夏だけは変わらずここにあった(エピローグ)
終業式
恙無く進行する通過儀礼
夏が開けるのではと思わせるほどの校長の挨拶
全てを終えた後に待つ開放感
教室では休みの予定を模索する声がする
「何ぼけっとしてんだよ。」
今日に限っては珍しく優しく肩を叩いてくる
「あ、ああ…なんでもない。」
「そっか。」
「ああ。」
ハルキストはそれ以上何も聞いてはこなかった。
「なぁ!」
「帰りに久し振りにマック寄ってかね?」
私は思わず笑ってしまった。
「なんだそれ。いいよ。行こうか。」
ホームルームが終わり、1学期の行程が終了した。この行程も数を重ねすぎると細かいところに目が行き出す。
終業式の式典としての意義とは何か。
校歌を斉唱する意味とは何か。
必ず出てくる体調不良の生徒は何をしているのか。
「今年の夏は、人生に一度しかありません。有意義に過ごす事を心がけましょう。」
なんて、当たり前な事を壇上で話す職員に、
奇しくも同じ夏を数多過ごしている人間がいる事を話してやりたいところだ。
この見慣れた風景をただ無心で過ごすにはあまりに退屈過ぎた。
このホームルームの情景も。
この夏を待つ者共の喧騒も。
一夏のアバンチュールを意識する熱量も…
そういえば…
「なぁハルキスト。」
「お?」
「今日は翠さんは休みなのか?」
……
ハルキストは「お?」の時と同じ素っ頓狂な顔でこっちを見たまま止まっていた。
これは聞いたらまずい話だったのかな?
もしかして喧嘩中なのか?
「あ、いや何でもない。」
彼は私の身を案じて遠回しに外に連れ出してくれているというのに、
つくづく私は空気の読めない男である。
「なんだなんだ!今、女の話かー??」
茶化すようにハルキストが肩を組んできた。
相変わらずこの底抜けの明るさが羨ましい
世の中の人々がみんなこの位馬鹿だったら、
きっと遥かに平和な世界になっているだろう
ホームルーム
ホームルームなどと銘打ってはいるが、
要するに事務報告会議だ。
ホーム(家)ルーム(部屋)などと
変な名前をつけた者がいるもんだ…
夏休みの課題について
夏休みの補修について
新学期の登校日について
etc…
大概のものはろくに話も聞かず友人とじゃれ合ったり携帯を弄ったり…
こういう者達も社会に出ると真面目になるんだから世の中は不思議なものだ。
この日は午前で学校が終わった。
約束通り、ハルキストと駅前のマックにいた
「なぁユウキ。夏休みどーするよー。」
毎年決まって終業式の日には夏の予定について、話し合う言わば『定例会議』がある。
夏の予定の少なさに絶望し
女の子からのお誘いという奇跡にすがり
結局男2人で街をぶらつく為の会議だ。
「んーー…予定かぁ…無いこともない…かな?」
自分で言ってて気持ち悪いほどに煮え切らない反応だった。無論これを見逃す彼ではない。
「え!?あんのかよ!先に言えよー!」
大袈裟なリアクションで場を笑いに変える。
本当に私は彼に救われているのだな…
私は自分の飲み物に手を掛けた。
「んで!誰と誰と??」
私は手を止めた。
『誰』と?
聞き間違えでない事を自問自答した。
「さーては、さっきの『翠さん』かー?」
ニヤニヤした口調で話す彼の顔を見た。
今の私はどんな顔をしているだろう…
私の顔を見て彼は怪訝そうな顔をした。
「ど、どうした?鳩が豆鉄砲を食ったような顔してるぞ。」
「ど、どうしたも何も翠さんは…」
「さては!その翠さんを俺に隠してたのか??冷たい奴だなぁ全くー。」
何かがおかしい。
ハルキストは冗談を言う奴だが、こんな長尺でボケる人間でもない。
それに翠さんの事をそんな風にイジるタイプでもないはずだ…
「お前の彼女の『吉崎 翠』さんのことだぞ?」
恐る恐る究極の質問をぶつけてみた。
今思うと今日の朝から彼女の顔を見ていない
ホームルーム前のハルキストの表情
そしてこのふざけ様
もしかして…
「俺の彼女? いないだろ。」
ハルキストの何気ない一言がどれだけの衝撃を私に与えたか、彼には見当もつかないだろう。
そうするとハルキストの健忘症なのか…
だとすると今日姿が見えない翠さんは、偶々休んでいただけなのか?だとしたら連絡が…
連絡が……
『んで!誰と誰と??』
先程のハルキストの言葉が頭の中で反芻された。
「な、なぁ春樹!」
私は彼の肩に掴みかかった。
流石の彼もこの状況に畏怖の念を抱いているようだった。
「ど、どうしたんだよ悟…」
私が思わず下の名前で呼んだこともあり
かしこまって彼も合わせてきた。
「葵……郡山葵はどうした!?」
支離滅裂な質問をぶつけている自覚はあった
今日にあたって、一度も彼女の姿を見ていない。どころか、少し記憶から遠のいていたくらいだ。
「郡山さんって…」
彼の口元をゆっくりと目で追っていた。
店内ではポテトが揚がる音
レジスターのなる音
店員の元気な声が鳴り響いているはずだったが、
私の意識はただ彼の口元に注がれていた。
「誰?」
第1章
これにて完結です。
いやぁ長いこと書いてた気がする。
正直、『あぁ無情』の時点では、こういう方向に物語が向かうとは考えてもいなかったなぁ
というか、今回この部分を作るまではこっち系にシフトすることは考えてもいませんでした。
改めて、ここまでご覧いただきありがとうございます。
途中文章評価やら、ブックマークやらを押して頂けて今まで以上に励みになってきました。
よくアーティストのライブとかで
「お客さんのおかげで頑張ってこれた」みたいな発言があったときに
自分のおかげだろ!って捻くれてましたけど
別に好きでもそうでなくても、『見てくれている』というだけでここまで心の励みになるとは思いませんでした。
改めて感謝申し上げます。
明日からは、1日1話上げるのは、一旦お休みさせて頂いて構想を練ろうかと思います。
もし、宜しければ2章も応援して頂けると幸いです。
これまで本当にありがとうございました!
ユピ




