格者なのだと、安易に想像できる。


 そして、そんな想い人のために、ここまで自らを犠牲に出来るこの女性もまた、素晴らしい女性なのだと。2人は思う。


 そんなユティアのこの頼みは、当然聞き入れられた。


「勿論です。御二人は当旅館の"お客様"です。ならば私達は精一杯のおもてなしをさせていただく事を約束します」


 若女将のその言葉に合わせるように、若女将と受付担当の女性も、ユティアと同様に両手を突き、頭を下げた。


 ~


(ロワ君ごめんね……少し待ってて)


 ユティアは、静かに上へと視線を向けた。


 その瞳に写るのは、"大広間"へやって来る度にロワが何度も見上げていた"最上層の光"だ。


 あれからすぐに"陽射し亭"を後にして、ユティアは"大広間"へとやって来ていた。

 若女将達は、明日からにした方が良い。と言っていたが、ユティアは少しでも早く、元気なロワの姿が見たかった。


 そんなユティアを見兼ねて、受付担当の女性が同行を申し出てくれたが、ユティアはそれも断っていた。


 理由は単純。


 ――足手まといは必要ない。


 勿論、直接そんな事を言ってはいない。

 適当な理由をつけて断った。


 ユティアは、ロワと共にこの階層までやって来て、自らの実力が一般的な冒険者の実力からかけ離れているのに気付いていた。


 自信過剰という訳ではなく、ただ単純に、自身の実力を正確に把握しているだけだ。


 だが、実力があっても、冒険者としての経験は皆無に等しいユティア。

 その証拠に、今も足が震えている。

 その理由も単純な物。


 ――ロワの不在。


 これまで、巨塔を上がるのには常にユティアの前をロワが歩いていた。

 "異階層主"を討伐する時などは、ロワに言われて前に出たこともあるが、それでも近くにロワがいた。


 ロワがいるのと、いないのとでは、こんなにも違うのかと、改めてユティアは思う。


 ロワが近くにいないのに巨塔を上がるのかと思うと……怖い。


「駄目かも……私」


 そう呟きながら、"大広間"を見回してみるユティア。


 夜も更けた時間。

 冒険者の数は少ない。


 前に見た時は、本当に綺麗だと思った紫魔法陣の輝きも、ロワが隣にいなければ、ただの煩わしい光にしか見えない。


 右手に持った"女神の長剣"に目を向ける。


 ロワから与えられたユティアの"適性武具"。

 思えば、ロワからこの武具を与えられたことで、自分の人生は大きく変わった。


 ……一瞬、そう考えたユティアだが、即座にそれは違うと気付き、軽く頭を振る。


(いや、違うよね。あの時だ、私の人生はあの時変わった)


 ユティアは思い出す。


("第1階層(アベルヘイム)"の巨塔の前で、倒れているロワ君を見つけた瞬間……私の人生は変わってたんだよね)


 随分昔のように思えるその光景を思い出すと、不思議と足の震えは収まっていた。


「よし!」


 そう言うと、ユティアは"大広間"にある上層へと続く階段を、単身で上がっていく……。

 目指すは50階層。しかし、そこに"賢者"がいなければ、例え100階層でも、150階層でも、"賢者"を探しに上がっていくと、ユティア強く心に決めていた。




 ユティアの、巨塔の"単独攻略"が始まった。




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