プロローグ①
「ハァハァ……っ…くっそ!」
私は来た道を全速力で駆け戻った。
そんなはずない。
あり得ない。確かに彼女は存在してる。
私がその存在を認知しているのだから間違いはない。
昇降口で靴を投げ捨て、階段を駆け上がる。
「…ハァハァ…」
そんなことがあり得るのだろうか?
人1人の存在を世界から消すなんてこと
とても人の業とは思えない。
そんなのはまるで…
「神……の御技…か」
そう考えると、合点が行ってしまった。
無論、論理的思考では納得はいかない。
ただ、神としか言えない事象を私は身を持って体験している。
そう考えると、否定材料は乏しい。
運動不足の脚が悲鳴をあげる頃に教室に着いた。今朝は意識していなかったものの、こんな事があった後に見るとこの教室にさえ違和感を覚えてくる。
「確か……廊下側一番後ろの…」
ヘロヘロの身体を引きづるように葵の席へ向かう。
机の中には教科書が入っていた。
本の背中に書いてある名前は
『郡山 葵』では無かった…
「いやいや…席を間違えて覚えてたんだ。そうに違いない。でなきゃ…」
彷徨うように周辺の机をひっくり返し出した
無い。無い。
どの机からも『郡山 葵』の文字は出てこなかった。
「こんなのあるかよ…何だってこんな…」
神がこの現象の黒幕なのだとしたら
何故こんな結末を用意したのだろうか。
これではあまりに残酷であろう…
私の過去は追体験の域を超えられない。
とでも言うかのようなこの現実。
どれだけ努力をしても、
後一歩の所まで手が届いても尚
神の采配一つで、元の私のステータスに
引き戻されるのだろうか…
私は暴れた。
おもちゃを買ってもらえない子供のようにジタバタした。
机や椅子を蹴散らして散々な状況にするほどに暴れた。
一頻り暴れた後に考えた…
この人生の終着点について考えた。
この人生…最も余生に意味はあるのか
どうせ変革を与えたとして、待つのは存在の消滅だ。
もう…疲れた…
起きている机を合わせて台にして
そっと横たわる。
天井の黒い穴を無意識に数えながら時間の経過を感じた。
あぁ…ハルキストを置いてきたけどちゃんと帰ったかな。
そういえば、葵とのあれは付き合ったって言っていいのかな。
母さん…今日まで色々迷惑かけました。
重くなる瞼に身を任せ、そっと身体の力を抜いた。
「何これ…てか何してんのあんた。」
突然のことに私は思わず飛び起き、そのまま机から落ちた。
「ぃ、痛ってぇ…」
「何してんのあんた。」
私の身を案ずる言葉は一切投げかけられることは無かった。
「あ、いや…ははは。」
起き上がりしなに声の彼女に顔を向ける。
だ、誰だろう…
知らない女の子だった。
制服からうちの学校だと言うことは分かるがそれ以外の情報は全くわからない。
「これ、あんたがやったの?」
手厳しい性格だと言うのは分かった。
これ…というのはこの惨状であろうか。
なら答えはYESだが、原因は私ではない。
強いて言えば神のせいとでも言お…
「あんた返事もろくに出来ないの?」
「は、はい…」
ダメだこの子強い子だ。我の強い子だ。
教師に叱られるような面持ちで俯く
「あっそ。」
「あんたが荒らしたせいで私の机どれか分かんないから早く直して。」
……
いや、私も誰がどの席か覚えてないし。
第1あなたのことも分かっていないし。
「返事は?」
「はい!」
彼女の言葉は私のケツに火を着けやすいようだ。
10分後、郡山葵の席以外は粗方適当に直し終えた。
「遅い。どんだけ待たすわけ?」
自分が悪いから何も言い返せない自分が不甲斐ない。
「ちゃんと覚えてんじゃん。偉い偉い。」
歩み寄りながら彼女は労いの言葉をかけてきた。
「ど、どうも…」
こういうのがアメとムチなのかもしれない。
「課題持って帰るの忘れてたのよね。
あ、あったあった。」
彼女は自分の席を漁り始めた。
そこは、
郡山葵の席だった。




