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第12話


「退屈すぎる……」


 本当に退屈だ。反吐が出る程、退屈で仕方ない。この深海イカ釣りの仕事に就いてから、今日まで待ち伏せは何度もしてきたが、その度に押しつぶされそうな退屈さと戦う羽目になる。職務中だからVRも出来ないしな。



<ケン、待機時間も、職務時間です。退屈というのは、適切ではない表現です。>


 ディープランサーの補助AIのマックスと面白みのない会話をする位。人間の脳の細胞を部品に使ってるとはいえ、こいつは、コックピットでの暇の潰し方も教えてくれない。そんなことを操縦支援用のAIに期待する俺が馬鹿なのかもしれないが。


「お前にとっちゃ、そうだろうな。だが、人間の俺には、退屈で仕方ないんだよ……。おまけにお外は真っ暗だしな。」


<もう少し、モニターの映像の光量と透明度を上げますか?>


コックピットのモニターには、深海底の暗闇とセンサーが取り込んだ情報が映し出されている。深海は、昼間でも四六時中、真っ暗で夜中と変わらない。正面も背後も真っ暗……。

それと、地球型の生態系のそれとは違う外見の深海生物共……一部は、子供の悪夢に出てきそうな姿してやがる。


「マックス、いいよ。漁には影響がないんだ……これでもCG補正されて明るくしてるのかと思うと……」


実際の深海の映像は、もっと暗い。殆ど闇一色……宇宙空間と同じ位の暗黒に支配されている。


機体に不具合が起きたら即潰される水圧の圧迫と、不気味な深海生物が時折、こんにちは!してくる分こっちの方が酷いかもしれない。


宇宙ならまだ機を捨てれば、助かる可能性もある。誰にも拾われずにミイラになる可能性や飛来物にぺしゃんこにされる可能性の方がずっと確率は高いが。


「……(悲観主義者ペシミストぶってた〝あいつ〟なら、苦しみがよけい長引くだけだといったかもな。」


 ふと戦友の顔が浮かんだ。名前も覚えていないが、悲観主義者だったのは、何故か覚えている。初めて会ったのは、軽空母の<アマゾナス>に配備された時。新入りの中でもひと際陰気な奴だった。腕は確かで、性格は、いい奴だったが。


確か〝あいつ〟は、戦争を生き抜いた筈が、今どうしてるんだろうか。俺とは逆にまだ宇宙戦闘機のパイロットをやってるのか。


「……あの性格だと、どっかの砂漠の惑星で作業用ロボットと一緒に山師(鉱山での鉱物採掘の隠語)でもしてるかもな」


 また会えたら嬉しいに越したことはないが、世界は広い。会う事は無いだろう……多分。


「ケン、無事か。」


 ビリーから通信が入った。画面の向こうのビリーは、笑っている。悪戯した後の悪ガキの様にあいつは笑っていた。


「なんだ、ビリー。無事に決まってるだろ」


「相変わらず、退屈で死にそう。って顔してるな。」


「……分かるのか。」


「お前が待ち伏せで、今にも死にそうな顔してるのは、今に始まったことじゃないからな」


「いい加減、慣れようぜ。ケン。待ち伏せ作戦だって立派な仕事だろ?」


「ああ、そりゃ分かってるさ。だけどな。どうにも、この海底で待ち伏せって言うのは、慣れないもんなんだよ。」



「宇宙軍で、エースパイロットしてた時だって、待ち伏せ作戦をやったんだろう?ケンは、あのシルバーリング星系の戦いで、〝皆殺しウォーレン〟を乗せた<ナキア>を待ち伏せたんだろう。あの時を思って我慢しろよ」


セミラミス級宇宙軽巡洋艦<ナキア>……古代アッシリアの王妃の名が付いたこの船は、反銀河連邦勢力が建造した艦艇の中でも大型戦艦並みに有名な事で知られてる。有名なのは、ある男が旗艦にしていたからだ。その男の名は、クルス・ウォーレン。


〝皆殺しウォーレン〟本名 クルス・ウォーレン……反銀河連邦勢力の盟主 ルガルバンダ自由連合の宇宙艦隊少将だった男。奴の倫理観を度外視した冷酷な戦略戦術には、嫌という程苦しめられた。奴1人で、あの銀河連邦大乱の被害を何十倍も膨らませたという統計もあるという。あの男が銀河に付けた傷跡は、今もそこら中の植民星や星系に残っている。


民間人の居住区のある惑星への軌道爆撃や「灰の妖精アッシュ・フェアリー」作戦みたいな胸糞悪い作戦をやる羽目になったのも、あの男が原因だ。後者の作戦では、俺は護衛艦隊に配属されていた……。尤も奴は、最後にその報いを受けたわけだが。


俺は、あいつを待ち伏せる作戦で、<ナキア>のCICに機銃掃射をかけた事を、今でも覚えている。


「退屈なのは、みんな同じだぜ。ケン。エミリオの様に瞑想でもすれば、多少は退屈さ」


「……そうだな。ハリド、だけどな……」


 後何時間待てばいいんだ?と俺が言葉を発するより早く、ジェフ隊長から通信が入った。


「お前ら、無駄話は控えろ。イカどもに聞こえる。……監視の生き餌どもから報告だ。後5分30秒から10分の間に海流に乗って獲物が来る。」


 <クストーⅢ>の本部にいるジェフ隊長から通信と共にデータが送信される。この陸地が1割しかない海洋惑星でも、意外にも海流は存在する。何でも1億2000万年から数千万年前まで大陸だった浅瀬、その山脈、高地だった場所が、複雑な海流を生み出すらしい。


「まったく、バイオチップ様様だぜ。」


「俺も同感だ。人工衛星より役立ってる。」


 本当だ。ハリドの奴に同意見。不気味で、生命倫理がどうのと煩い連中が忌み嫌ってるが、俺達の役に立ってくれてる。


バイオチップ……マイクロサイズの電子チップを生物の中枢神経、脳に埋め込む事で自由にコントロールする技術。子供が外で遊ぶ時に使うドローンみたいに。中には、幼体の時点で、ナノマシンをその生物に注入して、成体になったら通信回線とコントロール一式が完成するタイプもある。


こいつには、前の戦争でも散々世話になった。銀河連邦大乱の時は、植民惑星の現地の生物を偵察ドローン代わりにして得た情報で、地表に潜伏する反乱勢力の戦力配置を知ることが出来た。あの頃は、最大の艦隊を有したルガルバンダ自由連合を含む、多くの反銀河連邦勢力が無人兵器への対抗手段を有していたから、有機物ベースの偵察ドローンは奴らの盲点を突いてくれた。


あの頃、宇宙戦闘機乗りだった俺も、地表攻撃の時助けられた。一番良かったのは、誤爆せずに済んだことだ。味方の上にミサイルや高性能爆弾をぶち込むのは、撃墜されること並みに避けなきゃならないからな。


 俺達が使ってるのは、魚類に似たニュー・ネレウスを回遊する生物を応用したもの……巨人イカやその餌のオイルフィッシュに付いてくる習性と、感覚器官が高性能だから選ばれたと聞いている。


 そしてこいつらは、今回も俺達の目と耳になることで感覚器官の高性能さを示してくれた。


「ケン、やっと退屈から解放されるな。」


「ケン、腕はなまってないな」


「大丈夫さ。ジェリコー」


 漸く退屈から解放されると思うと、感覚がさっきよりも目に見えて鋭くなった気がしてきた。


<センサーに反応>


 約3分後、マックスからの報告が入った。巨人イカの群れがこの海底山脈に現れようとしている証だった。



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