鈍色の思い出②
その日の朝、私が父の存在がないことに気づくのには幾許かの時間を要した。
ハッといつもの位置で騒がしい父の姿を目にしなかった時、ひと時の静寂に安堵を示したからなのだろうか。
事の異変に気がつくと同時に、昨晩の出来事を思い出していた。
母親に真剣な表情で何かを話している父の姿がそこにはあった。
如何せん父親を敬遠していた私にとっては小さな父の変化を受け入れられずにおり、その話に聞く耳を立てることは出来なかった。
母親に問いただしても、
「どっかに行ったんでしょう?」
の一言で片付けられた。
今考えてもこの状況は異常であると分かるし当時の私も同じだった。
それからしばらくして中学に入る頃に手紙が届いた。
父親の両親からで、父親の訃報だった。
もう何年も経った後で父親のことが頭から抜けていた頃だった。
ただ母はそうではなかった。
きっと、あれからずっと父のことを思っていたのだろう
手紙を開けた日から三日三晩泣き続けていた
4日目には、泣きながら喜んでいた。
15の私にはこの異様な光景に恐怖を隠しきれなかった。
ちょうどその頃に、例の学校での事件もあったことで私は家にも外にも居場所を失った。
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私は茜の口から放たれる話を窓の外を見ながら聞いていた。
私の目から溢れる涙を悟られない為でもあり向くことができないというのが正しいだろう。
「父には色々な感情が湧くけどね
最後に父と交わした言葉だけは覚えているんだ。」
過去に思いふけってからか
茜の口調は柔らかくなっていた。
「『今のお前は180年に一度の奇跡で生まれてくれた子だ。それがたまらなく嬉しいんだ』
って。変でしょ?180年ってなんだよって思っててさ。
そしたらあんたが現れてさ
色々私の日時を掻き乱して、かと思ったら急に寂しそうな顔を…あの日の父親と同じ顔するもんだからさ
どうも他人事に思えなくてさ
そしたら…
こうなっちゃってさ…
私が180年に一度の奇跡で生まれたことであんたや父親を失うかと思うとたまらなく怖くて…」
後半の彼女の声は涙と嗚咽に邪魔されてあまり聞こえなかった。
ただ彼女の泣いている顔を想うと顔を背けている自分が恥ずかしくなった。
「…じょうぶ」
彼女は驚いた表情をこちらに向けた。
「大丈夫。僕は大丈夫だから。」
茜は声を上げて泣いた。
僕にしがみついて顔を埋めた。
僕は辛うじて動かせる声帯と四肢を惜しげもなく彼女に捧げた。
この日、僕は悲しい嘘を彼女についた。
皆さんも誰かの急な変化には目を離さないであげてくださいね。
それはその人の声にならないSOSかもしれません。
取り越し苦労を恥ずかしがるより、小さな不安の芽を摘んであげれるようになってください。
真面目か!笑




