茜空に何を思う①
けたたましい蝉の鳴き声に目を覚ます。
起動中のテレビゲームの音に負けじと網戸に止まった蝉が、己の最大限を誇示するように鳴いていた。
あぁ…もう朝か。
寝不足な身体を引きづるように洗面所に向かった。
「あんた!夏休みだからって毎晩毎晩ゲームしてんじゃないわよだらしない!」
ここの所母親の小言がテンプレート化してきている。それに負けじとワンパターンな日々を送っているのも事実だ。
「行ってきます。」
何日かぶりに制服に身を纏い家を出た。
補習という文化は、教育における成長を阻害する産物である。
出来る生徒は放っておいて出来ない生徒を囲んでは、平均に向けて学力の底上げを図る。
出来る生徒は夏休みを最大限に謳歌し
出来ない生徒は夏休みを食い潰す。
補習に呼び出される人間が、真面目に講義を受ける訳もなく無為な時間が流れる。
呼ばれる生徒と、呼ぶ教師にとって
無為とも言えるこの時間が私は嫌いだ。
私が補習に呼ばれているから僻んでいるわけではない。客観的に見た日本の教育の弱点を突きつけているに他ならない。
「いい歳こいて補修だなんて…」
私は勉強が出来なかったわけではない。
むしろ人より何度も学生を過ごしているわけなのだから、問題を暗記しているさえある。
「相ト!よく頑張ったな。」
テスト返却時には目立ち過ぎず、
かつ努力を認められる絶妙な点数を取った。
85点。…ベストポジションである。
「…ただな。」
ん?よく見ると答案用紙に補習の2文字が
「名前を忘れるのは関心せんな。」
テスト日の私を殴ってやりたい。
余裕が故のミスとでも言おうか。
弘法も筆の誤りとでも言うべきか。
夏休みの炎天下に制服を着ることは、これまでの人生で一度も無かった。
変な所で過去にない事象が起きていた。
クラスの笑い者になったのは言うまでもない。
通い慣れた道も、今日だけは遠く感じてしまうのは暑さのせいだろうか。
唯一のオアシスは通学途中の電車に間違いない。
学校に着くと部活動の生徒の姿もあり、賑わいを見せていた。
教室に着き窓から映る澄み渡る空と野球部の練習をぼんやりと眺めていた。
この景色を見てると、人生を無駄に過ごしてる気がして何故か心地が良い。
私のクラスから補習者は5人。
少人数授業は苦手だ。
教員が今までより活き活きとして来て、やたらと指名をしてくる。
何より狭いコミュニティで知り合いがいないと息苦しくて潰れてしまう。
教室に着くと既に3人が着席していた
…よし。話せる人間はいないな…
補習に呼ばれるのはテストの点数が悪いものだけでなく、遅刻多数なもの、欠席が多いものが含まれる。
内心を底上げしてくれるこのシステムには大変感謝しているが、どうせ大学進学の未来が待っている私からすれば
ただの茶番である。帰りたい。
「よし。それじゃあ始めるぞー。全員揃って……有馬はどうした!」
意気揚々と教室に入ってくる教員は早くも彼女の遅刻にメスを入れた。
有馬 茜は遅刻の常習犯であった。
あまりの遅刻の多さに、一周回って我々が早すぎるのではないかと疑うほどに彼女は遅れてくる。
他の奴らでさえ補習は時間通り来てるというのに…
教員の心配を尻目に後ろのドアが開き入ってくる音が聞こえた。
「有馬ー!お前10分遅刻だぞ!単位出さんぞ!」
一番効果的な脅しをかけるも、全くの無表情で彼女は席に着く。
…ていうか先生も時間通りに教室に来いよ。注意する面子が立たないだろ
彼女は遅刻するが、とても真面目な生徒であった。最も矛盾した説明なのは自覚しているが、試験の成績は平均以上で運動神経も悪くない。
ただ時間を守らないだけである。
いつだったかクラスメイトが質問していたことがあった。
「ねぇー茜ってなんでいつも遅刻してんの?ウケるんだけど!」
訂正しよう…からかわれていたの間違いだ。
「どうせ最初に話すことなんて聞かなくてもなんとかなることでしょ? 無駄な事はしたくないの」
究極に合理性を追求する姿に感心したこともあった。
ただ、補習に呼ばれていることで彼女の論理は破綻していた。
私と彼女は出席番号は連番であったが会話を交わした事は一度としてなかった。
今日この日までは。




