第4話
「いつ見ても気持ち悪い奴らだぜ……」
「同意見だ。ローウェル」
時折薄緑の燐光を放つ巨人イカの巨体は、深海底の暗黒では不気味極まりない。
古代の地球人類が恐れたという墓場の鬼火とかいう化け物は、こういうものだったのかと思ってしまう。
そして12本の触手が海底をのたうつ姿は、見ているだけで奴を仕留めようというやる気がうせてしまいそうだ。
俺が宇宙戦闘機のパイロットだった頃に宇宙空間で戦った相手………宇宙戦艦や宇宙防空巡洋艦、宇宙戦闘機、惑星防衛砲台Etcに比べれば、唯の生物なだけマシな筈なんだが……。
「これより狩りを開始する!後から来る採取船の奴らを腹一杯にしてやれ。1番艇から~4番艇は、触手を切り払え。5番から6番は囮役、残りは槍を撃ち込む役をやれ。フォーメーションA-1でいく。」
「了解」
「了解」
「りょーかい!」
「大漁と行きますか!」
「銀河系最後の漁師……か」
何気ない同僚の一言に俺は1週間前に見たネットメディアの記事を思い出していた。
なんでもここから4500光年離れた惑星 ヴィクトリアのあるネットメディアは、俺達の事を銀河系最後の漁師なんて呼んでいた。
銀河系最後の漁師といっても、漁業そのものが無くなってしまったわけではない。魚介類は、未だに人類の半数以上が食べている栄養源である。
漁業の従事者が漁師とはかけ離れた存在になっただけだ。
200年前から人類は、魚介類を海中牧場と呼ばれる施設で養殖して調達するようになった。
海中牧場は、産業革命以前から存在している魚類や貝類の養殖池が発展した様なものだが、使用されている技術と規模は比較にならない。
海中牧場は、最大のものでは、その惑星の海自体を巨大な養殖場とし、ナノマシンを用いた健康管理、遺伝子操作による品種改良を行っている。
火星軌道に浮かんでいるポセイドンコロニーの様にコロニー自体が1つの海となっているのもある。
それらの施設では、マグロやニシン、カキ、エビ、カニといった魚介類だけでなく、哺乳類であるクジラ類さえも繁殖させられている。
クジラ類の方は、食用よりも別の目的………テラフォーミングされた惑星の海に放つ(ある議員さんの話では、惑星の海に彩りを与えるためらしい)とか水族館に売るとかの方が多いらしいが。
そして、海中牧場での収穫は、殆ど機械の手で行われている。遠隔操作される水中ロボットや10名から数名が操作する大型漁船によって収穫される。
この作業の従事者を漁師と言うのは、ネコ科というだけでライオンをネコという位に無理があるだろう。何故なら彼らの中には、海水に濡れた者さえいないのだから。
一応、海がある惑星では、海中牧場以外にも魚等の水中生物が生息し、地球の生態系が再現されている。だが、それらが入植者達の栄養源になっていたのは、もう200年も前の話だ。
海中牧場産に比べて栄養価でも味でも劣る上に高コストな魚介類を食べる必要が薄いからである。
今やこの海中牧場ではなく、惑星の自然環境で育った魚介類を食べるのは、大企業の重役やら星系議会の議員といった金持ち連中と一部の物好きだ。海中牧場産を含めた天然の魚すら、この辺境では珍しい。
「それにしても……でかいイカだ。」
奴らの巨体には毎回驚かされる。
無脊椎動物とは到底思えない。
地球最大の無脊椎動物と言われているダイオウホウズキイカですら触手を含んでも20mぽっちだというのに。あれじゃミランダの海で沈めた潜水空母と変わりゃしないサイズだ。
ニュー・ネレウスの海に含まれるミネラルや栄養素、深海底への適応の結果だと言われているが、恐ろしいものだ。目の前でオイルフィッシュを触手で拘束しながら貪る巨人イカ………それが俺達の獲物だ。
やり方は、まず脅威となる触手をマニピュレーターに内蔵した高周波ブレードで切り落とし、胴体に特注の〝銛〟を撃ち込むというのが安全なやり方だ。
ソニック爆雷で感覚器官を麻痺させて銛を叩き込むやり方や触手を掻い潜って銛を叩き込むやり方もあるが、どちらも危険なので余りやりたくない。俺は、後者の方法を一度やったことがあるが、二度とやりたいとは思えない。
「ケン!お前から頼む!」
「分かった!」
俺は、食事中の獲物に向かって突進した。脂の塊の様な魚を貪るのに夢中のそいつは、接近する俺に気付かない。
「……ちっ」
俺が高周波ブレードを振り下ろそうとした瞬間、触手が鞭の様に襲い掛かってきた。気付いてたか!
俺のディープランサーは、それを回避し、触手を切り落とす。
高速で振動する高周波ブレードは、巨人イカ共の太い触手を簡単に切り裂ける。
今回も高周波ブレードは、それがゴムで出来ているかの様に切り裂いた。
痛みに苦悶するそいつに同情する事無く、俺は、ディープランサーの両腕先端に装備した高周波ブレードを振う。あっという間に触手を9本切り落とす。
触手の4分の3を失った獲物は、海底に沈んでいく。
「海溝に沈むなよ……」
そう祈りつつ、俺は後方で待機している同僚に指示を出す。
「ジャック、止めは任せたぞ!くっ」
別の巨人イカが、俺に襲い掛かってくる。仲間をやられて怒り心頭の様だ。鋭い棘付きの吸盤の並んだ触手が次々と俺を捕えようと襲い掛かってくる。
それはあたかも宇宙艦の対空射撃だ。前の戦争で戦う事になったフシュムシュ級防空巡洋艦の誘導レーザーとタメを張れるのではないかと思う。
俺は、ディープランサーを右に左に、上下に動かして回避する。触手で捕えられたらシャレにならない。前に触手で捕獲されて握り潰された奴を近くで見たことがあるが、ああいう死に方はしたくない。前の戦争で生き延びたってのに海の底で潰されたくはないからだ。
次の瞬間、俺を狙って触手を振り回していた3体の巨人イカの頭上で閃光が炸裂した。
ソナーが轟音に満たされ、光学センサーが光に包まれる。
誰かがソニック爆雷を投げ込んでくれたらしい。水中版のスタングレネードといえるソニック爆雷は、適切な距離で炸裂させれば、ティタノ・セピアを効率よく無力化できる。
「ケン!助けてやったぜ。借りは陸で返してくれ!」
同僚のレックスから通信が入る。奴がソニック爆雷を投げてくれたらしい。
「助かった!」
至近距離でソニック爆雷を食らった巨人イカ共は、音と閃光で眼と耳を潰されてノックダウンしているらしく、12本の触手を痙攣させていた。俎板の魚と同じだ。俺とレックスは、艇を一気に接近させる。
奴らの脳天を狙い、電磁パイルバンカーを撃ち込む――――――――背部(巡航モードでは機体後部)に装備した多目的コンテナから電磁パイルバンカーを取り出す。
特殊合金製の槍を電磁加速して放つこの装備は、爆雷や魚雷といった爆発性兵器と異なり、獲物を傷付けずに仕留める事ができた。俺は、照準を奴のでかい胴体……目玉の間に合わせる。
そこには、脳と触手を操る神経束の継ぎ目に当たる神経がある。そこを貫いて高圧電流を流せば、一撃で仕留められる。
「動くなよ……値が下がるからな。」
あまり傷付けると中身が、脳や神経束、皮膚や内臓が売り物にならなくなる。正確に命中することを願いながら、俺は引き金を引いた。
数秒後、磁力の力で加速された特殊合金の銛が巨大なイカの燐光を放つ胴体に命中した。
そのデカブツは、胴体をピクピク痙攣させて海溝付近の海底に身を横たえた。更に2分後、2体の白い巨体が胴体に銛を撃ち込まれてその後を追った。
まずは1体……。1日30体から50体が1収穫隊当たりの平均的な成績だ。上手くやる奴らは、100体狩る奴らもいるらしい……正直信じられない数値だと思う。
銛は、ディープランサー1機当たり最大でも6発しかないからだ。俺達14機が頑張って1発で1体倒しても最大で84匹。16匹足りない計算になる。
「今は考えても仕方ない……仕事に集中するか。」
「大丈夫だったか?ケン」
ビリーから通信が入る。
「ああ、お前は?」
俺は、ビリーがちゃんと俺が無力化した獲物を仕留めたのか気になっていた。
「おう!一撃で仕留めてやったぜ!」
「そうか。次の獲物を仕留めるぞ」
俺とビリーのディープランサーは、海溝から現れた新たな獲物に襲い掛かっていった。
既に同僚達も次々と巨人イカ共を仕留めていた。オイルフィッシュの群れは次から次へと海溝の上を通過していく。脂の詰まった風船のような魚を最大30mは届く触手を使ってティタノ・セピアが海溝に引きずり込んでいく。
オイルフィッシュの群れに紛れて第67収穫隊の同僚達のディープランサーが巨人イカに襲い掛かっていた。海溝から出てきたティタノ・セピアがディープランサーに纏わりつかれ、狩られていた。
巨人イカは、触手を鞭のように振り回したり、ディープランサーを捕えようとしていたが、ディープランサーは、ブレードで触手を切り落として、胴体に電磁パイルバンカーを叩き込んで巨大な頭足類の怪物を葬っていた。
「ロザリアの奴。大活躍しすぎだな」
「ああ、あれはすごい。」
俺とビリーは、7番艇のパイロット ロザリアの活躍を見て心底そう思った。蜂蜜色の髪と日焼けした肌が美しい彼女の操るディープランサーは、既に4体の巨人イカの触手を切り落としていた。
触手をすべて切り落とされた巨人イカの胴体に仲間のディープランサーが電磁加速された銛を撃ち込み仕留める。
俺も負けていられないな……俺はそんな事を思いつつ、新しい獲物にディープランサーを突進させた。
巨大な頭足類が触手を伸ばし、脂がたっぷり詰まった魚が泳ぎ回る異星の海を俺と仲間達は、縦横無尽に動き回って巨人イカを仕留めていった。
1時間後、南方から新しい光点がいくつも現れた。その数は、約24。大きさは、どれも俺達の艇と同じ大きさだ。
「第45と第64の奴らも現れたぞ。奴らに獲物を取られるな!」
ジェフ隊長から通信が入ってきた。それらの光点は、他の収穫隊のディープランサーだった。どうやら流体加速モードを使っている様で物凄いスピードでこちらに向かってきていた。
「ちっ。あいつら、人の上前はねるつもりかい!」
「少しでもイカ共を仕留めるぞ」
エミリオが吠える様に叫ぶ。俺も全く同意見だ。他の奴らと取り合いになるのは、別に珍しいことではないが、いい気分はしない。前の戦争でも同じ気分になったことがある。
8年前のウルカヌス星系の造船所を巡る戦闘。
敵である反銀河連邦勢力の艦隊にエクスカリバー誘導弾を叩き込む任務で、俺の隊が横合いから敵の宇宙戦艦に誘導弾を撃ち込んできやがったことがあった。あの時の気分も似たような感じだった。あまり味わいたくない気分だというのは、言うまでもない。
「フォーメーションはどうする?エミリオ」
俺はエミリオに質問した。他の収穫隊がいなければ、先程と同じやり方でもいける。だが、他の収穫隊が現れたのなら話は別だ。俺達が苦労して触手を切り落とした奴にいきなりパイルバンカーを撃ち込んだりしてくる可能性もある。
「………近くの奴らで2~3機ずつコンビを組んでやる。他の収穫隊に獲物を横取りされるな。深追いもするなよ」
「了解」
「りょーかい」
「奴らに吠え面かかせてやりましょう」
俺は、ビリーとローウェルとトリオを組んで巨人イカに挑む。俺は、2人の血路を開くべく、獲物の触手を次々と切り落とした。
1度は、俺の手でパイルバンカーを撃ち込んでやった。
1匹の巨人イカに水流ジェットを全開にして接近する。
奴の巨大な黒い眼球が俺を見据える。
「恨むなよ……」
そう呟きつつ、俺は、特殊合金の槍を巨人イカの眉間に叩き込んでやった。