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第9話

 俺達は、回転寿司屋で腹一杯食って、たっぷり飲んだ。ビリーはドリンクバーで元を取るとか言って、ソフトドリンクを飲みまくっていた。……元が取れるとは思えないが。


 ジェフ隊長は、機甲歩兵とはかくあるべし。と言わんばかりに食べまくっていた。対照的なのが、エミリーだ。彼女は、体重が気になるらしくヘルシーなものばかり食べていた。


 ロザリアは、寿司屋だというのに肉系統のメニューばかり食べていた。


 俺は、隊長達程ではないが、たっぷり食べて飲んだ。今日は、酒は飲まなかった。前の戦争……ドック艦<ハッティ>撃沈作戦以来、俺は、酒をなるべく飲まない様にしている。


 ……宇宙戦闘機のパイロットを辞めた後も、それは変わらないし、変えないつもりだ。


「ふうっ、食った食った。あの店の飯はいつ食っても美味いな!」


 彼は、可変性生分解性プラスチックの爪楊枝で歯を磨いている。ビリーとはさっき奴の自宅のある区画の出入口で別れた。


 あいつは酒を浴びる程飲んでいたので少し心配だった。解散の直前、エミリーも心配していた。まあ大丈夫だろう。酔っぱらってその場で倒れても巡回の清掃ロボットや警備隊に拾われるだけだろうし。



「ああ、材料がプランクトンの合成品とは思えない程だ。余程腕のいいシェフか、フードボットが働いているんだろうなぁ」


 さっき腹一杯食べた寿司ネタを思い出しつつ、俺は呟く。


 あの寿司屋の寿司のネタは、美味いが本物じゃない。海中から採取されたプランクトンを合成、成形して作られた代物だ。


 本物の魚は、この辺境の星系には中々入ってこない。本物の魚にしても大半は、養殖品。惑星の海洋を泳いでいる魚なんてのは、もっと貴重。


 特に人類発祥の地…………地球の海で採れる魚介類なんて、金持ちの食い物だ。そんなぜいたく品、俺は生まれてこの方、一度も俺は食ったことは無い。噂だとテラフォーミングされた惑星の魚とは全く違う味らしい。


 俺は、地球の魚が美味しいのか不味いのかは分からない。


 味を良くする遺伝子操作もされていないから、あまり期待できなさそうだ。ガキの頃、故郷で食べてたサバもツナも蟹も遺伝子操作された品種だった。


「っ!それを言うなよ。ケン、さっき食った飯が不味く感じる。」


 ウィルソンは、顔を顰める。地元が海洋惑星で、食用魚の養殖場の近くの都市で生まれたこの男は、本物の魚と合成品の違いが分かる。


 今回の様に合成品を素材とする店で食べる時は、その舌が悪い方に作用してしまうというわけだ。


 俺とウィルソンは、隣接する区画に自宅があるので一緒に帰っている。



「すまんすまん。俺は、合成品か本物かは気にしないタイプなんでな。」


 気にしてたら宇宙軍でパイロットなんてできなかった。艦隊で出る飯は大体合成品だ。


 何日かの分は本物を積んでるが、辺境任務や探査任務だとすぐに尽きてしまう。惑星防衛艦隊やコロニー勤務だと天然の飯も食えるけど。


「へっ、さすがは、元パイロットだな。俺は、ジェフ隊長と同じで、前の戦争の時は、機甲歩兵だったからな。終戦まで故郷の惑星ほしの魚や野菜を食べてたよ。」


「そりゃ羨ましいな。俺の方は、色んな惑星で戦う羽目になったよ。」


 俺の故郷は、前の戦争で何度か軌道爆撃を食らっている。10年経過した今も人が居住不可能になってる地域が残っている。もう故郷の空に碧空は戻っただろうか。


「ケンは、そのお陰でVRネットのニュースに出れる程のエースパイロットに成れたんだろ?羨ましいぜ!」


ウィルソンは、笑顔で言ってきた。


「エースパイロットか。俺は、運が良かったから生き延びたんだ……それだけさ」


 前の戦争の事を考えると感傷的な気分になってしまう。

今でも悪い夢を見る時がある。逆にいい思い出の夢の時もあるけど。


「お前らしいな。ケン、少なくとも巨人イカ釣りでは、エースパイロットの経験が大分役立ってるだろう?」


「ああ、それは否定できないな。」


 海底と宇宙では、似ている様で全く違う場所だが。

似ているとしたら、どっちも人間を歓迎していないってこと位か。



 5分後、俺は、ウィルソンの奴とムーンライト公園の近くで別れた。俺の家は、奴の区画よりも海沿いにある。どっちもメガフロートの内部にある事に変わりはないんだが。


 ムーンライト公園を通って、外壁沿い通路を歩けば、俺の家に着く。


 俺の前には、青白く葉を輝かせる木が聳えている。これが、ムーンライトウッド……月光樹だ。


 ムーンライトウッドは、椰子の木に似た植物。自然の産物じゃない。地球にも、どこの惑星の生態系にも存在しない。人間が遺伝子操作技術で生み出した新種の植物だ。


 人類が別の惑星で暮らす様になってから、動植物への遺伝子操作は当たり前の様に行われている。


 ムーンライトウッドも、地球とは異なるテラフォーミングされて間もない惑星の生態系に根付く様に作られた。


 耐塩性植物の遺伝子を組み込んだこの木は、塩害に強く、ニュー・ネレウスの様な海洋惑星の陸地でも生育する。


 木の実は、中は柔らかくて食感も悪くないが、塩辛くてそのままじゃ食べれない。


 それもそのはず、この木は、食用ではなく観賞用として造られたんだから。そして、この植物最大の特徴…………それは、枝や葉が発光するという事。


 今、俺が歩いているこの公園に生えているムーンライトウッドも例外ではない。

人工の月明りと競う様に青白い輝きを放っている。


 ムーンライトウッドという名前の由来がよく分かる。


俺には、薄く青白く輝く枝が不気味に見える。青白く光る木の下には、色鮮やかな花が植えられている。大半が遺伝子操作で人間により作られた品種だ。


「(全く、もうちょっと地球の自然にいそうな草花を植えてくれりゃいいのに)」


 この公園は、居住者が自然に触れ合う事で癒される目的で作られた場所の1つだ。

宇宙移民が開始された初期、地球とは違う環境に置かれ続ける宇宙船やステーションの人間のストレスを軽減する目的で同じ様な施設が設けられたらしい。


 それを考えたら、明らかに自然のものではないと分かる植物で飾り立てられたこの公園は、むしろ逆効果だろう。


 これならまだ軍艦のリフレッシュルームのVRの作る森でピクニックした方が癒される。

あっちは大昔の地球の自然公園まで再現してくれた。


<クストーⅢ>の管理者が、もう少し自然らしい植物を公園に植える事を考えてくれたらいいのに。


 そんなことを思いながら、俺は、遺伝子技術者の生み出した作品群が並べられた公園を歩いていく。


 公園を抜ければ、後は、外壁沿いの通路を歩くだけ。5分もすれば、家に着く。

家に帰ったらリフレッシャーで身体を洗って、風呂で身体を癒してから寝よう。

今日は色々疲れた。収穫隊の皆と久しぶりに楽しんだが、その分疲れも出る。


 外壁沿いの通路に入った。人工の自然があった公園とはまるで違う。床と壁、天井は鉛色の金属一色。建物というよりも宇宙船に近い。


実際、メガフロートは超巨大な船と言えなくもないが。

一応都市なんだからもう少し内装に気を使ってくれてもいい筈だ。


 俺は、殺風景で無機質な通路の内装に心の中で不満を漏らしつつ、歩いていく。

今、この通路には、俺以外の人間はいない。いるのは、清掃用の三脚式のロボット位だ。


 ロボットは、半円形の頭部を旋回させながら清掃に励んでいた。

俺に一番近い所にいる奴は、胴体から展開した6本のアームで〝窓〟を磨いていた。


外壁沿いの通路は、窓越しに外が見える。窓と言ってもサイズ的には、殆ど壁の一部に近いが。


 自己修復機能付きの複合強化ガラスの向こう…………そこには、この<クストーⅢ>の外の光景が広がっている。


 今日は、ニュー・ネレウスの2つの月の月明りも星の光もない。今日は、一日中、鉛色の雲が空を完全制圧中だ。その下では海が荒れ狂っている。海洋惑星であるニュー・ネレウスの海は頻繁に荒れる。


「今日の夜は、一段と荒れてやがるな…………すげえ波だぜ。」


 鉛色の雲の下、凶暴な怪獣の如く暴れ狂っている海の光景は、見るからに恐ろしい。

たとえ自分が安全地帯にいると分かっていても。


 このメガフロート都市 <クストーⅢ>は、並大抵の嵐や津波では、転覆しない様に出来ていると認識していても、恐怖は、完全には拭いきれない。


 その光景は、見る者にこの足元の下が冷たい海だという事を否応なしに教えてくる。

今荒れてる海の底で、俺は、毎日巨大な異星生物を狩っている訳だが。


 それを考えたら、ビビってる俺が自分の事ながら可笑しくなってきた。


目の前で荒れ狂う海は、俺に余計な事を考えさせてくる。

俺の脳内にある考え……というよりも妄想が浮かんだ。


<クストーⅢ>が海底から出現した怪物によって叩き潰されるのではないか


 このメガフロートが崩壊する様な事態なんて、海底火山の噴火や大津波と言った天変地異か、テロリストの軍事攻撃でもないとあり得ない。


 環境過激派が俺らのイカ釣りを良く思ってないのは知ってるが、ニュー・ネレウスまで来てテロをする可能性は低い。


 会社に嫌がらせしたいんなら、こんな地球から6000光年も離れた田舎惑星を攻撃するよりも幾らでも方法がある。本社のメインコンピュータにコンピュータウィルスを流し込むとか。輸送船を乗っ取るとか。



「さっきの得体の知れない怪物が潜んでいるって言う与太話がリアルに思えてくる。……」


 俺の脳裏にさっきのハリドの一言が思い浮かぶ。奴の言っていた都市伝説だと、この惑星には、未だにその得体の知れない怪物が潜んでいて勝手に家を建ててやりたい放題してる俺達人類にまた牙を剥く機会を待っているそうだが……。


「(もしそうなら、この<クストーⅢ>等真っ先に狙われるだろうな。人口も一番多いし、何よりも巨人イカ釣りの拠点だ。同胞を狩られまくった怪物イカが現実にいたら、確実に襲ってきそうだ。)」


 そうなったら、俺達巨人イカ釣りに従事している収獲隊も防衛に駆り出されるだろう。


 深海作業艇のディープランサーでどれだけ戦えるか分からないが。

この海洋惑星の海には、海を行く軍艦は殆どいない。


「ふっ、馬鹿らしい。」


 全く、何アホな事を考えてるんだか……。


 VRゲームのやり過ぎだ。と軽く自分を責める。


それか外の風景と暗闇のせいだ。 


 早く寝なければ、早く自室に帰って眠りたい。


 あの中古の宇宙船のライフポッドみたいに狭い寝室の柔らかいマットの上で。明日も漁がある。


 明日は、生態系保全を重視する会社の都合で昼間からだが、かといって夜更かしする余裕はない。


 科学技術の力を借りても寝不足による脳の働きの低下は、解決されていないんだから………。パイロットだった頃の教官の台詞を不意に思い出す。


 あの頃は、宇宙戦闘機乗りになる事ばかり考えていた。


 とりとめのない事を考えながら俺は、家へと急いだ。


 俺が、通路を出るまでの間、窓の外の海は、激しく荒れ狂い、空を覆う鉛色の雷雲は、激しい雷雨を海に浴びせていた。


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