表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/74

最強的乙女(ユティア・スターレ)

 

「ろ、ロワ君? すすす……少し、近い気がするんだけど」


「集中しろ。いくら"適性武具"を手にしたとは言え、ユティはまだ戦闘経験が皆無なんだから、油断したら痛い目に遭うぞ」


「え? う、うん……」


 ユティの背中にピタリと引っ付き、肩に手を添えながら俺は話している。

 勿論、俺達の視線は少し離れた所で見えない壁に苛立っている異階層主へ向けられている。


 こうしてユティの後ろに立つと、ユティって……凄い良い匂いがするんだなと思ったが、今は黙っておこう。


「で、この"神域"という魔法を使っている間は、ユティ自身は攻撃することが出来ないんだな?」


「うん。そうみたい。でも凄いよね、"適性武具"を手にした瞬間に魔法や剣技とかが使えるようになるんなんてさ! しかもずっと前から知っていたみたいな感覚だもん」


 そうだろうな。

 俺も初めて適性武具を手にした時は、今のユティみたいな反応をしていたもんだ。


「あと、私の"適能"もあるんだけど……それはロワ君に対してしか効果がないみたい。……でもその効果も、今は発揮されてないや」


 やはりあったか。"適能"。

 俺も"王者"としての"適能"を持っていたし、ユティも持っていておかしくはない。

 この"適能"は冒険者なら誰でも持っている物ではなく、一部の"適性武具"を持つ冒険者のみが獲得する、いわば"適性武具"に付随する"適性能力"だ。


 勿論、今の俺は適性武具を持っていないのでその"適能"も失っている。


 ユティの持つ、またしても対象が俺にのみに固定された"適能"も気にはなるが、その効果も今は発揮されていないらしい。

 恐らくその理由も、俺が適性武具を所持していないからだ。


 無い物の話をしていても仕方がない。

 その話は後ほどゆっくりとすることにしよう。


「よし。じゃぁユティ、好きなタイミングで良いから、"神域"を解除するんだ」


「わ、わかった」


 ゴクリと、ユティの喉が鳴る。


 緊張しているらしい。

 無理もない、この"神域"を解除すれば、奴は真っ直ぐこちらに突進してくるだろう。


 "異階層主(ワンダリングエネミー)"の、75層級の魔物。初めて闘う相手にしては少し……難易度が高過ぎるな。


 俺は内心で笑ってしまった。


「ろ、ロワ君、解除するね」


 なんて一人で考えている間に、どうやらユティの覚悟は決まったらしい。


 ユティを中心に円を描くように出現していた、光の波紋が少しずつ勢いを弱くしていく。

 そして、遂には、その波紋が完全に消え失せた。


 結界魔法"神域"が解除された。


 それに気が付いた異階層主が口角を吊り上げ、不気味な笑みを浮かべていた。


「奴から目を離すなよ」


 ユティからの返事はない。

 しかしそれこそが、しっかりと俺の言葉を聴いている証拠だ。


 勿論俺も、奴の動きをしっかり観察するべく固定されている。


 そんな時、異階層主が腰を低くする。


「来るぞ」


 俺がそう言ったすぐ後に、異階層主が大きく一歩を踏み出すと、奴の軸足の勢いで床が抉られ、土煙が上がった。


 俺達と奴の距離は充分にあった筈だが、瞬く間に俺達の目の前にまで迫る異階層主。

 どうやら一撃で俺達の息の根を止める算段らしく、体を半回転させて尻尾を叩き付けようとしている。


「ユティ。見えてるんだろ?」


 俺には奴の動きは見えていた。


 俺に見えているんだ、今のユティに見えていない……訳がない。


 キラリと、一瞬光を放つ異階層主の尻尾。

 少し遅れて耳に届く空気を斬る音。

 更に遅れて――ゴロリと、何かが地に落ち、転がる音。

 飛び散る血。

 響き渡る絶叫。


 なるほど、一切の躊躇いなく、刃を振るえる程の精神も、ユティは持っているらしい。


「その尻尾はロワ君を傷付けた。許さない」


 ユティは、異階層主の尻尾を切り落とした。


 苦痛に顔を歪めながら血の流れる尻尾を庇い、異階層主が後ずさる。


 憎しみに溢れた視線を俺達へ向けて、身に纏う魔力を増大させていく。


 どうやら、さっきのユティの一撃を浴びて、ユティへ近付くのは危険だと判断したらしい。

 となると、次の攻撃手段は遠距離からの魔法という訳だな。


「ユティ。奴の体に纏わり付いている魔力が大きくなっていくのが分かるだろ?」


 ユティは無言で頷いていた。


「魔法を行使しようとしている証拠だ。様子を見るという選択肢もあるが、わざわざ魔法を待ってやる必要もない。こういう時はさっさと殺してしまうに限る」


 追い詰められた異階層主が行使する魔法。

 万が一ということもある。わざわざ確認する必要もない。

 魔法を使われる前に殺すか、それが無理なら邪魔をする。これは常識だ。


「わかった。やってみるね」


 ……やってみる?


 少し意味深なユティの言葉に俺は首を捻る。


 すると、ユティはその手に持つ長剣を腰に構え、何やら集中しだしていた。


 なるほど、"剣技"だ。

 ついでに"剣技"も使ってみよう。ということらしい。


 ならばと、俺は一歩離れた所でその様子を見守ることにした。

 巻き添えを喰らわないようにだ。


 なんてしている内に、どうやら異階層主の魔法の準備も整ったらしかった。

 不気味な笑いを顔に戻し、両手をこちらに向けている。


 奴の両手に魔力が集中し、禍々しく蠢いいているのが分かる。


 それを放てば、俺達を殺すことが出来ると思っているようだ。


 しかし、


「"剣技・神閃"!」


 異階層主が魔法を放つよりも早く、ユティが剣技を繰り出した。


 腰に構えた"女神の長剣"を横凪ぎに振り抜くユティ。


 すると、その太刀筋の進行方向の全てが、文字通り一閃されていた。

 近くも遠くも関係ない。距離や間合いなど一切関係なく、全てを断ち斬った、ユティの剣閃。


 ユティの正面に立っていた異階層主は


 上半身と下半身が、分かたれていた。


 ドサリと、上半身がズレ落ち、下半身が崩れ落ちる光景を、俺はただただ見守っていた。


 正に圧倒的だった。


 今まで見てきたどの冒険者よりも、ユティは強い。

 間違いなく、巨塔(アベル)最強の冒険者だ。


 ……勇者パーティーなど、最早赤子にさえ思えた。



 そして、視界の端で、俺達をここに連れてきた魔法陣が赤い輝きを取り戻している。


 ――"異階層主(ワンダリングエネミー)"討伐完了だ。



評価、感想、ブックマーク、是非お願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ