第11話
年末最後に新章を更新出来て良かったです。
「待つという事は、本当に退屈だ。」
人類が、外宇宙にまで進出する数万年前、地球という惑星の地べたで暮らしてた頃、まだ農業も牧畜も知らなかった頃、人間は、木の実や食べられる草を拾うか、魚を釣るか、野山の動物を追いかけるかしてその日の食事を手に入れていたという。……そのうち、最後の選択肢 狩りの時は、何時間も同じ場所で獲物の動物どもを待ち伏せしたそうだ。
俺がその話を聞いたのは、6歳の頃。故郷の自治体が各家庭に配布してる幼年期学習用のプログラム「人類史編」のVR。
まだガキだった俺は、暑い日差しの下、毛むくじゃらの半分チンパンジーみたいな顔したご先祖様が長い間、茂みに隠れて、川に水を飲みに来たガゼルを待ち伏せして、投槍で仕留めるまでのストーリーを、鮮明な仮想空間の中で見せられた。
最初の20分は、退屈な解説と質問だったけど、あの頃の俺にとっては、楽しかった。なんたって、茂みに隠れての待ち伏せ時間は、殆ど飛ばしてくれたからな。
あれがちゃんとご先祖様と一緒に待ち伏せ体験5時間とかなら最悪だったと思う。大人になってから、宇宙軍のパイロットになって、待ち伏せ作戦経験した後なら、心からそう思う。今でも……。
そして現在、俺達、深海イカ釣りを仕事にしてる深海底収穫隊も、退屈な待ち伏せ中……。俺と同僚が待ち伏せさせられているのは、地球から6000光年も離れた、海洋惑星の海底8000mの深海……その海底山脈の麓。
俺達は、深海作業艇 ディープランサーに乗り込んで獲物を待ち伏せてる。チタニウムとカーボン系素材の耐圧殻を隔てた先には、8000mの深海。俺のディープランサーの周囲には、皆が操縦するディープランサー12機が、それぞれ潜伏してる。
待ち伏せる獲物は、第67深海底生体収穫隊にとっては、一番馴染み深い獲物。それで、一番厄介で、この惑星の海に棲む数ある海洋生物の中でも、一番気色悪くてデカい獲物。……ティタノセピアこと巨人イカ。
何故、俺達が何時間も深海で奴らを待っているのか……。
その訳は、朝に遡る。
俺と皆は、何時もの様に管制室に入った。ビリー初め、ディープランサーのパイロットは、〝大体〟揃っていた。あの蜂蜜色の髪と小麦色の肌をした彼女、ロザリア以外は。
「ロザリアがいないぜ」
「何かあったんじゃないのか」
丁度、ビリーが隣の同僚とその事で話していた。誰かが休むのは、珍しいが、全くないわけじゃない。
「お前ら、全員集まったな。単刀直入に言うが、今日の収穫計画は、前回説明したものから変更される事になった。」
ロザリア以外の全員が集まったのを見た、ジェフ隊長は、単刀直入に説明した。いつも通りの事だ。いつも通りの、イカどもを狩る仕事。だが、今回は、何時もと違って待ち伏せだった。
「……ロザリアは、体調不良のため今日は、休みになった、それが今回の収穫計画が変わる理由だ。朝連絡があった。つまり、今回の漁は、メンバーが1人欠けてるわけだ。何時も、言ってる様に……巨人イカ釣りは、メンバーが1人でも欠けると難易度が大きく変わる。いつも以上に集中して仕事をしてくれ。」
「了解です!少佐殿!」
「はい!ボス!!」
「分かりましたジェフ隊長!!ロザリアの分も、巨人イカを仕留めてやるぜ!」
「ローウェル、油断するなよ」
「ジェフ隊長、予定が変わると言いましたが、今日の釣りは、前回の最後のブリーフィングでは、サタニックバレー(海底地形の1つ。ティタノセピアの群の巣の1つ)付近で行うと聞いていました。それとも違う場所を狙うのですか。」
1番艇のエミリオが手を挙げて言う。即座にジェフ隊長が答える。この時俺は、精々別のポイントにいる巨人イカを狙うんだろうと思っていた……その予想は、ジェフ隊長によって裏切られる。
「エミリオ、言い質問をしてくれたな。……残念ながら、そのどちらでもない。」
「!?」
「今回は、説明した通り、ロザリアが欠けた分の影響と……こっちがメインの理由なんだが、他の収穫隊とのスケジュール調整の問題等の理由から、別の獲物を狙う。当初の予定だったサタニックバレーの辺りにいる巨人イカの群れではなく、回遊中のイカどもを狩る。奴らの予想進路上で待機して、移動中を狙う待ち伏せ作戦だ。……質問は?」
待ち伏せ作戦、そのフレーズを聞かされた瞬間、俺は、顔の筋肉を歪めていた。この仕事で一番いやな仕事だからだ。
「待ち伏せの場所は決まってるんですか?」
「当たり前だ。修正の収穫計画でちゃんと決めてる。待ち伏せ場所は、この海溝だ。」
ジェフ隊長は、起動させたホログラム装置から噴出した青く光る地図……この<クストーⅢ>周辺の海底地図……その一角の赤で囲った辺りを指さした。
「今回、狩る予定の巨人イカの群れは、ピラーズバレーに向かっている個体群……コンピュータの予想では、3時間後には、この海溝の辺りに移動するとみられている。
」
巨人イカの群れは、海底の海溝に潜んでいる事が多い。だが、四六時中奴らもそうしてるわけじゃない。群れや少数の個体が、「渡り」をすることがある。今回俺らが待ち伏せするのも、そう言う奴ら。そして、俺は、この待ち伏せっていうのが、苦手だった。
「もし、この集団が、予想とは違う進路を通った場合はどうすんですか?」
ジェリコーの質問は、御尤もだった。ジェフ隊長は、余裕の表情でその場合のプランを言った。
「その場合は、ディープランサーで、次に予想される進路上に先回りすればいい。ディープランサーは、水中で音よりも早く行ける潜水艇だという事は、お前らも知ってるだろう。」
室内の奴らの大半が、納得した様に頷く。俺は、頷きこそしなかったが、納得してる。
深海で、ディープランサーの流体加速モードよりも早く動ける生物は、この惑星には存在しない。……少なくとも今のところは。実際何度か俺らも、巨人イカを先回りしたことがある。
「……確かに(まあ、こいつより早い生物が生まれるとしても数億年後だろうが)」
後は、……どこかの頭でっかちな科学者やバイオ企業がナノテクノロジーやら遺伝子操作で新種でも作る。って可能性もあるか。だとしても、この辺境の惑星と俺達には、関係ないだろうが。
「現地の地形データと収穫計画は、既にディープランサー各機にインストールしてある。質問は?なければ、本日のブリーフィングは終了だ。各機の発進準備が完了したら、直ぐに発進してくれ。」
「はぁっ、待ち伏せか」
俺は、部屋を最後から2番目に出た。きっとあの時の俺の顔は、不貞腐れたガキの様だっただろうな。
そして、海洋都市<クストーⅢ>を出発した俺達は、海の底にへばりついて獲物を待ち伏せてる。2時間半も。巨人イカの群れという獲物の触手を何時ものように切り落とすために。
狭いコックピットの中で、格納庫と同じ位に退屈な時間を過ごしている。というわけだ。