自然的階層(ユグドアベル)02
多くの巨木に囲まれた大通り。
まさに大自然の中に発展を遂げた、冒険者の街だ。
巨木が空に広げている緑葉の隙間から、まるでシャワーの様に太陽の陽射しが大地を照らしている。
左右には巨木が立ち並び、空には天井の如く緑葉が広がっている、多くの冒険者が行き交う大通りを俺とユティは並んで歩いている。
巨木に寄り添うように、多くの露店や武具屋、そして酒屋が存在している。
それらを経営しているのも冒険者や(元)冒険者であり、客も冒険者だ。
巨塔第20階層という場所に位置するこの街は、まさに冒険者によって、冒険者のために発展した街なのだ。
そんな大通りの中、ユティが忙しく顔をあちこちに向けて、迫力満点の街並みを楽しそうに眺めていた。
……俺も初めてこの街に訪れた時は、今のユティのように街の景色に圧倒されていた。
街の景色を楽しむのは良いが、もう少し真っ直ぐ歩いて欲しいものだ。さっきから前から歩いてくる冒険者に何度もぶつかりそうになっている。その度に、半ば無理矢理にユティの腕を引っ張って避けさせているのだが、少し疲れてきた。
だが、ユティの顔を見ていれば「まぁいいか」と思えてしまう。
それくらい、陽射しのシャワーに照らされた今のユティは美しい。
などとユティに見惚れていると、俺まで誰かとぶつかりそうになってしまうので、しっかり前を向いて歩くとしよう。
~
「いらっしゃいませー。利用期間はどの程度の御予定ですか?」
暫く歩き、これから巨塔攻略を進めていくための拠点にするために、宿へやって来た。
一つの巨木の根の脇に建てられた"旅館"と呼ばれる宿だ。表の看板には"陽射し亭"と記されていた。
石造りの建物が多い中、この宿は木造でつくられており、内装も自然の良さを堪能できるように落ち着いた雰囲気となっている。
ちなみに、それなりの値段設定の、"高級旅館"と呼ばれる物に分類されている。
さらに、
「ただ今、大広間に"紫"魔法陣が出現しているため、通常価格よりも2割増の料金となりますが……」
少し遠慮がちに、受付の向こうに立つお姉さんが言っていた。
そう、"紫"魔法陣が出現している時期は、街の宿全ての値段が高くなる。
宿を利用する冒険者が、一気に多くなるからだ。つまりは、経営する側としては"稼ぎ時"なのだ。
勿論、俺は承知の上だ。
「構わないよ。長期利用予定だ。とりあえず20日の利用を予定している。これで頼む」
そう言いながら、俺は横に立て掛けられた料金表(『"紫"魔法陣出現につき価格変更中』と書かれている)を見てから、20日分の利用料金分の入った金袋を受付テーブルの上に置いた。
100万ベルだ。
20階層では、これは大金だ。
本来、このような旅館を長期利用する冒険者などいない。ほとんど客が2、3日利用する程度だろう。
なのに何故、俺はこの旅館を選んだのか。それは、ただ単にこの旅館の雰囲気が好きだからだ。更にこれが一番の理由になるのだが、他の利用客の数が、他に比べると少ないからだ。
値段が高いのだから、利用客もあまり多くない。
20日。その言葉と、ドサリと置かれた金袋に若干の戸惑いを見せつつも、受付担当者はしっかりと自分の仕事をこなしてくれた。
通された部屋は、心地の良い木の香りに包まれた、非常に満足のいく部屋だった。風通しも良いようだ。
……やっぱり、この旅館を選んだのは正解だった。
と、この部屋に通されて改めて思った。
しかし、
「あ、あの……ロワ君。同じ部屋……なんだね。布団も一つだね」
…………………………。
言われて初めて気が付いた。
確かに少し視線を横にずらすと、ソコには布団が既に敷かれている。
少し大きめの布団だ。その理由は、二つ寄り添うように置かれた枕が雄弁に語ってくれている。
……失敗した失敗した失敗した。
「わ、悪い! 布団をもう一つ用意してもらおう! いや! 部屋だよな!? 別々の部屋にしてもらうべきだったよな!? すぐに言ってくるよ!」
あたふたと、情けなくも取り乱してしまう。
そんな俺に、ユティは照れ臭そうに言ってきた。
「ううん! いいから! 部屋は私の家に泊まった時も一緒だったし! 布団も……私は別に……大丈夫。このままでいいよ?」
頬を赤らめ、金色の瞳を少し泳がせながらそう言うユティが、何故か妙に色っぽく、可愛く見えてしまう。
「お、おう……」
そう言うのが、精一杯だった。
「……………」
「……………」
沈黙。
照れ臭くなり、お互いに口を閉じてしまう。
しかし気まずい雰囲気ではない。寧ろ居心地の良ささえ感じるのは、俺とユティの仲がそれ程までに良くなった証拠なのか、それとも、この部屋に時おり入ってくる心地良い風のせいなのかは……分からない。
「ふふ。じゃ、少し街を見て回ろうよ! ロワ君!」
そう言いながら、俺の手を握るユティ。
またしても俺の腕を引っ張って行くが、俺はそれを拒まない。
ユティと共に巨塔を上がることや、こうして共に行動するのが楽しいと思えるからだ。
~
「ここ、どこだろう」
なんて思っていたのが災いした。
ユティに連れられるがままに街を歩いていたのが駄目だった。
確かにユティと共に過ごす日々は楽しい。
だが、少なくとも俺がユティを導く立場でなくては駄目だったのだ。
初めは、街並みを見て回り、たまに露店で買い食いをしつつ、迫力ある自然を堪能し、驚き、様々な表情を見せるユティを見ている俺も楽しかった。
そうして、ユティの行きたい方へと歩みを進めている内に、街からは大きく外れ、大自然に囲まれた街から、まさに大自然のど真ん中にまでやって来てしまったのだ。単純に言えば、迷子だ。
右も左も、前も後ろにも巨木。そして美しい川。
俺達以外に、人の姿は見当たらない。
既に日は傾きつつあり、そろそろ宿に引き返した方が良い時間だが、巨木立ち並ぶ森の中だ。方向感覚は狂ってしまっている。ただ分かることは、街からはかなり歩いてきたことは確かだということ。
「……どうしようロワ君。私達迷子だよ?」
そう言っているユティの表情は、かなり楽しそうだ。
まぁ、巨塔を上がっている時とは違う楽しさがあるのは認める。違う意味で"冒険"している気分だ。
だが、街には戻ろう。
せっかく宿を確保したのに、いきなり野宿なんてあり得ないだろ。
「とにかく、歩いてみるしかないな。日が暮れる前に、街に戻ろう――!?」
そう言ってユティの手を取り、再び歩き出そうとした時。
……目の前の景色が、急変した。
「え? 嘘……なにこれ」
ユティが声を漏らす。
俺も同じ気分だ。
確かに俺達は、緑溢れる大自然の中。森の中をさ迷っていた。
しかし、いったい何が起こったのか。
今、目の前に広がる光景は、花畑だ。
まるで蜃気楼のように、さっきまでの森が消え失せ、花畑が現れていた。
色とりどりの綺麗な花畑。
そんな花畑の中に、場違いとも思える物がある。
綺麗な花畑の色にそぐわない、古ぼけた石造りの、何人かは立つ事ができそうな台座だ。数段の階段があり、平面のスペースが確保されている。
俺とユティは顔を見合わせて頷き合うと、その台座に近付いてみた。
「「なっ!」」
それを見て、俺達は揃って変な声を出してしまう。
あり得ない。
コレは、こんな所にあるべき物ではない。
いや、あってはならない。
少し階段の上がった所の台座にあったのは……俺がこれまでに何度も目にした物だが、決してここには無い筈の物。
"赤い"輝きを放つ、冒険者ならば殆どの者が知っている物。
第20階層、魔物や魔獣の存在しない"自然街"の外れの、迷い込んだ先で突如現れた花畑に不自然に鎮座する台座には
――"赤"魔法陣が、ソコに足を踏み入れる者を待つべく、輝きを放っていた。




