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圧倒的強者(トリプルエネミー)

 

 "三桁級(トリプル)"


 俺がまだ、勇者パーティーの一人として巨塔を攻略していた時に何回か出会った100階層以降の階層主。

 奴等の事を、俺達は"三桁級階層主(トリプルエネミー)"と呼んでいた。


 勿論、100階層以降の階層主は全て"三桁級"になる。

 俺の最高到達階層は107だ。


 俺の到達した107階層まででは、100階層以降は全ての階層に"階層主"が存在していた。


 そして、俺が出会ったことのある"異階層主"の最高階級は"105"だ。


 確かに、まだ三桁級とは数える程度しか出会ってはいない。


 100階層より更に上へ、この巨塔は続いている。100階層級以上の階層主の存在は確認していたし、当然、更に上層の"異階層主"が存在することも覚悟はしていた。


 ……だが、これはあまりにも理不尽。


 333階層級なんて、手に負えないとかそんな次元の話ではない。


 この女性の階級数字を確認した瞬間から、俺は初めて"恐怖"を感じていた。

 全身に嫌な汗が浮かび上がっているのが分かる。


「ふふ。お主、恐れておるのか? 愚かなことよ。自らの意思で、この場所に踏み込んで来たのであろう?」


 まるで、心を見透かすかのような綺麗な緑色の瞳を向けてくる"異階層主"。


 ……いくら恐れても、ここに踏み込んだ時点で俺達は引き返す事は出来ない。

 帰る道なんて、ありはしない。


 ユティと繋いだままの手に力を込める。


「ユティ、アイツの名は分かるか?」


 分かる筈だ。

 冒険者なら、魔物や魔獣、階層主の名前は見ただけで分かる。


 するとやはり、ユティは頷いた。


「凄く長い名前。"大樹の母 樹竜姫ヴィヒレア・ユグド・レーヴェン"」


 大層な名だ。

 だが、名前負けしている、なんてことは無いのだろうな。

 それだけの威圧感と強者感が、奴からはひしひしと伝わってくる。


「さて、まずはお主らが"挑戦者"に相応しいのかどうか……見極めさせてもらおう」


 そう言って、――パチン、と指を弾かせる樹竜姫。

 すると、彼女の背後にユラリと出現する物があった。


 ……椅子だ。


 綺麗な装飾が施されているが、ごちゃごちゃした物ではなく落ち着いた印象。しかし、その存在感は充分に放つ豪華で立派な椅子。


 その椅子に、樹竜姫は優雅な所作で腰を落ち着けた。


 そして、


「さぁ、どこからでもかかって参れ」


 すらりと伸びる長い脚を組み、頬杖を突き、余裕の表情でそう言った。


 その言葉に、俺はピクリと眉を動かした。

 完全に舐められている。それが少し、気にくわなかったからだ。

 だが、これは好機だ。

 奴が俺達の事を完全に見くびっている内は、付け入る隙が有るかも知れない。


 ……注意深く、奴の周囲を観察してみた。


 何かの魔法が発動している様子はない。

 罠ではないようだ。


 奴は本当に、あの椅子に座っているだけだ。


 ……行くしかない。


『先ずは俺が先に仕掛けて様子を見る』

 そうユティに言おうとしたが、その言葉は飲み込んだ。


 そんな悠長な事をしていられる相手ではない。


 ……2人で同時に、一気に仕掛けるべきだ。


「ユティ、一気に決める。奴は人間にしか見えないが躊躇うなよ。奴は"異階層主(ワンダリングエネミー)"だ」


 もし、奴を倒せる可能があるのなら、それはユティだ。

 ユティがやる気にならなければ、俺達に勝利の可能性は微塵も無い。


 そんな俺の心配は、どうやら杞憂だったらしい。


「大丈夫。分かってる!」


「……………行くぞ!」


 ユティの表情を一瞥してから、俺は駆けた。

 俺に続き、ユティも少し方向を変えて駆け出しているのが気配で分かる。

 どとらも、そこの椅子に偉そうに座っている樹竜姫を目指し、全力で駆けている。


 俺の視線は樹竜姫だけに向けられている。

 だからこそ分かる。


 ……コイツ、本当に何もする気がないらしい。

 敵が自分の傍まで迫っているというのに、防御だとか、回避と言った動作の欠片も見受けられない。


 みるみる距離を詰めていく内に、俺はコイツの体を観察した。

 装備は無し、武器も無し。

 着ているドレスも、特に変わった物ではない。

 肉体も、見た限りでは人間と変わらない。

 ならば、通る。俺の魔力を纏わせた体術でも、少しのダメージは与えられる筈だ。


 ……その油断、取った!


 充分に間合いに入り込んだ所で、俺は足に力を込めて飛び上がる。

 体を捻る力もいつも以上に発揮させる。

 何度にも及び体を回転させ、遠心力を充分に上乗せした回し蹴りを、俺は叩き込むべく繰り出した。


 狙うのは首。


 あわよくば、一撃で首を跳ねる。


 コイツには身動き一つ無し。


 ……入る。


「うっらぁあぁあああ!」


 正に全力の回し蹴りだ。

 思わずも、気合のこもった声が溢れてしまう。


 回し蹴りを放った右足に伝わる激しい衝撃。

 纏わせた俺の魔力が、爆発的な振動と轟音を辺りに響かせる。


 が、


 俺の右足は、望んでいた所にたどり着いてはいなかった。

 樹竜姫の首の手前、そこに突如出現した小さな魔法陣によって、俺の回し蹴りは阻まれていた。


 ……なんだ、コレは。

 こんな魔法、俺は知らない。


 様々な疑問が頭をかけ巡るが、今は考えている時間はない。


「くそっ!」


 ならばと、俺は右足を引き、逆側から踵落としの要領で、再び回し蹴りを放つ。

 その蹴りも、またもや突如出現した小さな魔法陣によって阻まれた。


 ……どうなってる!?


 どの場所を狙っても、この樹竜姫を一切の攻撃から護るように小さな魔法陣が出現しては消え失せ、また出現しては攻撃を阻まれる。


「ロワ君どいて!」


 ――!?


 背中に浴びせられる声に反応して、俺は咄嗟にその場所から飛び退いた。


 それを確認したユティが、"剣技"を繰り出す。


「"神閃"! やああああ!」


 ユティも全力だった。


 両手で"女神の長剣"を強く握り、左上段から右下段へ全力で長剣を振り抜いた。

 縦方向の剣閃が、大広間に走り、抉る。

 その剣閃は確かに樹竜姫を捉え、一刀両断する。


 そう……思っていた。


 しかし、ユティのその絶対的な威力を誇る剣閃すらも、樹竜姫を護る魔法陣が幾つも出現し、完全に主人を護って見せた。


 樹竜姫には傷一つなく、座る椅子にも汚れ一つ付いていない。


「そ……そんな」


 見れば、樹竜姫は今も変わらず、そこの椅子に優雅に腰を落ち着けている。

 何一つ変わってなどいない。


 俺の全力の体術。

 ユティの全力の剣技。

 その全てを、この"異階層主"は身動き一つ取らずに、凌いで見せた。


 ユティが、唖然とした声を上げていた。


 そんな所に、語りかけてくる声。

 美しく、優雅に、透き通るような声が、その場に響く。

 その声質はどこか冷たい。


「……愚かな。ただ力に頼るばかりの"弱者"よ」


 そう言いながら樹竜姫は、ユラリと、優雅な所作で椅子から立ち上がった。


「どうやら、お主らには"挑戦者"としての資格は無いようじゃ」


 樹竜姫は、妖艶な笑みを浮かべながら、冷たくそう言い放つ。


 その瞬間、背筋が凍るような感覚に襲われた。



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