向日葵の咲き乱れる夏に⑦
その日の朝の彼女は、僕らに目を向ける事もなく自分の席についた
クラスの男子達は彼女の登場に気づき、一旦目を向けるも何かに怯えるように目を背けた
「お、おはよー…」
ハルキストが郡山葵に挨拶をした。
反射的に彼女は顔を上げた
その顔にはいつもの潤いはなくメイクも乗っていない様子だった。
別人とまでは行かないが、普段の彼女と同一人物とは言い難い様である。
「小島くん…おはよ。」
振り絞ったような笑顔で挨拶をする彼女は
マドンナの異名を取り除かれた『郡山葵』という1人の女の子に他ならなかった。
彼女が繊細な生き物だという事を私は気づいていた。
1周目の彼女から、今回の彼女まで
共通して言えることは『心の優しい女の子』ということだ。
皮肉だが、巷の女の子達の言う『優しさ』と言う形ではなくもっと広義な
それでいて賛否両論な『優しさ』を持っている女の子であった。
今思えば、最初の告白のシーンもそうだ
ごめんなさい。で終わることもできただろう
むしろ、他の女子はそうするだろう。
ただ彼女は、後に含みを持たせる形であの場を乗り切った。
これは当初、男に無駄な期待を持たせるという事で私は酷く忌み嫌っていたが
彼女と関わるうちに印象が変わった。
彼女は
今後も彼のような男に好意を向け続けられるというリスクを、あの華奢な身1つで請け負う覚悟を決めたのだ。
人からは「媚を売っている」「調子に乗っている」と思われることだろう。この選択を取ることを批判しない人は少ないだろう。
ただ、それでも彼女は選択した。
決して優柔不断なわけではないことは
あの完璧な対応力からも伺える
彼女の優しさには
何かしらの覚悟すら感じる程であった。
そしてそれで人生を謳歌していたのだろう
その彼女の完成した人生が揺らいでいる
それは彼女にとってどのようなプレッシャーになっているのか
私のような立場には計り知れないものであろう。
私は気づいていたのだが、目を逸らしていた。
彼女の頑張りに横槍を入れない『優しさ』と言ってしまえば綺麗事だ。
だが、今の私にはバツの悪さと申し訳なさが勝ってしまった。
「郡山さん…お、おはよ。」
私は初めて自分から挨拶をした。
彼女は少し驚いた表情を私に向けた。
彼女はバツの悪さを残しつつ、やや照れたような顔を背けながら軽く会釈を返した。
これでいい。
いや、むしろこれが正解だ。
私達の存在が彼女の牙城に傷をつけたのだ。
勿論頼んで一緒に居てもらったわけではないが、こうなると話は別だ。
自業自得と言うのは簡単だが
現実、青春を感じさせてくれる存在を提供してくれた恩は感じている。
そんな私達が出来ることは
私達までもが彼女を見放さないことだろう。
そして、それに対して彼女が過剰に反応する必要はない。
ただ距離を置こうと努力する姿勢が、クラスの主導権を奪取した彼女達に対する『誠意』
が必要な事は私にさえ分かる。
だから、今の彼女の反応は『正解』だ。
私とハルキストは席に戻り、その日は郡山葵に触れる事はなかった。
「ユウキ。おはよう。」
翌朝の彼女は、全盛期の元気は無いものの
作られたような笑顔ではなく、苦々しい照れ顔で笑いかけていた。