表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/74

上位的異常(能力異常)

 

 ~~~


「ロワ君! お願い! ロワ君!」


 壁に埋め込まれた水晶の輝きは弱く、薄暗い"異階層大広間"。

 最早、この場所での戦闘は終了し、"主"は姿を消している。


 そんな場所に響き渡る女性の声には、様々な感情が込められている。


 不安、恐れ、焦り。

 それを証明するように、女性の瞳には涙が浮かべられていた。


「どうして……どうして魔法が効かないのよ! どうして!」


 ロワと行動を共にしていたユティアが、俯せに倒れているロワへ魔法を行使しながら、そう声を出していた。


 異階層主がロワへ口づけをした瞬間から、ロワの様子が激変した。

 急に苦しみ出し、倒れ、そして意識を失ってしまった。


 いったい何が起こったのかは分からない。

 しかし、どうしてロワが気を失い、これほどまでに苦しそうにしているのかは理解しているユティア。


 "魔力欠乏"状態。

 ロワの体内から、魔力が著しく失われていた。

 "力"や"魔法"を使い過ぎると、誰にでも起こり得るその"状態異常"だが、魔力とは本来、時間経過で自然回復する物だ。


 勿論、魔力を極端に消耗すれば、魔力欠乏状態は長時間続いてしまい、回復は遅くなる。そういった場合は、"魔力薬"や"治癒魔法"によって、回復を早めるのが常識。


 そして、全ての魔力が失われた場合は、


 "魔力全損"。つまりは"死"だ。

 "魔力欠乏"状態にも関わらず、無理に魔力を使用した場合に起こり得るその最悪な状態。

 それを避けるためにも、"魔力欠乏"状態に陥った場合は速やかな回復が求められる。


 しかし、今のロワには何故か治癒魔法の効果が得られなかった。


 ユティアがロワに対してのみ行える、完全治癒魔法。

 "女神の加護(ティア・ハピネス)"。

 ロワの体に負った傷や欠損。そしてあらゆる"状態異常"を完全治癒させる、正に規格外の治癒魔法だが……今のロワには何一つの効果も発揮されていない。


 既に、何度その魔法を行使したのかさえ、ユティアには分からない。


 それほどに、何度も何度もその魔法を行使していた。

 これ以上繰り返せば、ユティアも同様に"魔力欠乏"状態へと陥ってしまう。そんな状態。


「……ッ! ロワ君……」


 打つ手無し。

 唯一自分が扱える治癒魔法が意味を成さず、魔法薬すらも効果無し。

 その現状に、絶望してしまうユティアだが、ロワは生きている。

 "魔力全損"には至っておらず、その手前。


 "まだ生きている"。それだけで、ロワのことを愛して止まないユティアに、諦めるなどという選択肢は出てこない。


 治癒魔法も魔法薬も効果の無い、今のロワの状態は理解出来ないが、分からないなら訊けば良い。

 冒険者としての経験がまだ浅い自分より、こういった状態に詳しい冒険者は存在する筈だと、ユティアは思う。


 静かに、赤い輝きを取り戻した魔法陣へと目を向けるユティア。


 幸いにも、ここは20階層の冒険者の街だ。

 自分よりも経験豊富な冒険者は多いだろう。

 ロワの為なら、土下座でもなんでもして頼み込んでやる。

 そう自分に言い聞かせながら、ユティアは重いロワの体を無理に担ぎ上げ、魔法陣へと向かう。


 その赤い魔法陣は、"異階層主"がいなくなったことで、役目を再び全うした。


 転移した先の風景を見て、ユティアは心底安堵する。


 転移した先は、元の奇妙な花畑ではなく、街から少し外れた森の中だった。

 耳を澄ませば、確かに聴こえる人の往来の雑音。

 街からはそれほどに遠くない場所へと転移したらしい。


 辺りは茜色に染められており、どうやら異階層へと転移した時から、さほど時間は経過していない。

 異階層での時間の進行具合が、現実とは異なっているのかは分からないが、そんな事をいちいち気にしている程、今のユティアには余裕はない。


 チラリと、自分の足下にあった筈の魔法陣がその姿を消しているのを確認してから、ユティアは街の雑音の聞こえる方へと歩き出した。

 ロワの体が重く、治癒魔法を乱用したせいもあり、非常に辛そうな顔を見せるユティアだが、例え体が悲鳴を上げようとも足は止めない。


 ロワを担ぎながら、なんとか街へと戻ってこれたユティアに、往来の冒険者達が奇異な視線を向ける。


 男を背中に担ぐ、美しい女性。


 その光景は少しばかり注目を集めてしまうが、この街にいる者は皆、(元)冒険者だ。

 ならばこの美しい女性も、担がれている男性も冒険者であり、こういった珍しい光景も、決して"異常"という訳ではない。

 少なくとも、二人の事情を知らない者達の目にはそう写っていたために、ユティアへ声を掛ける者は出てこない。


 ユティアとて、こんな往来のど真ん中で助けを求めるマネはしない。


 一旦呼吸を整えてから、ユティアは再び歩き出す。


 男性であるロワの体は、ユティアにとって非常に重たく感じられる。歩く度に脚が震え、腰が鈍い痛みを訴えている筈だが、ユティアはそれに気付かない。


 ゆっくりとした歩みだが、ユティアはその脚を一度も止めることはなかった。


 ~


 ユティアがようやくそこにたどり着いた頃には、日が暮れていた。


 "陽射し亭"。

 ロワが、これからの巨塔攻略のための拠点として選んだ宿だ。

 "高級旅館"と呼ばれるこの宿を利用する冒険者は、金銭に余裕のある者達。つまりは、巨塔の攻略を比較的進めている者達ということになる。

 そして、そんな高級旅館に勤める(元)冒険者も皆、経験豊かな者達ばかり。

 ロワはそうユティアに話していた。


 ――ここなら、ロワのこの異常について知る者、果ては治せる者もいるかも知れない。


 そんな希望のもと、ユティアはここまで真っ直ぐに帰って来た。


「ッ! お、お願い! ロワ君を! ロワ君を助けて! お願い!」


 "陽射し亭"に入るなり、ユティアはそう叫ぶ。


「――!?」


 突然の叫びと共にやって来た客に、受付担当の女性がギョッとした表情を見せた。


 既に遅い時間とあり、受付ロビーには他に冒険者の姿は無い。

 が、この"陽射し亭"に勤める受付担当のこの女性もまた、"元冒険者"。

 その証拠に、女性の左手には"50"という輝く数字が刻まれている。

 "元"冒険者、の割にはまだ若く、誰がどう見ても現役に思えるが冒険者を引退する理由など、それこそ冒険者の数だけ存在するだろう。


「――! お客様! いったい何が……!?」


 ただならぬ様子に、受付から飛び出してユティアの所へと駆け寄る女性は、背中に担がれたロワを見て即座に状況を理解した。


「とにかく部屋へ……私も後から向かいます」


 この女性は、ロワとユティアの事を覚えていた。

 高級旅館であるこの宿を、20日という長期滞在で部屋を取った珍しい客。

 そんな二人の顔は、嫌でも彼女の記憶に刻み込まれていた。


 女性に言われるがまま、ユティアは自分達で取った部屋へと戻る。

 背中に担がれたロワを落とさぬように、細心の注意を払いながら廊下を進んでいく。


 やがて、


 ユティア達の部屋には、先程の受付担当の女性と、この"陽射し亭"の若女将がやって来ていた。


 布団に寝かされたロワに寄り添いながら、ユティアはロワの魔力が何をしても回復しない状態にあることを説明した。


 ユティアの話を一通り聞き終えて、若女将顔を険しくする。


 左手に刻まれた"70"という数字から、この若女将が相当な実力を持った冒険者であることが窺える。

 受付担当の女性より少し歳上だが、大人の雰囲気を漂わせる、美しく若い女性だった。


 その若女将が、口を開く。


「彼の今の状態は、"状態異常"よりも更に厄介な"能力異常"と呼ばれる物よ」


 麻痺や毒といった、健康状態を害する物のことを一般的に"状態異常"と呼ばれるが、ロワの今の状態は、魔力回復能力の異常。

 つまりは、"能力異常"だ。


 そして、この"能力異常"を治癒するのは困難。


 若女将の顔には、そう書いてあった。


 しかし、方法が無い訳ではなく、"能力異常"を治癒することの出来る冒険者は……存在していた。


「"能力異常"は、並の冒険者では治癒することが出来ない」


 若女将は言葉を続ける。


 既に自分に出来る術は全て試し、その全てが効果を得られなかったユティアは、若女将の言葉を黙って聴いていることしか出来ない。


「だけど、治癒や防御、補助といった魔法を極めた冒険者を一人……知っているわ」


 恐らく、その名を知らぬ冒険者はいないだろう。

 そう前置きをしてから、若女将は一人の冒険者の名を口にした。







「第100階層級冒険者。勇者パーティーの一人。"賢者のフィリア・レステル"。彼女なら、もしかしたら治せるかも知れない」







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ