最奥的魔物(階層主)
大きな門は、何の抵抗もなく開け放たれた。
門を潜った先は、俺がこれまで何度も目にしてきた広間だ。
1階層や異階層大広間ほど広くはないが、充分に広いと言える。
円形に広がる部屋の壁に埋め込まれた水晶が僅かに光を放ち、この広間の雰囲気を薄気味悪い物へと変えてしまっている。
空気は冷たく、重い。
この階層を越えるには、この広間を通った先の、硬く閉ざされた門の向こうにある筈の階段を使う必要がある。
まず俺が広間へと足を踏み入れ、少し歩いた所で足を止めた。
その後ろにユティ。そして今しがた出会ったばかりの冒険者達が続き、全員が広間へと立ち入った所で、背後にある入ってきたばかりの門が、
――大きな音を立てて閉ざされた。
「――!!」
その音に驚いたユティが、一瞬肩を震わせて俺の背中に引っ付いてきた。
そして程なくして、壁に埋め込まれている水晶が光を強く放ち、広間の全貌が明らかになる。
俺を含める皆の視線が一ヶ所に集まる。
広間の中心より少し奥、そこに佇んでいるこの階層の主。
"階層主"だ。
……えっと。なんだったっけ? あの魔物。駄目だ忘れた。
などと遠い記憶を探っていると、後ろの冒険者が声を上げた。
「"悪鬼将軍"だっ。駄目だ、数が多いぞ。全員でやった方がいい!」
そう! それ。
悪鬼将軍だ。
そしてその階層主の子分なのか、多数の悪鬼達が周りを取り巻いている。
「まぁ、アイツが言い出したことだ。俺達はとりあえず黙って見ていようや」
俺達のことを心配してくれている冒険者と、少し小馬鹿にしていた冒険者の会話が耳に入るが、気にせず俺達は前に進む。
「さっ、ユティ。"異階層主"を倒したんだから、コイツらだってきっと倒せるって」
「う、うん」
やっぱり。ユティはまだ自信が無い様子だ。
相手の数が多いから、少し気後れしているのだろうか?
異階層主は一体だけだったが、今回は階層主に加えて、取り巻きの魔物がいるからな。少しおっかなく見えてしまっているのかも知れない。
悪鬼将軍も、見た目だけは醜悪で、体も俺より一回りも二回りも大きい。
仕方がない。ユティが闘えるように、先に取り巻きの悪鬼達を始末しよう。
ゆっくりと歩を進める俺の少し後ろをユティがついてくる。
さっきの冒険者達は、広間の入り口である門のすぐ近くで俺達を見守っている。戦闘には参加しないだろう。
ま、問題ない。
俺はしっかりと前を見据えて歩き続ける。
さて。
――戦闘開始だ。
俺達が充分に近付いたことで、まず悪鬼将軍が動いた。
と言っても、その手に持つ大きくて立派な槍を高らか掲げて、何やら意味不明な言葉を叫んだだけだが。
「⊇∽⊂∨≡!」
その意味不明な言葉を聞いた取り巻きの悪鬼達が、一斉に俺達目掛けて押し寄せてくる。
なるほど、今のは号令かなんかだったらしい。
流石は将軍なだけはあるな。まずは兵をけしかけて様子を見るつもりのようだ。
数は15だ。どれも悪鬼だ。
問題ない。素手で倒せるだろう。
まず押し寄せてきた悪鬼の数体が、両手で持ったボロボロの槍を上段に振り上げて斬りかかってくるが、俺は半歩後ろに下がり、それをやり過ごす。
その槍が、むなしくも硬い床に叩きつけられる様を俺は冷たく見守ってから、体を捻らせながら飛び上がり、回し蹴りを喰らわせる。
魔力を纏わせたその体術により、槍を振り下ろしていた悪鬼3体の首が宙を舞い、絶命した。
さらに、着地するついでに近くの悪鬼の首を鷲掴みにして、握り潰す。
これでまず4体の悪鬼が絶命し、塵となって消えていく。
俺とユティを取り囲む悪鬼達が、今の光景を見て狼狽えているのが分かる。
向こうにいる悪鬼将軍も、かなり焦っている様子だ。
悪鬼達を始末したら、あの悪鬼将軍はユティに任せよう。
ユティには早く、最強の冒険者になったという自覚を持ってもらいたい。それに経験も積んでもらいたいからな。
そう思いながら、俺は狙いを定めた悪鬼の懐に飛び込んだ。
~~~
「な……ななな、なんだよアレは!? どうして冒険者でもない"無印"が! 魔物をあんな簡単に、しかも素手で! なあ!?」
広間の入場門のすぐ近くで、ロワと悪鬼の攻防……と言っても、"ロワが一方的に魔物を葬り、蹂躙している光景"を見守っていた冒険者達の一人が、堪らず声を上げていた。
「知るかよ! 俺が訊きたいくらいだ!」
「化け物かよ……」
悪鬼の集団の中を忙しなくロワは動き回る。
ロワが動く度に、悪鬼達は次々と、いとも容易く葬られていく。首を落とされる悪鬼、胸を素手で貫かれる悪鬼、殴り殺される悪鬼と……その方法は様々だった。その光景はまさに、絶対的な力の差。抗えない実力の差を冒険者達に突き付けていた。
「確かアイツの名前……ロワ、とか言ってた? まさか……ね」
一人、うわ言のように呟く女冒険者のその言葉は、誰の耳にも届かない。
そんな些細な言葉よりも、冒険者達は、目の前で繰り広げられているあり得ない光景に夢中になっていた。
「嘘……だろ。本当に、一人で15体の悪鬼を……素手で」
「……………」
最早、発する言葉を見つけられない冒険者達。
そんな冒険者達の気持ちなど露知らず、最後の1体の首を鷲掴みにしていたロワは、その手に力を込め、悪鬼の首を
握り潰した。
ドサリと、最後の1体の悪鬼が崩れ落ち、塵となって消える。
「「「……………」」」
その様子をただ呆然と見守るしか出来ないでいた彼等は、あまりにもな実力の違いを見せ付けられ、言葉を失っていた。
ロワの戦闘も一段落し、広間に訪れる一瞬の沈黙。
しかし、そんな沈黙を破る存在がいる。
「¶▲▲◎●♭♭√≡!!」
「――!? 動き出したぞ! 悪鬼将軍が!」
耳を不快にさせる雄叫びが、広間に響き渡る。
部下である悪鬼を皆殺しにされ、激怒した階層主が、動き出していた。
~~~
「さっ、ユティ。出番だぞ?」
悪鬼共の血で汚れてしまった手を、収納から取り出したハンカチで拭いつつ、ユティに声を掛けた。
「うん! やるよ! 任せて!」
階層主が、俺達を睨み付け……ているのだろうなアレは。
相変わらず黒く塗りつぶれた様な目をしていて、よくわからないな。
まぁ、とにかくなんか怒っているようだ。
その手に持つ巨大な槍を巧みに振り回しながら、俺達へ近付いてくる。
流石に階層主というだけあって、それなりの"圧"は感じるな。
たが、ユティなら問題ないだろう。
と、俺を護るようにして、階層主と俺の間に立つユティの背中を見て思った。
階層主も、ユティを敵と認めたらしく、狙いを俺からユティに移した様子。
ユティは、"女神の長剣"を静かに構えている。
一応……万が一の時に備えて、俺も動けるように集中しておこう。無いとはおもうが、ユティが危なくなったら助けに入る。
と、考えていた矢先、
階層主が槍を横凪ぎに振り抜いた。
その速さは、さっきの悪鬼などとは比べ物にはならない程に……速い。
空気を巻き込み、轟音を連れながら、槍が走る。
しかし、ユティは滑らかな動きで腰を曲げ、その槍を掻い潜る。
そして、その滑らかな動きのまま、階層主の懐に入り込んだユティは"女神の長剣"を階層主の足下から頭上に向けて、振り上げた。
まるで、演舞を舞っているかの様なその動きはとても美しく、見惚れてしまう程だ。
"女神の長剣"を振り上げる音も、まるで聴こえなかったが、そのユティの剣閃は確実に階層主を捉えていたようだ。
一筋の光が、階層主の体に走ったかと思うと、階層主の体が縦に……割れた。
右半身と左半身が、大きな音を立てて地面に倒れ伏す。
まさに、一刀両断だ。
「ふぅー。どうだった!? ロワ君!」
「あぁ! バッチリだ!」
笑顔満点のユティに、俺も思わず笑顔になってしまう。
これにて、討伐完了だな!
と、後ろを振り返るが、
「な、ななな……なんなんだよ、アンタ達」
「……………」
「何者なんだ!? アンタ達はぁ!」
「階層主を一撃って……」
「素手で魔物を千切っては殺すは、階層主は一撃で倒すは……意味わかんねぇよ……」
少し驚かせてしまったらしい。
冒険者達が、口をパクパクさせている。まるで、階層主よりも恐ろしい物でも見てしまったような顔だな。
「………さ、さぁユティ。さっさと11階層へ向かおうか」
「そ、そだね」
と、知らん顔して先に進むことにした。
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