愛と勇気と小匙程度の優しさと②
「ユウキくん?」
フードコートで立ちすくむ私に声をかけてきたのは
言わずとも分かる
吉崎翠だった。
「うん」
取り繕う理性が飛んでいたのだろうか
いよいよ私は彼女の方を向きもせずに返事をした。
「大丈夫?」
彼女は腫れ物に触るような様子で見てくる
「うん。」
少しだけ元気に返事をしてみた
「そっか。」
「うん」
「ねぇ?」
「うん」
「困ってる?」
「…」
素直に返事ができなかった。
4人で過ごす時は、張り付いた笑顔とマニュアル化した行動が自然と出てくるが
唯一心を剥き出しにできるこのフードコートの時間は、1人に帰れる時間であった。
現実に打ちのめされる時間でもあった。
まさか彼女からこんな質問が来るとは思わなかった。
「もしかして」
「…」
「今日は初めてじゃないの?」
「…」
黙って頷いた。
「そっか…」
「うん」
私達の間に居心地の悪い沈黙が付き纏った
「あのさ」
「うん」
「一回くらい好きなようにしていいよ?」
「…」
「多分君のことだから、私との約束を律儀に守ってくれてたんだよね?」
「…」
「どうせその感じだとうまく行ってないんでしょ?」
「いいよ。今日?は無茶苦茶にして。」
五里霧中に見えた世界が少し晴れたように感じた。
そうか
「…うん。」
私は今までの中で一番力強く返事をした。
パン!
思わずフードコート内の人が振り返るような衝突音が鳴る
私の頬が熱を帯び、痛みが走る。
目を丸くする私の前には微笑みながら平手打ちを喰らわせてきた緑が立っていた。
「強がるなって。」
彼女はそういうともう一撃おみまいしてきた
「ど、どどどうしたんだよ2人とも!!」
大慌てでハルキストが飛んできた
当然彼らの席にも平手打ちの音は響いていた
「よ、吉崎さん?」
一切ハルキストに応えずこちらを見ている
「なんでもないよ?」
目線を一切変えずに返事をする。
目の前の少女に恐怖の念以外の何も感じなかった。
「さ、戻ろ!ユウキくんも」
…無茶苦茶な人だ
このくらいやったら少しはスッキリするのかな。
ちょっと突飛すぎるけど
「あのさ!」
またもフードコート内の人が思わず目を向けるほどの大きな声で私は呼びかけた。
「ぼ、ボウリング行かない?」
正直飽きていた。
この日々の微調整で得うる成果は一頻り試していたし、テコ入れをするにしても
気分転換をしておきたかった。
「私はいいと思うよ。楽しそうだし」
追随したのは翠ではなく葵だった。
「2人が言うなら…俺らもそうしよっか?」
翠を窺いながら恐る恐る話すハルキスト
「言っとくけど私、敵にならないかもよ?」
先程平手打ちをくらわせた時以上の笑顔で彼女は返した。
ここからの時間に台本はない。
元々人生に台本など存在しないのだ
目の前に起きることを全力で楽しめばいい
ただそれだけのことだ。
ボウリング場で上がる歓声
ハイタッチをする男女
ボールがピンに当たる打撃音と
散らばる時のあの独特な音
ただの青春の一ページだ。
今日くらいは
今日くらいはこれでいいと思った。
「いやーーー楽しかったね。ユウキ」
帰り道、高揚感から投球フォームを繰り返しながら葵は踊っている
「ほっんとにね。」
少し溜めた言葉に本音が見え隠れした
ふとした静寂が二人を包んだ。
濡れた路面を踏みしめる音
傘が足にまとわりつく感触とこの音だけがこの場を支配しているようだった。
「聞いてもいいかな?」
静寂を壊したのは葵だった。




