強制的再挑戦(コンティニュー)
……くそ! くそ! くそ!
僅かに覗く光源に手を伸ばしながら、俺は心の中で悪態をつく。
背中から叩き付けられる様に感じる風が、俺は未だに落下し続けているのだと語っている。
どこまで落ちるのだろうか。
いや、そんなこと分かり切っている。この大穴は"第1階層"まで続く大穴だ…………。
長すぎる落下時間は、今しがた俺の身に起こった耐え難い仕打ちを思い出させるには充分な時間だった……。
~~~
天を衝くほどに伸びる巨大な塔、アベル。
果たしてその塔は、何階層まで続いているのか、誰も知らない。
巨大な塔、アベル。
その塔を中心に、この世界は創られている。
この世界に生きる者の目的は、その塔の最上層まで到達することだ。
凶暴な魔物や魔獣の徘徊するその塔の最上層を目指す者を、冒険者と呼ぶ。
冒険者ではない者は、少しでも早く冒険者が塔の最上層まで到達する事を祈り、様々な手助けを行っている。
そうして、この世界は成り立っている。
そして俺も、果たしてどこまで続いているのか分からないこの塔の最上層を目指す冒険者の一人だった……。
「ロワ! 頼む!」
俺の仲間に追い立てられた魔物が、俺の所に逃げ込んでくる。
仲間の言葉通り、俺は手に持つ長剣を魔物の胸に突き立てた。
美しい女性の姿をした魔物だったが、俺は何の躊躇いもなく命を奪う。
コイツは、この階層の主だ。コイツを殺さないと次の階層には進めない。躊躇う理由なんて、ありはしない。
やがて、心臓を貫かれ、苦しんでいた魔物は動かなくなり、絶命した。
「ありがとうロワ。これでこの階層も制覇だな」
そう言いながら駆け寄ってきた金髪の青年は、リウス・エタニア。
右手に持つ金色の大剣の名は、"勇者の大剣"だ。
そう、リウスは勇者だ。
この世界には、"適性武具"と呼ばれる物が存在する。
自分の適性武具を手にして初めて、その者は冒険者になることを許される。
しかし、自分の適性武具が何なのかは、その武具を実際に手にするまで分からない。
「流石ロワ君だよ! 今の魔物を一撃で仕止めるなんて凄いよ!」
と、瞳をキラキラさせながら尊敬の眼差しを俺に向けている女性は、フィリア・レステル。
茶色い髪を肩まで伸ばす、可愛らしい女性だ。
彼女の適性武具は"賢者の錫杖"。
魔法に秀でた賢者だ。
「やっぱりロワがいると怖いもの無しだね。頼りにしてるよ?」
いたずらな笑みを浮かべて、俺に肘をぶつけてくる女性。
美しい黒い髪を背中まで伸ばす美女、ミルシェ・スカーニアだ。
"魔女の杖"を媒介に放たれる魔法は、まさに超火力。
「もう良いから、さっさと次に行くぞ。今日は次の階層で一休みだぞ」
と、冷たくいい放つ男。ケイル・アザール。
"一騎当千の槍"を背中に担ぎ、先々に歩いて行く。
殆どの冒険者が、"鉄の剣"や"鋼の剣"、"魔法使いの杖"などと言った物を適性武具とする中で、彼等は皆、唯一無二の特別な適性武具を獲得した者達だ。
仮に"達人の剣"などという剣が、適性武具となっただけでも、その者は冒険者として超一流になることは間違いない。
だが、彼等はそんな物が霞む程の超越した適性武具を獲得した。
これが、俺の所属する勇者パーティーの仲間達だ。
彼等と共に、俺はこの塔の最上層を目指している。
「さっ、俺も気合いを入れ直して行くか」
と呟き、階層主の間を出ていこうとする皆に続くべく、足を動かす。
俺は、魔物の命を奪った俺の"適性武具"である、真っ黒に染められた長剣
"王者の長剣"を腰に戻した。
そう。俺も、彼等に負けず劣らずに他者を超越した適性武具に恵まれていた。
俺の実力は、勇者であるリウスよりも上だった。
それはパーティーの皆が知る事実だ。
だが、リウスもケイルもそんなことは何も気にしていない。本当に、このパーティーは最高のパーティーだ。
当然、このパーティーのリーダーは勇者であるリウスだ。
俺は、彼が活躍出来るように、これからもサポートしていくつもりだ。
最高の仲間達を思うと、俺の足取りは軽くなる。
次の階層へと続く階段へ向けて、俺も歩き出す。
「――?」
ふと、視界の隅にキラリと光る物を見つけた。
なんだろうか。
さっきの魔物が落とした物みたいだが……。
そこに近付き、見てみると。
そこにあったのは剣だった。
透き通る様な白銀色の長剣だ。
俺は、堪らず目を見開き、息を呑んだ。
この剣の名は、
"女神の長剣"だった。
こんな武器が存在していたなんて……。
これを適性武具とする者は、いったいどこにいるのだろうか?
この剣を適性武具とする者は、間違いなく俺達に匹敵……もしくはそれ以上の冒険者になるに違いない。
大変な代物だ……。
安易に人前に出すことは出来ない。
俺は静かに、その剣を収納魔法に納めておいた。
そして、気を取り直して階段を上っていった。
~
階段を上がり、左手の甲を確認する。
白く輝く文字で、"107"と記されている。
第107階層。
今、俺達がいる階層を表している。
この世界の者は、適性武具を手にして冒険者となった瞬間、全ての者は例外無く、左手の甲に自身が到達した塔の最高階層が記される。
俺達は、未だ誰も到達したことの無い階層を攻略している真っ最中だ。
この世界の全ての者達が、俺達が最上層にまで到達することを期待していた。
当初は、100階層が最上層だと思われていたが、その階層を越えても、まだまだこの塔は上に続いていた。
その事実が判明した時、全ての者が落胆したことだろう。しかし、それでも俺達は全冒険者達のトップであることに違いは無く、変わらぬ期待が寄せられている。
「今日はここで休むとしよう」
と、リウスが提案する。
反対する者など誰もいなかった。
見たところ、魔物や魔獣の気配は一切感じられない場所だ。ここなら安全だろう。
果たして、今が昼なのか夜なのかは分からない。
アベルの攻略を進めている内に、体感時間は曖昧になってしまう。
ここまでの戦闘で疲労が溜まっていた俺達は、各々勝手に休み出す。
寝袋を持参している者や、そのまま寝転がる者など、いつものように。
俺も、いつも通りその場でドカッと腰を下ろし、目を閉じた。
思っていたより疲れてたのか、すぐに意識は遠退いていった……。
「―――――」
「―――ワ」
「おいロワ!」
と、急に眠りから呼び覚まされた。
「ん? なんだよ、もう出発か?」
おぼろ気に目を開けると、俺を起こしたのはリウスとケイルだった。
……あまり寝た気はしないが。
「ちょっとコッチ来てみろよ」
と、リウスが俺の手を引っ張る。
半ば無理矢理に立たされた俺は仕方なく、リウスに付いていくことにした。
俺の後ろにケイルが続く。
「こ、これは」
思わず声が詰まる。
少し歩いた所で、俺が目にした光景は、どこまでも下に続き、終わりの見えない大穴だった。
「あぁ。大穴だ。つまりここは塔の中心なんだよ」
大穴。
塔の中心にある第1階層まで続いている大穴だ。
ここに落ちれば、第1階層まで真っ逆さまだ。
本来、上層から第1階層に戻るには、不定期に存在する転移魔法陣で戻る必要がある。
階層間の移動は、順番通りに階段を使用するか、その転移魔法陣での移動しか認められていない。
それ以外での階層間移動を行うと、二度と元いた階層に戻ることは出来ず、もう一度第1階層から階段で上っていく必要がある。
つまり、この大穴に落ちたら、また一からこの塔を上っていかなければいけなくなる。
……危険だ。
間違って足を踏み外しでもしたら、大変だ。
「お、おい。こんな危険な場所、さっさと離れよう――!?」
――パリン
俺は、全ての言葉を言い終えることが出来なかった。
俺の体に投げ付けられた何かが砕け、液体が俺の体に飛び散っていた。
体が思うように動かなくなる。
「なん……だ?」
俺の魔力が、物凄い勢いで消えていくのが分かった。
冒険者にとって、魔力はとても重要だ。魔力が少なくなると、体は動かなくなる。
"魔力全損"それは冒険者にとって、死を意味する。
「流石だなロワ。"魔封薬"を浴びてもまだ、魔力を残しているなんてな」
冷たく浴びせられる声に、俺は顔を震わせながら視線を向けた。
そこには、これまでに見たことも無い程に醜悪な笑みを浮かべたリウスとケイルの顔があった。
「勇者より強い冒険者なんてなぁ。存在して良い訳ねえだろ?」
「お前さえいなけりゃ、フィリアとミルシェだって、もっと俺達のことを見てくれる筈だ」
2人の言葉に俺は顔を歪める。
まさか、この2人が俺を嵌めた?
いや、何かの間違いだ。そうに決まってる!
夢だろ!? 夢……だよな?
「流石のロワも魔力が無ければ何も出来ないな」
そう言って笑いながら、リウスは俺の腰に手を伸ばす。
「この"王者の長剣"は、俺達が預かっといてやるよ」
「…………っ!」
俺の腰から、俺の適性武具である"王者の長剣"が奪われた。
適性武具を失くしたことで、俺の左手の甲に記されていた"107"という最高到達階層を表す数字が、静かに消え失せた。
魔力の少なくなってしまった俺は、声にならない声を上げることしか出来ないでいる。
「お前はもう一度、1階層からこの塔の攻略でも進めてくれ。ま、適性武具が無ければ、流石のお前でも難しいだろうがな」
「その間に俺達は、もっと上層にまで上がっておくさ。もう追い付くことは不可能だな。フィリアとミルシェのことも、俺達に任せてくれ」
嘘だろ?
まさかコイツら……俺をこの大穴に突き落とすつもりなのか?
俺の予想は、的中した。
2人が手を伸ばすと、俺の体は浮遊感に晒されていた。
2人の姿がみるみるうちに遠くなり、小さくなっていく。
そして、小さな光源となり、果てしなく遠くなっていた。
俺は巨塔の第107階層に到達した所で、今まで数多の難関を共に乗り越えた仲間……と思っていた奴等に、
裏切られた。
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