圧倒的白(真っ白)
巨塔の攻略を進める冒険者なら、誰でも一度は目にした事がある"赤"魔法陣。
その魔法陣に足を踏み入れた者は、"異階層"という場所に強制転移させられる。
そこで待ち受ける"異階層主"という存在を倒さなければ、異階層から脱出することは出来ない。
厄介なのが、この"異階層主"が強いということだ。
"赤"魔法陣によって転移させられた先にいる異階層主は、転移前の階層からは考えられない程に、強い。
そのため、冒険者が命を落とす一番の理由がこの"赤"魔法陣だ。
その俺達冒険者がよく知る"赤"魔法陣が、なんとこの20階層の巨塔の外とも言える場所に存在していた。
しかも、辺り一面が花畑の中に、不自然にポツリと存在する台座の上にだ。
まるで、この場所はこの"赤"魔法陣のために存在する場所のように……。
巨塔内で見る"赤"魔法陣は、通路の片隅とか、広間の中といった、特になんて事のない場所にある事が殆どだ。
しかし今俺達の目の前にある"赤"魔法陣は、どこか特別な雰囲気を漂わせているのがこの場所と状況によって分かる。
おそらく、安易に踏み込んでいい物ではない。
「ロワ君……これ、どうするの? 踏まないの?」
隣のユティが訊いてくる。
この魔法陣によって転移した先の異階層。そこで待ち受けるのはどんな存在なのか。正直に言って、気になる。
だが、異階層は一度立ち入ると、異階層主を倒さなければ元の場所に帰ってこられない。
この"赤"魔法陣で転移した先の異階層主が、もし俺達の手に負えない程に強力な存在だったら?
そんな懸念が、頭をよぎる。
しかし、迷い込んだ街の外れで、突如として出現したこの場所。いったい何がきっかけとなって出現したのかは分からない。
もし、今、この瞬間を逃したら……二度とこの"赤"魔法陣を見つけることが出来ないのでは?
そんなことも考えてしまい、中々に答が出せない。
「……………」
様々な可能性を考える。好奇心と恐怖心がせめぎ合う。
"冒険"と"命"を天秤にかける。
俺の知る限りでは最強の冒険者であるユティ。
適性武具を失くした俺。
現在の俺達の"戦力"を考える。
……駄目だ。やはり危険過ぎる。
これが巨塔内で出現した物であれば、何の躊躇いもなく踏み込むことは出来るが、今回のこれは異常だ。
今までの経験からは考えられない場所と状況によって出現した"赤"魔法陣。
様々な事を天秤にかけた結果。
俺が出した答は、"戦力不足"だった。
「ユティ……残念だが、今回は」
『今回はやめておこう』
そう言おうとした所に、ユティが俺の手を強く握りその言葉を止めさせた。
そして、口を開く。
「ロワ君、行こう! この魔法陣が普通じゃないのは私にも分かるよ。でも、今これを踏まなかったら……きっと後悔する。そんな気がするの」
チラリと、ユティの顔を窺ってみた。
この間まで、俺の背中で小さくなって巨塔を進んでいたユティだが、今のユティの表情は、まさに冒険者の顔だった。
『後悔する』か。
確かにそうかも知れない。
今まで、俺は負けたことがない。もしここで逃げれば、それは敗北と同義だ。
敵に挑まずしての敗北なんて、許せる筈もない。
それに俺の予想では、この魔法陣……今を逃せば二度と見つけることは出来ない。
ならば、これは幸運だ。寧ろ好機。
この魔法陣を踏めば、また新たな発見があるかも知れないのだ。
……行くか!
「……はは! 確かにユティの言う通りだな! 俺達は"冒険者"なんだから、新たな発見なら例えどんな危険があろうとも、飛び込むべきだよな!」
「うん! 大丈夫だよ! ロワ君は、私が絶対に護るから!」
ユティの手を、強く握り返す。
それに応じるように、ユティの力が強くなったのを感じてから、俺達は大きく足を踏み出した。
少ない数の階段を上がった先にある、赤く輝く魔法陣に足を踏み入れる。
魔法陣がその輝きを強くすると、俺達の周囲の景色が目まぐるしく変わり始める。
物凄い速さで景色が回転し、グニャリと歪む。
そして、眩しい光に包まれたかと思うと……
気付けば、違う場所に立っていた。
視線を周囲に配る。
暗く、冷たく、広い場所だ。
やはり間違いない。ここは、"異階層大広間"だ。
だが、肝心の"異階層主"の気配がない。
大広間の壁に埋め込まれた水晶の光も弱々しく、俺が今まで目にしたどの大広間よりも薄暗い。
どういうことだ?
足下の魔法陣を確認してみた。
だが、やはり輝きは失われている。
となると、異階層主を倒さなければ、この魔法陣が再び俺達を転移させることは無いのだろう。
…………………………。
静かだ。
普段なら、もう既に異階層主は現れている。
「何もいないの……かな?」
ユティが首を傾げていた。
戦うべき相手が見つからず、手に持つ"女神の長剣"を収納に納めようとしている。
だが、
「待てユティ!」
咄嗟にそれを制止する。
この大広間に"変化"があったからだ。
突如、俺達の前方の空間が歪み出し、亀裂が走った。
そして、薄暗かった風景の一部が割れ、まるで異次元の穴のような物が出現していた。
どうやら、"異階層主"がお出ましのようだ。
その奇妙な穴から出てきた物は、足だ。
すらりと伸びるしなやかな足。白く美しい、女性の足だった。
そして、その美しい足が、大広間の床に着くと……
――!
薄暗かった大広間が、突如まぶしい光に包まれた。
壁に埋め込まれた水晶が、激しい輝きを放ち、大広間をこれでもかと照らし始めたのだ。
まるで、この大広間の"主"の降臨を、全力で歓迎し、仰いでいるかのようだ。
やはり、この異階層は普通じゃない。
などと狼狽えていると、
「……この場所に挑戦者が訪れるとはのぅ、いつ以来か。いや済まぬな、あまりに久しかった故に遅れてしもうたわ、許せ」
俺は絶句した。
まさか、"異階層主"が、語りかけてくるなんて思っていなかったからだ。
その声は美しく、透き通るようだった。
ゴクリと、生唾を飲みながら声のした方に意識を集中する。
奇妙な穴から出てきたのは、やはり女性だった。
一言で表すなら、まさに美女。
薄緑の髪を背中まで伸ばし、豪華なドレスで着飾る女性だ。
一見すると、ただの人間だが、間違いない。"異階層主"だ。
ならば、この女性の体のどこかに、異階層主の強さを表す数字が刻まれている筈だ。
俺はそれを探した。
すると、そんな俺の視線を感じた女性が微笑みながら口を開く。
「ふふ。お主の探している物はこれかの?」
そう言いながら、女性が胸元を僅かにはだけさせる。
魅力溢れる深い谷間が露になるが、そんな物よりも俺の視線を釘付けにする物がソコには刻まれていた。
……あり得ない。
俺は、『頭が真っ白になる』とは、こういう時のことを言うのだと、初めて分かった。
"333"
見たこともない、想像すらしたこともない程の数字が、女性の胸元に刻まれていた。
この"異階層主"の強さは、
333階層級だ。
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