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第5話

「これで最後か!」


「皆無事だな。イカの触手にやられた奴はいないな?」


30分後、漁は終了した。今日はこの海域で漁を行うことはない。夜は別の海域で巨人イカを狩ることになる。今日はそれもないかもしれないが。


ティタノ・セピアも食事を終えたのか、俺達に恐れをなしたのか、殆どが海溝に逃げ込んだ。海溝は、時折奴らの皮膚に共生する発電細菌の放つ燐光で薄っすら輝いている。


「マックス、機体の損傷は?」漁が終わると同時に俺は、マックスにディープランサーの自己診断をさせる。他の奴らも同じ様に操縦補助AIに自機の自己診断をさせている。



損傷を気にせずにこの深海で泳ぎ回るのは、殆ど無謀だ。


深海の圧力はこの瞬間、一分一秒も逃さずにディープランサーを押し潰そうとしている。耐圧殻に損傷がある状態で動けば即座にゴミ粉砕機に掛けられたみたいに潰されてしまう。


1年前の漁の帰り、耐圧殻に損傷を受けた同僚の艇が流体加速モードに入った途端、ぺしゃんこになったのは、今でもこの目に焼き付いている。


ああいう最期はごめんだ。イカの触手で潰されるのの次ぐらいには。


<第1マニピュレーター(作業モードでは右腕に当たる)に若干の歪みがあります。本体のフレームには問題はありませんが、胴体に傷が4個所あります。耐圧性能に問題はありません。流体加速モードを行っても問題はないかと>



「そうか。思ったよりも軽く済んだな」


今日は最後に少し無茶をしたので、流体加速モード使用不可だという診断が出ると思っていたので意外だった。



「ソニック爆雷を落とせば、後5、6匹は、炙り出せそうですが、どうしますか?」ローウェルが、エミリオに質問するのが、通信機越しに聞こえる。



「いや、やめておく。捕りつくす意味はない。」


「分かりました。」


「………よし、お前らよくやった。お前らだけで45体のティタノ・セピアを仕留めた。後から来た34と32の奴らはいくつ仕留めたか分らんが大した数を仕留めていないのは確かだ。」


ジェフが長距離通信で労いの言葉を述べていた。今回の成績は、悪くない。



「後は、採取船が来るのを待つだけか」「早く来てほしいもんだ。1か月前みたいなのは、御免だ。」そう言ったのは、同僚の1人 ゴードンだった。ゴードンの一言に俺は、反射的に頷く。1か月前の狩りの時、俺達は55体のティタノ・セピアを海底に沈めたが、採取船が来るのが遅かったせいで5時間も深海で待ちぼうけを食わされた。

その間にスロースシャークやらエイリアンクラブやらの腐肉が大好物のこの惑星の捕食者共が俺らの狩りの成果を散々に食い荒らした。

遺骸から流れる血液の匂いを嗅ぎ付けるあいつらは、俺らにとっては、獲物であるティタノ・セピアやコストカットを求めてくる会社の偉いさん連中よりも厄介で腹が立つ存在である。

あの時は、連中を追い払うための薬剤も切れて最後はソニック爆雷とブレードを使う羽目になった。ソニック爆雷で幾ら追い払っても次から次へと現れてくれたせいで約3分の1が商品にならなくなった。

ああいうことは、もう無しにして欲しい。



「あれは、獲物を守り切れなかったお前らにも責任がない訳ではないぞ。略奪者共が商品で昼ご飯を始めない様に準備しておけ。マリンイエローを周辺に散布するのを忘れるな」


「……2番艇から6番、マリンイエローを散布せよ。」


「了解」


「了解」


俺と同僚3人の4機のディープランサーは巡航モードに変形し、マリンイエローを周辺に散布した。ディープランサーの機体後部から黄色い薬剤が水中に散布される。


マリンイエロー……ニュー・ネレウスに生息する魚の一種から抽出した成分を化学合成で高濃度化したこの薬剤は、捕食者から倒した巨人イカの遺骸を守る目的で散布される。


これを撒いた後は、1時間は、大抵の捕食者は、この周辺の海域には近寄らない。


1か月前の時の様に海流がきつい海域だとあまり期待出来ないが。何せ散布した端から拡散していってしまう。


幸いデビルズクレバスは、比較的流れが穏やかな海域だから心配はない。

モニターを見ると第45と第64の一部の艇が、俺らと同じ動きをしていた。

連中も捕食者に横取りされないようにマリンイエローをばら撒いているんだろう。





30分後、200m級の採取船が8隻現れた。


採取船の後ろには、俺達収穫隊を回収する為の作業艇母船がいる。潜水可能な採取船は、ジンベイザメみたいな胴体をしている。作業艇母船は、採取船よりも少し船体が細長い。ハンマーの様な船首は、シュモクザメに似ている。


帰りはあの船に乗って帰ることになる。


一応エネルギーの量的には、<クストーⅢ>に十分帰還できる量だ。


だが、万が一ということもある。それに漁の後は、メンテナンスが欠かせないものだ。前にマニピュレーターを損傷して苦労した俺は、それをよく思い知らされた。漁の帰りに流体加速モードで帰るのは、圧壊や事故のリスクがあった。



「あいつら、今日は早かったな。」


「当り前よゴードン、今回は他の収穫隊の分もあるんだから。」



「早く始めてほしいもんだ。」「夜にも狩りがあるかもしれないからな。メンテナンスと休憩時間は、長い方がいい。」



採取船から次々と発進した作業艇が深海に潜り始める。


「回収班の皆さん、頑張ってくれよ」


同僚の1人 ウォーレンが叫ぶ。


全く同意見。


回収班の奴らが下手くそだと俺達の仕事が無駄になるからだ。更に言えば、連中が回収するのが遅れるとその分この薄気味悪い深海に留まる羽目になる。



コンピューターグラフィックスや各種センサーで明るく補正されていてもこんな不気味な空間には長居したくはない。



マリンイエローを煙のように後部から吐き出しながら、作業艇は、海底に降りていく。

回収班の作業艇が、海底に転がる巨人イカの巨大な胴体を回収し始めた。


回収用の作業艇は、潜水艇に作業用の手が4本生えたという感じで、殆ど潜水服のディープランサーよりも「艇」といった感じだった。作業艇と比較すると奴らの巨大さが分かる。


作業艇は、俺達の見ている前で、俺達が苦労して仕留めた獲物を海面に上げる作業を開始した。連中の艇は、細長いマニピュレーターで杭を触手を切り落とされた胴体に打ち込んでいく。


杭の後端から水素を詰めたバルーンが膨張し、浮力で胴体を浮かび上がらせる。


バルーンの浮力で、巨人イカの遺骸は、深海からゆっくりと海面に向かっていく。

回収班の奴らは、同じ作業を繰り返す。


バルーンによって巨人イカの巨大な胴体が、海面に浮かび上がっていった。

最後の巨人イカの胴体に杭が打ち込まれた後、回収班は、次の回収すべき物体の回収に移った。今度は触手を回収し始めた。


俺達収穫隊が切り落とした触手も回収対象である。筋繊維や角質環も立派な資源だからだ。

連中は、先程と同じ要領で、大蛇のように太い触手を海面に浮かび上がらせていく。

切り落とされた触手の山は、瞬く間に半減していった。


今日の漁は、これで一先ず終了した。他の収穫隊も、今頃は、別の海域で巨人イカ共を狩っている筈だ。夜になれば、また別の海域で巨人イカ釣りを始めることになるんだろうが、できれば今日はそれがない日であってほしい。やるなら昼間にしてほしい。夜の釣りは疲れる。


「よし、お前らもそろそろ海面に浮上しろ。」


「了解」


「了解」


「りょーかい」


「了解、やっと太陽が拝めるわけか。」



ジェフからの通信が入ると同時に俺は、ディープランサーを浮上させる。水流ジェットの力で25tの機体が1万m上の海面へと運ばれていく。



俺はモニターの1つ。機体下部からの映像を表示するモニターを見れば、巨大な亀裂が入った海底が遠くなっていくのが見える。巨大な亀裂……海溝には、底に潜む巨大な頭足類共が放つ燐光が闇夜の星の様に点滅している。


ひとまずはあの海の底から抜け出ることが出来る。また潜らされるわけだが。


海面に到達すると同時に上空に輝くニュー・ネレウスの太陽の光がディープランサーに乗る俺達14人を迎えた。深海での仕事の後だと、おかでは、何気ない光景も、美しく見える。



人類が地球だけで暮らしていた遥か昔、太陽が昇る光景を希望の象徴として絵画に盛んに盛り込んだというのも理解できる。


作業艇母船のクレーンが次々とディープランサーを回収していく。俺のいる第67収穫隊以外の連中もクレーンで回収されている。


「俺の番か」


クレーンのアームが俺の艇を掴む。

俺のディープランサーは、作業艇母船の格納庫に運ばれた。


ティタノ・セピアの最後の遺骸が採取船の船内に積み込まれてから5分後、最後のディープランサーが、作業艇母船に回収された。これから俺達は、この船で<クストーⅢ>まで帰ることになる。そして、次の巨人イカ釣りまで待機することになる。


俺はコックピットハッチを開放する。コックピットが開くと同時に潮風の匂いと穏やかな波音、青空の鮮やかな青が飛び込んでくる。俺は、格納庫に降り立つ。他の奴らも既にディープランサーのコックピットから降りていた。みんな思い思いに陸地(といっても船の上だが)の空気と風景を楽しんでいた。


おかの空気か。」


「ふぅうっ、生き返るぜ~」


「薄気味悪い深海の後だと、綺麗に見えるもんだな……」


青空には、光り輝く太陽と白い雲以外は何もない。

地球と異なり、地表の約9割が海洋であるニュー・ネレウスに鳥類はいない。ダーツフィッシュ等、トビウオの様に海面を跳ねたり、滑空する奴はいるが、浅瀬の多い北海域でしか見られない。俺の仕事場である南海域の空を飛ぶのは、人間の乗り物だけだ。



「まったく平和なもんだ。」


目の前に広がる青空と穏やかな海を見て思わず呟く。

海は、穏やかで先程、海の底でこの惑星最大の生命体と地球人の作業機械が戦っていたとは、思えない程である。



白い雲が浮かぶ青空と広大な海の深い蒼を見ていると本当にそう思えてくる。実際には、宇宙海賊やらテロリストやら開拓地問題等問題も多いのだが。



人類が恒星間航行技術を獲得して以後最大の大戦となった戦争 銀河連邦大乱が終結してもう5年が経つ。

銀河連邦からの離脱を図った反乱勢力は、半ば海賊と化した残党軍が散発的なテロ活動を行う程度だ。



対する銀河連邦も戦災復興で忙しい。総兵員数 1億 かつて補助艦艇を合わせて450万隻を誇った銀河連邦宇宙艦隊も平時の今は動員が解除され、軍縮が進められて3分の1にまで減らされている。大戦中に活躍した宇宙戦艦や空母も軒並み予備役か解体所送り。


宇宙艦艇を4隻、輸送船を含めたら12隻沈めたエースの俺が軍縮のせいで軍に残れなかったのも頷ける。何度か命令違反をしたのが理由かもしれないが。



軍縮で失職した奴らの大半は、PMC(民間軍事会社)や星系自治政府の軍隊や植民地防衛隊に転職している。銀河連邦が戦争終結を宣言しても宇宙海賊やテロリストは未だに辺境星域を中心に暴れている………そいつらから身を守りたい連中を相手にするビジネスだ。



俺の友人を含め、多くの上司、同僚、部下がその選択肢を選んでいる。俺もアル・ハリド植民地の鉱山防衛隊からお呼びの声が掛かったが、断った。まず給料が安すぎた。



今でもかつての母艦の艦長や同期のパイロットから勧めが来ることもある。だが、また戦場に行く気にはなれない。


今の職場も戦場並みに危険だが、人間同士で命のやり取りをするわけではない。それだけはマシだ。それに深海をディープランサーに乗って潜りながら、巨人イカを狩るのも中々楽しい。

少なくとも暫くは、この仕事を続けるつもりだ。



「うへっ、なんだあの匂いは!?」


「目に染みるぜ。」



不意にアンモニア臭にも似た強烈な異臭が鼻を突いた。思わず俺も鼻をふさぐ。

「とっと消えやがれ!迷惑だ!」ビリーが何やら叫んでいる。それで俺は異臭の正体に気付いた。

異臭の正体は、引き上げられた巨人イカの遺骸………厳密には、触手だ。

この船の横にいる採取船が触手を船内に収容せずに甲板の上に置いているのだ。

そのせいで触手からは腐敗臭にも似た悪臭が立ち込めてきていた。

そして、その臭いは、隣を航行しているこの船のむき出しの格納庫にも届いてきていた。


「あれが、人工筋肉の材料か。堪らないな」


鼻を摘まみながら俺は本気でそう思った。あれのお陰で多くの人間が助かっていて、俺自身の稼ぎになっているとはいえ、においが酷過ぎる。

折角の晴れた青空も台無しである。他の奴らも同じ気分なのか、格納庫から離れていく。


「ケン、お前もあの匂いは苦手か。」


ウォーレンが、赤茶色の頭髪を右手で掻きながら近付いてくる。


「当たり前だ。折角の青空が台無しだからな」


「へへっ言えてるな。休憩室に退散するとするか。」


「ああ、これ以上いたら匂いが移りそうだ」


「ウォーレン、ケン、とっと格納庫から逃げよう!気絶しそうだ。」



ビリーが走るように格納庫の出口に向かっていった。他の奴らも、別の収穫隊の連中も同じだ。俺も足早に格納庫から立ち去った。



全く、触手は苦手だ。

そう思いつつ、俺はドアを閉めた。


明日も来週も来月も同じ様にあのデカブツを俺は狩るのだろう。

この惑星の深海を潜り続けて。

俺は、当分の間これを続けるつもりだ。



とりあえず、これで一先ず第1章完結です。

第2章はかなり後に書くと思います

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