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第3話

仕事開始だ。

カタパルト正面の鈍色のゲートが開き、暗く青い海面が姿を現す。


「エミリオ!1番艇発進する!」


俺の前の機体……エミリオの機体が海中に飛び込む。次、俺の番が来た。


<飛び込みます。衝撃に備えて>


「こちら、2番艇発進する!」



俺を乗せた青い槍は、下界へ、海中へと射出される。正面モニター一杯に暗い海面が移る。一瞬後には、俺のディープランサーは、海中に飛び込んでいる。


コックピットのモニター一杯にコンピュータグラフィックス合成された外の映像が表示される。



センサーから採り込まれた映像は、海の青一色に染まっている。その色鮮やかな青にした所でコンピュータグラフィックスで補正された物に過ぎないが、それでも美しいと俺は思う。



「こちら、管制室 全員水中に飛び込んだな?」


「はい!こちら1番艇。14機全員海の中にいますぜ!」


1番艇のエミリオが返答する。漁では、彼の艇がリーダーだ。副官が2番艇である俺。


「よし!全員。深度2000mまで潜った後、巡航形態で加速し、目的地まで目指せ。間違えて海底に突っ込むんじゃねえぞ!」


「はい!」


「了解」


「了解です。」


「了解隊長、そんなへまはしませんよ」



俺達は、機体を海中の奥深くへと潜航させる。


巡航形態のディープランサーは、4基のマニピュレーターを機体前部に集中し、機体後部に多目的コンテナを装着している。


鏃の様なこの機体が海中の奥深くへと潜っていく姿は、金属で出来たイカの仲間といった感じで、俺達の仕事を考えると皮肉なものである。


<2000mに到達。これより流体加速モードに移行します。目的地までは、私が操縦を代行します>


マックスの電子音声がコックピットに響き渡る。



ディープランサーの鋭角の胴体からは、4基のフィン(ひれ)が出現している。


「了解。海中に突っ込んだり、海面に飛び出ないように頼む。」


流体加速モードでは、パイロットのやることは殆どない。手動モードには出来るが、はっきり言って命知らずだ。



<10秒後に流体加速モードに入ります。パイロットは、Gに備えてください>


「元パイロットの俺に毎度の説明ありがとよ」



<9、8、7、6、5、4、3、2、1>


モニターに表示されていた数字のカウントが0になると同時にディープランサーは、海中を高速移動する。直後、コックピットに座る俺にも急加速によるGが掛かる。


生身なら骨と内臓が損傷しかねない衝撃だが、今の俺は、耐圧スーツを着用している。それにこのディープランサーのコックピットは、衝撃軽減装置が機能している。


モニターには、ニュー・ネレウスの魚介類が泳ぎ回る海の光景が早送りで表示されている。クラゲに似た生き物の群れが俺の左に現れたかと思うと数秒後には、はるか後方に過ぎ去っている。


今俺の乗っている艇を含む14機のディープランサーは、音速を超える猛スピードでニュー・ネレウスの南方海域を驀進ばくしんしている。



 水という大気以上の抵抗物質が満たされた空間である海中を音速を超える速さで移動できているのは、スーパーキャビーテーション航行と呼ばれる技術を利用しているお陰。水中を高速移動する技術としては、西暦時代から存在していた。この当時は、技術的な問題で魚雷や一部の試作船にしか使えなかったそうだ。



その原理は、艦首から放出された巨大な泡で機体を包み込み、水の抵抗を無力化することで高速移動を可能とするというものである。


一部の大気圏内航行可能な宇宙船や宇宙戦闘機は、特殊な電磁バリアで機体を包んで空気抵抗を軽減、無力化する事で高速飛行を可能にしているが、それに近いといえる。

違いは、バリアとなっているのが、泡か電磁バリアかということと、抵抗となっているのが、大気か水かという位か。


そういえば、前の戦争の最後の戦いで乗り込んだシューティングスター………新式の光波推進装置を推進器を搭載した宇宙戦闘機も大気圏モードで同じことができた。



あの時も、惑星の大気を縦横無尽に駆けるのは最高の気分だった。


宇宙戦闘機乗りの俺が、深海底での作業に不満を覚えないのも、この高速モードがあるのも理由の1つだ。最大の理由は、給料が悪くないことだろうが。


それに海中を音よりも早く移動するというのは、気分がいい。


この状態で海底に突っ込めば一発であの世行きだが。逆に海面に飛び出しても、最終的に高速で海面に叩き付けられてしまう。こっちの場合は、運が良ければ重傷で済む。



俺達が、この移動モードでは、操縦補助AIに全てを任せているのもその方が安全だというのが最大の理由だ。


流体加速モードでは、機体の方向転換は、胴体の4基の可変式フィンによって行われる。



少しでもフィンの計算を誤れば、海底に向かって死のダイブを遂げる事になる。一応緊急停止ボタンはあるが、大抵の場合は、停止してもそのまま慣性の法則に従って海底に激突する。


そうなったら、宇宙戦艦のゴミ粉砕機に掛けられたみたいに粉々にされてしまう。この深海底では、少しでも耐圧殻が破損すれば、圧壊は免れない。


人間がやるよりも操縦補助AIにやらせた方が安全なのである。宇宙戦闘機乗りだった頃、デブリや宇宙塵だらけの宇宙を飛んだこともある俺も、この海でリスキーなことをする程自意識過剰ではない。


<後2分でデビルズクレバス近海に到着します。>



マックスの機械音声が間もなく目的地である事を俺に告げる。

1分後、マックスは俺の乗るディープランサーの流体加速モードを停止させた。

ディープランサーの速度が低速になると同時に操縦権限がパイロットである俺に移行する。

ここからは、俺の仕事だ。


俺にしかできない仕事。深海底を泳ぎ回り、巨大な異星の頭足類を倒す。



「全機、巡航モードから作業モードに艇を変形させた後、デビルズクレバスの上に占位しろ。」


長距離通信を通じて流れてくるジェフの声に従い、俺達は、機体を作業モードに変形させる。胴体が変形し、機体前面に装備されていたマニピュレーターが再配置される。


先程まで鏃の様だった俺達の機体は、僅か数秒で人型に姿を変えた。大昔の潜水服を思わせる丸みを帯びたシルエット。先端に爪が生えた作業用マニピュレーターは、物を掴める様になっている。


全体的な外見は、不格好な半魚人といった感じで、始めて見た時は、潜水服の化け物に見えたのを覚えている。


実際、こいつは、船というよりも深海作業用のパワードスーツに構造的には近い。これから俺達は、深海の狩人となってこの海を駆け巡る。そして、日々の糧を、給料を得るというわけだ。



「デビルズクレバスの上か。いつ見ても嫌な場所だな。」


「ああ、ビリー。あの谷間を潜るなんて想像しただけで小さくなりそうだ。」


「違えねえ。」


俺達の足元の海底には、巨大な険しい峡谷………というよりも亀裂が広がっている。

この惑星の南半球の海 南海域の深海底に空いた亀裂とも言える海溝 デビルズクレバスは、平均的な深さは1万2000m、最深部は、1万4557mにも及ぶ。


地球で最も深い海底であるマリアナ海溝が約1万900mだということを考えれば、どれだけ深く、高い水圧が掛かる場所かは容易に理解出来るだろう。


また海溝は、迷路のように複雑に入り組んでおり、頻繁に海底火山の地殻変動で形を変える。海溝に潜るのは、自殺行為だと言えるだろう。


あの亀裂の深海の闇に機体を沈めるのは、想像するだけで恐ろしい。

この悪魔の亀裂の底に俺達 深海イカ釣りのメンバーにとっての獲物がいる。


「レーダーに反応、北東よりオイルフィッシュの群れ。間もなくデビルズクレバスの上を通る。いよいよだぞ!」


エミリオからの通信が入った。


俺は、モニターの1つを確認する。


そこには、無数の光点、いや光の塊がこっちに向かってくるのが表示されていた。

それらの光点の1つ1つは、生物である。そのサイズは、最大で地球の小型のクジラ類に匹敵する。


光点の正体……オイルフィッシュは、ニュー・ネレウスの広大な海を生息域とする魚で、プランクトンの様な微生物を餌にしている。数百近い群れを形成する習性でも知られている。その外見は、巨大な白い魚といった感じで、頭は、角度によって太った男の様にも見える。


実際、地球の深海魚と同様に腹には、脂が溜まっている。ニュー・ネレウスに降り立った初期の調査団がオイルフィッシュを捕獲し、蛋白源になるか試したが、脂ばかり多くてとても食べられたものではなかったらしい。


ニュー・ネレウスの海で働く労働者の多くには、漂流時に備えてサバイバル用のマニュアルがデータでも書類でも配布されているが、そこでもこの油ばかりの白い魚はこき下ろされている。俺も、あの間抜け面を食べたいとは思わない。


皆もそうだろう。俺達にとっては、脂を洗剤や石鹸の材料にする位しか利用価値のないこのデブ魚も、ニュー・ネレウスの生態系にとっては、欠かせないピースの1つだ。

特に俺達が狩る獲物にとって、オイルフィッシュは、大好物だった。


「獲物が見えてきたぞ!奴ら海溝の周りを泳いでやがる。」


「ランチタイムってところか。」


「皮肉なもんだよな……あいつら、これから俺達の飯のタネになるんだからな!」


俺達の下で動きがあった。獲物が、巨人イカが姿を見せ始めた。


肉眼では見えない太陽光が届かない深海底に穿たれた亀裂の闇も、赤外線とソナーなら見える。俺達の真下には、獲物の群れが潜んでいる。


奴らは、海溝に潜み、12本の大蛇の様に太い触手をうねらせている。俺の下にも1体いる。


「ソニック爆雷で燻り出します?」


「ジャック、まだ早い。あれを使うのは、もっと後だ。」



「はっ」ソニック爆雷は、音響兵器の一種で海溝に潜むイカ共を焙り出すのに使う。連中がこちらを警戒した時に使う兵器だが、今は必要ない。


1分後、俺達を横切る様に海溝の真上を脂肪で肥えたでかい魚の群れが通過した。

………その時、1匹のオイルフィッシュの胴体に何かが巻き付いた。巨大な海龍か大蛇にも見える太く長いそれは、触手だった。


吸盤が並んだ触手に巻き付かれたオイルフィッシュは、抵抗空しく海溝に引き摺り込まれた。


海溝から次々と触手をうねらせて巨大な怪物が現れ、オイルフィッシュに襲い掛かった。オイルフィッシュは、成す術もなく、怪物の餌食になっていく。



「巨人イカ共だ!海溝から出てきたぞ。」


「相変わらず、気持ち悪りぃ奴らだぜ」


仲間の1人が吐き捨てる。


小山のような巨体、2つの巨大な黒い眼球に燐光を放つ生白い体表、そして12本の吸盤が並んだ触手。


生理的な不快感を人間に感じさせる外見ではある。俺も気持ち悪いと思う。



その生命体の名前は、ティタノ・セピア 通称巨人イカ。

巨人イカの渾名に相応しく外見は、地球のイカをそのままでかくした外見をしている。海洋惑星 ニュー・ネレウス最大の生命体の1つであった。



 触手を含めない全長約25m、全高約7m。尤もこれは、平均的な個体の数値で、今までの採取では、30m級が度々捕獲されている。


 この惑星の赤道の辺りでは、55mの個体が捕獲されたという。そいつの触手は100mもあったらしい。

それが、俺達の獲物だ。



 この巨大なイカに似た生物を食べる為に捕獲するわけではない。こいつらは、餌のオイルフィッシュ以上に食べれない。人間には、有害な毒素を体内に蓄積している。


 人間の食糧としては役立たずのティタノ・セピアも、電子機器や宇宙産業には役立つ。

この巨大イカの全身を動かす神経束と脳は、生体コンピュータの材料になるのである。


最近では、更に血液や皮膚、内臓にも利用価値が出てきている。


こいつらの深海で光る皮膚に含まれる共生細菌は、発電細菌らしく、新エネルギーの研究にも利用されているそうだ。12本の太い触手の筋組織は、新型の人工筋肉の原料に加工される。触手の吸盤の角質環も、加工すれば研磨材になる。


内臓も、実験や様々な利用価値があるそうだ。俺達は、よくは知らないが。

ダゴン・マリンマイナー社ニュー・ネレウス支社は、巨人イカの漁で多大な利益を得ている。



最初にティタノ・セピアの神経束と脳が利用価値があると分かった時、ニュー・ネレウス社は、従来の海洋生物と同じ捕獲方法、ロボットと通常船舶による捕獲法を試した。そして手酷い失敗を遂げた。

触手の反応速度は、素早い上にパワーも凄まじい。


深海に引き摺り込まれたら、このディープランサーでも圧壊させられてしまう。


特注の網でも鋭く尖った硬い触手の角質環で引き裂かれてしまった。作業用ロボットによる狩りは、いずれも失敗している。


 つまり、この巨大なイカを狩るには、人間の力が必要だということ。

俺達人間の力が。



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