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単独的冒険者(ソロ)

 

 巨塔(アベル)の最上層を目指す数多くの冒険者達。

 彼等の殆どが、数人のパーティーを結成して階層の攻略を進めている。中には数十人規模の冒険者チームだって存在している。

 全冒険者の頂点に位置する勇者パーティーですら、5人(今は4人)で巨塔の攻略を進めている。

 これの意味する所は、巨塔攻略は危険であり、常に死と隣り合わせだという事に他ならない。


『巨塔攻略は命がけ』


 それは冒険者の間では常識だ。

 時には仲間と助け合い、協力し、時に励まし合い、そして互いに高め合う。

 巨塔の攻略とは、そうやって行う物だ。


 適性武具を持たずに巨塔を攻略するなど自殺行為。

 それも冒険者の間では常識だが、それと同じくらいに冒険者の間で自殺行為と言われている事が存在する。


 それが、巨塔の"単独(ソロ)攻略"であった。


 巨塔とは、階層を進めるにつれて徘徊する魔物や魔獣は強力になり、出現頻度も高くなる。

 不意に敵に襲われたり、窮地に陥った時などに助けてくれる仲間の存在しない単独攻略など、誰もしようなどとは思わない。


 中でも一番の理由が、"異階層(ワンダリング)大広間(スクウェア)"の存在だ。

 上層では、異階層への直通転移魔法陣である"赤"魔法陣が突如足下に出現することがある。もし、単独攻略中に突如そんな物が足下に出現したなら、それはもう"死刑宣告"と同義である。


 そんな様々な理由から、単独で巨塔を攻略しようなどと思う冒険者などいない。

 普通の冒険者は、そんな事考えない。


 だが……この巨塔を『自分のペースで、自分だけで楽しみたい』そんな理由から、単独で攻略を進める冒険者が存在した。


 ~


 巨塔第70階層最奥の広間に、一人の冒険者が佇んでいる。


 背丈は少し低いが、その顔立ちはどこか大人びた美しい女性。

 男性が彼女を見掛ければ、思わず見惚れてしまう程の美貌と、男の欲望をかき集めそうな魅力的な体つきをしている。他の男性冒険者が放っておく筈が無い女性だ。

 ……にも関わらず、その広間には他の冒険者の姿は無い。


 "単独(ソロ)冒険者"と呼ばれる数少ない存在の1人である。


 彼女のその涼しげな黒い瞳が見下ろしているのは、この階層の主である"階層主(フロアエネミー)"の"鳥獣・グリフォン"だ。

 激しく切り刻まれたかのような傷が全身に走り、ボロキレのように床に倒れ伏している。既に討伐された後だ。

 そしてこの広間も、激しい戦闘があった事を物語るように凄惨な有り様となっていた。

 しかし、この広間に唯一立っている彼女には傷ひとつ無く、身に纏う着物も、着崩れすら起こしていない。


(この階層も全然大したこと無かったですね。やっぱり、100階層くらいまでは上がらないと、歯ごたえのある相手はいないんでしょうか……)


 内心ため息を吐きながらその女性は、塵となって消え失せるグリフォンの姿を、冷たく見守っていた。

 彼女の左手の甲には、白く耀く"70"という数字が刻まれている。


「おや?」


 ふと、彼女の視界にさっきまで無かった"光"が差し込んだ。


 突如、その広間に出現した"赤い"光の正体は、"赤"魔法陣だった。

 広間の片隅に、何の前触れもなく魔法陣が出現していた。


(あはっ。運が良いです! 丁度退屈していたんですよね)


 階層主を討伐した直後の赤魔法陣。普通なら、そんな物に足を踏み入れる者など存在しない。

 足下に出現したのなら、間違いなく"不運"のソレに、この女性は嬉々として足を踏み入れた。


 広間を包み込むその赤い光は、間違いなく対象を認識した証拠だった。


 ~


 次に女性が立っていた場所は、先程までの広間よりも格段に広い、まさに大広間。

 "異階層大広間"だった。


(うーん。これはどうなんでしょうか。ただデカいだけのような……)


 期待していた物とは少し違い、若干首を傾げつつ女性が見上げる"怪物"。


 人間の何倍もあるかと思われるその巨体は逞しく、深紅の瞳は"人"など虫同然にしか考えていない程に、冷たい。

 その冷たい瞳とは裏腹に、怪物の全身は激しい炎に包まれ、頭や、肩といった、体の所々には凶悪な角が生えている。


 異階層主(ワンダリングエネミー)、"獄炎魔人・イフリート"だった。


 挑戦者が現れたならば、殺すまで。

 そう考えたイフリートが、自身が纏う炎を、さらに大きく激しくさせた。

 その炎は、イフリートの膨大な魔力の表れであり、また攻撃手段でもあり防御でもある。

 イフリートの炎に触れた者は、跡形も無く燃やし尽くされ骨も残らない。


 そんなことなど何も知らず、興味もない女性は、


 とりあえず攻撃してみる事にした。


 彼女は、収納から自身の適性武具である"大鎌"を取り出した。特に構えることなどせず、ただ、取り出した。


(さっきの階層主よりかは強そうですし、ちょっと強く仕掛けてみましょうかね)


 ユラリと、大鎌を横に構え、ただ、振り払う。そんな何気ない動作。

 イフリートと女性の距離は離れているため、当然その大鎌は空気を撫でただけだった。


 しかし、


 イフリートの首が……跳んでいた。


 体と首が分かたれたことにより、イフリートは絶命した。

 イフリートの全身が炎に呑まれ、燃え尽きていく。


 程なくして、女性の足下の魔法陣が輝きを取り戻し、赤い光を再び放っていた。

 紛れもなく、"異階層主"の討伐が完了した証拠だ。


(……やっぱり。大したこと無かったです)


 あまりにも呆気ない。

 てんで大したことない。

 弱すぎる。

 期待した自分が馬鹿だった。


 そんな事を考え、深いため息を吐く女性を、赤い光が包み込む。


 この異階層大広間へやって来て、一歩も足を動かしていないために、赤魔法陣は輝きを取り戻すと同時に、彼女を即座に転移させた。


 女性が姿を消した異階層大広間に残された、イフリートの頭。

 その額には赤い輝きを放つ数字、"150"が刻まれていたが、女性は遂にそれに気付くことは無かった……。



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