向日葵の咲き乱れる夏に③
私の体は彼女の存在に未だ抵抗を忘れてはいなかった。
彼女は怖い。
そう 人間は未知のものに対して一定の恐怖心を拭えないものだ。
「へぇ・・・見てたんだ。」
私の目の前にいる彼女は、これまで生きてきた人生で初めて見る表情を見せた。
まるで、そう・・・
私は思わずたじろいでしまった。
「趣味悪いなぁ。全くぅ」
そう言う彼女は、いつもの屈託のない笑顔に戻っていた。
一息つくかのように私も冷静になる。
郡山 葵は自他共に認めるクラスのマドンナである。
ここで言う自他共に認めると言うのは、勿論私の主観から出てくる皮肉なのだが。
控えめに言って彼女は「完璧」であった。
いや、「完璧」を演出していた。
8周も人生を送っている私なら、それなりに人に嫌われない生き方を取ることも可能であろう。
(いや、まぁできてないんだけど・・・)
ただ彼女は、1周目。すなわち生身の17歳で「完璧」を体現していた。
男子に対しては清く優しく。女子に対しては程よく毒を吐く関係性を気づく。
彼女はあくまでもリアルな高校生の女の子としての「完璧」を把握していた。
いわゆる創作物的なマドンナは、現実的には女子の反感を買うような存在である(言わんとして主観である)
ただ郡山 葵は、そこまでも計算に入れ周りの女子たちの信頼を得ている。
最も、このように告白を受けていると一部の女子からの嫉妬は避けられない。
ただそれを表に出させる環境にはしない。 それだけに彼女の存在感は大きかった。
彼女目当ての男子が集まり、その男子目当てに女子も集まる。
こうして自然と「葵」を頂点に据えたピラミッドが完成する。
そこにスパイスとして下々の者たちに手を差し伸べる慈悲深さが加わることで
羨望の眼差しを集めつつ、取り巻きたちに「いじられる」ポイントを提供する。
そう、だから郡山 葵は「完璧」なのである。
・・・と、ここまで分析出来ているからこそ
今の「完璧」の仮面を被っている彼女に対しての恐怖心はほとんどない。
予習ができているからこそアドリブに対応できない マニュアル人間に成り下がったのかもしれない。
だからこそ、
私は
その仮面を剥がしたくて仕方がない。
人間の汚い部分をさらけ出したい欲求はこの状況にそぐわない心情だと分かっていた。
頭では分かっているのだが、口は己の理性を無視して動き出すのだった。
「あいつ・・・名前わかんないけど、かっこいいやつじゃん。
あれでもダメなんだ。郡山さんは。」
理性が笑顔を保たせつつ、口元は不敵な笑みを浮かべていた。
「あれ・・・って」
少し戸惑う様相を見せる葵。
「失礼だなぁ。いい人だと思うよ!
思うけどね・・・好きじゃないからなぁ。」
そっぽ向きながら流し目でこちらを見てくる。
可愛いからその素振りやめて本当に。マジでスクショしたいから。
そのマドンナの顔にはやはり心動かされる自分がいた。
それがまたたまらなく嫌になった。
「じゃあ、どんな男が好きなんだ?」
「えー? 優しい人かなぁ」
私の頭の中で必死に防波堤がわりしていた理性が飛ぶ音が聞こえた。
「はっはっは」
悪代官のようにわかりやすく嘘笑いが出てくる。
「優しい人ねぇ。そうかいそうかい。」
珍しく葵は私の様相に、笑顔が曇った。
「優しい人ってのはなんなんだろうね。」
私は100年近くの人生で当てるところの無かった鬱憤が
日の目を浴びる喜びから勢いばかりに飛び出すことを止めることはしなかった。
「あくまで、優しさ。なんだよな
例えば、相手を思って厳しく当たる上司や先輩。 あれも優しさだよな?
俺たちみたいなイケテナイ男子がクラスの迷惑にならないように静かにしてるのも優しさだよなぁ 郡山さん。」
「え・・・そ、そうともいうかもねぇ」
「だったら!」
「だったら俺たちみたいな人種が女の子にモテないのはなんでなんだろうな?
みんなの思う優しさと純潔を守り抜いている俺たちには好かれる理由はあれど
気味悪るがられる理由はないよな。そうだよな?」
「・・・」
「ところが世の中はそうじゃない。 女遊びに興じているような輩がモテる世の中だ。」
「結局のところさ
自分を甘やかしてくれる 甘い言葉を囁いてくれる
そんなご都合主義の「優しさ」がいいんだろ?
だったら最初から万人受けを狙った表現じゃなくて
私くらい私を好きになってくれる男の子って言えばいいじゃねぇか。」
「そうやって他人に調子に乗っているって思われないための回答は
蚊帳の外の人間からすると、虫唾が走るレベルなんだよ。 気持ち悪い。」
少しばかりの静寂が場を支配した。
と、同時に私は自分の言動を悔やんだ。
言う必要のない言葉であった。
彼女たちの言葉で言うのであれば「調子に乗ってしまった」
あまりに綺麗な仮面を被っているから
あまりに綺麗な言葉を並べてくるから
言い訳は頭をよぎるが、口から出てしまった言葉を訂正することはできない。
今残っているのは、吐き出した満足感と
後に控える人生への罪悪感である。
最も後者を気にするにはあまりに人生を重ねすぎた。
「これからもその綺麗な郡山さんを、俺ら愚鈍な者共に提供してよ。 よろしく。」
捨て台詞のようにその場に言葉を置いて立ち去ろうとした。
大きな笑い声が聞こえた。
それは仮面をつけた郡山 葵の姿ではなく
なんなら地味だった郡山さんのそれでもない
まるで人生の興を見出した若者のような
そんな笑いを。
目の前の彼女は頬が引きつるまで止めることはなかった。
なんだかバツの悪い顔を背け、足早に立ち去ろうとした。
「あぁー。 相トくんって面白いんだね。」
落ち着いた彼女は、まるで生まれて初めてお笑いを見たかのような表情を私に向けた。
その言葉には狂気すら感じた。
控えめに言って、最低なことを言ったと言うのにこの子は。
「ねぇ。」
やはり私は
「友達になろっか。」
この女が怖い。
今までに見たことのない笑顔を見せる彼女の目は
遊び甲斐のある玩具を前にした子供のように
キラキラと夏の空を映していた。