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第10話

―――――――――惑星 ニュー・ネレウス 北方海域――――――――――


 海洋惑星 ニュー・ネレウスの穏やかで冷たい北の海を6隻の船が進んでいた。周囲に島影がない中、海に浮かぶ6隻は、何処か寂しげな印象を与える。


既にニュー・ネレウスの北半球に属するこの地域は、太陽が昇っているが、上に漂っている雲海が、カーテンの様に大半の陽光を遮っている。


6隻の輸送船の内、半数は、コンテナが山の様に載せられている。もう半数には、いずれも白い半球形のタンクが船体上部に並んでいる。


その姿は、遥か西暦の頃、まだ人類の主要なエネルギーが化石燃料であった時代、地球の海洋を航行していた石油や液化天然ガスやメタンハイドレートを輸送していたタンカーを彷彿させる。


6隻の輸送船も、かつてのタンカー同様に半球形のタンクに液体を満載していた。


タンクには、この海洋惑星の事実上の統治者である企業のマークがペイントされている。

このタイプの輸送船は、タンクの色で何を搭載しているのか分かる。水色のタンクなら、水素燃料、オレンジ色なら可燃性の液体、緑なら医療用の液体といった具合である。


これらの白いタンクを持つ輸送船は、ミルクタンカーという綽名で呼ばれる事の多い。その綽名の由来は、彼らが輸送する液体が白だからという単純明快な理由から名付けられたものであった。


ニュー・ネレウスの北方海に生息する巨大魚類から抽出されたエキスを合成・液体化したものである。この無色透明の液体は、輸出先の惑星で、農業用肥料からスポーツドリンク等の健康食品まで様々な用途に用いられる。


「行程の8割を消化。アブドゥル船長、後30分で<ボーフォートⅡ>に到着します。」


座席に座っているオペレーターが報告する。


「分かった。お前ら、もうすぐ、おかの上で眠れるぞ!」


おかと言っても、人間が作った人工の陸地に過ぎないんだが。輸送船T-571の船長 アブドゥル・ラティフ船長は、心の中で呟いた。


彼がいるブリッジには、彼の部下である10名の船員がいる。ブリッジにいる6人と艦内各所にいる5人…………それが、この巨大タンカーのクルー全て。


この人数ですら、自動化が進められたTシリーズ輸送船には多すぎた。AIによって制御されるこの輸送船は、無人でも目的地まで航行可能だった。


それが、11人ものクルーを乗せているのは、貨物の状態チェック、人間の雇用を守る法律や規制、万が一AIに異変が起きた場合に対応する要員が必要だという理由である。



「……(今日も何事もなく仕事が終わった。退屈なものだな。)」


水平線の奥にかすかに見える白く輝くメガフロートを見つめ、黒髭を蓄えた船長は思った。最上部に敷き詰められた発電パネルは、曇り空の下でも鏡の様に光っている。


AI制御され、目的まで行く船に乗り、生活物資を含む様々な貨物を海上都市に輸送する。それが彼らの仕事―――――――船を乗り回しているというより、船に乗せて貰っているといった形容が適切だ。



まだ宇宙船のクルーの方が、「船乗り」らしい。1年前の同僚の1人の台詞を船長は、不意に思い出す。彼も同意見だった。


「もうすぐ目的地ですね。これで暫く休める……」


通信席に座るオペレーターの1人が、伸びをして言う。彼女は、アブドゥルの一番上の娘と同じ位の年だった。


「水上都市だけどな」


操舵担当の褐色の巨漢が言う。背後の自動ドアが開き、無人操縦システムのチェックを担当する、リックという名のクルーが戻ってきた。彼は自販機にドリンクを買いに行っていた。両手には、ドリンクの缶が山盛りだった。


「お前ら、飲み物買って来てやったぞ」



「おおっ、リックか」


「助かったぞ」


「ありがとなリック」


「アブドゥル船長も、カフェオレ飲みます?ミルクと砂糖がたっぷり入ってて美味しいですよ。」


「……いい。この惑星でまともなカフェオレは飲めないからな」苦笑いしてアブドゥルは、断った。


「船長、牛乳と乳製品にはうるさいって本当だったんですね。」アブドゥルの隣に立つ、黒髪の男が笑った。この若い男は、マーカス。アブドゥルとは父親と息子程離れた年齢差があるが、副長である。


「こんなのは、本物の牛乳じゃないさ。俺の故郷のはもっと美味かった。」


「アブドゥル船長の故郷って有名な農業惑星でしたね。」


「ああ、良い所だぞ。飯も美味いし、自然も綺麗だ。……今は、その筈だ。」



アブドゥルは、顔を顰めた。彼の故郷 ノイエ・ホルスタインは、数ある農業惑星の中でも酪農で有名な惑星であった。


ノイエ・ホルスタインは、200年前の第1次開拓期にテラフォーミングされた。テラフォーミングが完了して以来、3つの大陸と2つの亜大陸を持つ農業を主産業とする惑星として歴史を重ねてきた。


アブドゥルの家も酪農に従事する家で、彼は搾り立ての牛乳を飲んで、隣の家の羊の肉や鶏の肉を糧として、同じ大陸で生産された野菜やパンを食べるというこの恒星間時代では珍しい食生活で成人まで育ってきた。


彼だけでなく、この惑星の住民は、大半がその様な恵まれた環境を享受していた。ノイエ・ホルスタインは、3つの大陸の1つが丸ごと農地にされ、他の2つも大半が農業や家畜の放牧地といった食料生産に利用されていたからである。その運命が変わったのは、10年以上前の銀河連邦大乱である。


ノイエ・ホルスタインは、反銀河連邦勢力の名参謀 クルス・ウォーレンが銀河連邦支持派の農業惑星に対して行った「悪魔のバッタ」作戦の標的にされている。


そして多くの農業惑星と同じ様に自然環境に多大な被害を受けた。


終戦後暫くまで、合成食料プラントに食糧生産を依存せざるを得なかった程であった。


銀河連邦大乱から10年経過した今では、復興も進んでいるが、被害が完全に回復したわけでは無かった。


アブドゥルが、この人類の生存圏の最辺境の水の玉で船乗りをしているのも、前の戦争の被害で被害を被った故郷から離れたかったのが理由の1つであった。



「申し訳ありません。船長……」


アブドゥルの表情を見て察した部下が謝罪した。


「気にするな!……そうだ。<ボーフォートⅡ>に着いたら、レベル4のレストラン街に行こうか!皆で腹ごしらえと行こう!」


「賛成です」


「いいっすね!船長!」


「ここ最近、船の上で保存食続きでしたらねぇ……何を食べようかなぁ」


「俺は、6・4オットー(ハンバーガーチェーン店、ニュー・ネレウスの様な辺境地にも支店がある)のハンバーガーセットと決めてる! あの店のハンバーガーのパティに使ってる肉は、本物の牛肉並みだ!」


「毎日ジェシー&アレックスじゃ、幾ら美味しくっても飽きますからね」


「俺はアンクルシール(有名なファミリーレストラン、辺境の惑星だと出店数が少ない)のシーフードパスタがいいな。あれに使われてるウニは合成品ってのを忘れちまう位美味い」


「私は、サーモンのマリネのセットにするわ。最近体重が増えてきたんだもの」


「俺は、エリザと同じ店で白身魚セットとペペロンチーノでも頼もうかな。俺は体重は気にしないタイプだ。」


「俺は、オットーのクリームチキンバーガーのセットとコーヒーにするよ。それにしても、お前ら、この惑星で良く魚介類の飯なんて食べられるな。俺は魚料理は遠慮するよ。」


褐色に髭面の船長は、部下の1人を見て苦笑いした。


「どうしてです?船長」


「外を見れば分かるよ。」


アブドゥルは、軽く顎をしゃくった。窓の向こうには、穏やかな海……そしてその下で不気味に輝く魚の群れである。それらの光は、大昔のヨーロッパの伝説に出てくる人魂ウィル・オ・ウィスプといったものを彷彿とさせる。


その光りの正体は、発光する魚……フラッシュフィッシュの群れである。


「そんなことに気にしてるんですか?船長殿」


若い船員……太った黒人系の女性が言った。


「……この惑星の海の生き物を見てたら、魚料理を食う気にはなれんよ。エリザ、お前らは平気なのか?」


「気にはなりませんよ。まあ、合成品なんですし。」


「クロレラのチップよりはマシですよ。」


別の部下が言う。彼は、辺境部の鉱山植民地の出身だった。


「そういうもんか。俺は、割り切れないなぁ」


「船長、好き嫌いはいけませんよ」


「人参が食えないお前には言われたくないな」


何時もと変わらない日々……目的地に荷物を積んだ船が到着するまで、船の中で待つ。その間部下と他愛のないお喋りをしながら、問題が無いかチェックする。


退屈で平和な素晴らしい職場………船長のアブドゥルも、彼の部下達も、僚船のクルーも、今日が何事もなく平穏無事に終わる物と思って疑わなかった。


彼らの想いは、大きく裏切られる事となる。海面下に潜む〝何者か〟によって。




「ん?なんだこれは……」


最初に異変に気付いたのは、船を制御するAI。その次に気付いたのは、ソナー・レーダー担当のクルー。ミカという名前の青年であった。


「どうしたミカ、障害物か?」


船長は、座席に座る若いクルーに言った。障害物があるとしても、各輸送船のAIが自動的に回避行動に出る筈で大した問題ではない。


「後方の海底で〝何か〟が動いたみたいです。ソナーも未知の音を拾ってます。……AIの推測だと90%生物です。」


「どうせオイルフィッシュの群れか何かだろ……」


次の瞬間、それは起こった。船団の最後尾にいた輸送船 T-575が船体を真っ二つになった事で。T-575は、他の5隻のクルーの見ている前で真っ二つになった。


「T-575の交信途絶!AI間データリンクからも消えました!」


「何!?」


「機器の故障か?」


先頭を進んでいたT-575のクルーは何が起こったか最初分からなかった。計器のホログラムに映ったT-575を示す光点が消えた事しか分からなかった。


「分かりません!」


「機器は正常です。」


「アブドゥル!T-575が沈んだぞ!真っ二つだ!」


混乱するブリッジに僚船のT-534から通信が入った。T-534は、T-575の前を進んでいた船である。


「何だと?!」


「T-575が沈んだ?!」


「真っ二つ?事故か?」


ブリッジに設けられたホログラム投影機から後方の映像が表示される。


映し出されたのは、船団最後尾の輸送船T-575の姿。排水量10万トンの輸送船は、真っ二つに割れて船尾と船首を傾けながら沈没しつつあった。



「T-575が……馬鹿な……」


呻くようにクルーの一人が言った。この時点でも、アブドゥルもクルーも半信半疑だった。排水量10万トンの船が簡単に沈むわけがない。



そんな重大な事故なら、前もってAI間データリンクで予兆が知らされている筈だ。T-575のクルーから救援を求める通信が来ただろう。


だが、そんな通信は来ていない。


彼らは、直ぐに現実を受け入れることを余儀なくされる。


彼らの背後で海面下に没しつつあったT-575の残骸が大爆発した事で。球形のタンクの1つ……が破裂し、T-575の残骸は、木端微塵に吹き飛んだ。


破片の一部は、僚船に激突し、更に被害を拡大させた。天高く舞い上がったタンクの破片が別の船のタンクに命中するのが見えた。



「T-575が……!!」


「爆発事故か?!」


「水素燃料に引火したんだ!」


「あれじゃ誰も助からない!」


「そんな……!」



目の前で突如として起きた大惨事にブリッジにいた者は呆然となった。あの爆発では、クルーは誰も助からないだろう。


アブドゥルは、もうこの世の住人ではなくなった同僚の事を思った。だが、惨事はこれで終わりでは無かった。事を彼らは知る事となる。


「またあの音だ!?」


ソナーが反応を示した。



「音?」


ソナーに未知の音が観測された直後、2隻目の犠牲者が出た。


今度は、T-571の真後ろを進んでいたコンテナ船 T-521であった。ホログラムの上で、コンテナを満載した巨船が巨体を傾かせた。



T-521は、左舷から浸水しながら、空気の抜けた浮き輪の様に急速に浮力を失っていった。船に山積にされた色とりどりのコンテナが海面に突っ込んでいった。


「?!あ、あれはなんだ?!」


ミカが右手でホログラムを指差す。


「えっ……!!」


アブドゥルは、前を見て表情を硬直させた。そしてそれは、他のクルーも同じだった。漸く彼らは気付いた。海面下に潜む〝何者か〟の存在に……この惨事の元凶、恐るべき海の魔物に。


ホログラムには、船体を大きく傾かせて、コンテナをまき散らして沈んでいく輸送船と、船体に絡みつく〝腕〟を見た事で。


その〝腕〟は、ある種の深海生物の様に白く、幾つもの吸盤らしきものが表面についていた。そして、先端は、尖っていた。


まさにそれは、触手。


深海に潜む巨大な海洋生物というものを連想させるものであった。


「生き物、なのか……?」


アブドゥルは、無意識のうちに呟いていた。


「あ、あり得ない。デカすぎる。」


副長が彼の一言を否定した。その声色は、信じられない。という感情がにじみ出ていた。他のクルーも同様に現実を受け入れる事が出来なかった。


眼の前で起こっている自体が現実だと認識する事を拒否していたといっていい。


そんな彼らを翻弄するかの様に薄暗い海面を突き破って白い触手が次々と現れて、T-521の残骸に絡みついていった。



「嘘っ……!」


「こちらT-534!!なんだあれは!ティタノセピアか?!デカすぎる!」


「お、俺は悪夢を見てるのか……現実なのか……!」


「海上警備に連絡を……」


通信機からは僚船からの悲鳴のような通信が吐き出されている。慌てふためく人間達と異なり、各船を制御するAIは、現状を極めて正確に把握していた。


船の正面モニターには、T-575とT-521が喪失した事と、それらのクルーへの脱出を促す警告が通信で流されている。手近な船への救難信号も発せられている。


呆然とする船のクルー達の前で、数本の触手は、T-521船体に絡みついて、その巨体を海中へと引きずり込んでいく。


ホログラムに表示されたそれは、中世ヨーロッパの船乗りを震え上がらせた、船を襲う怪物 クラーケンが恒星間文明時代に蘇ったかの如き光景だった。数分後……T-521の船体は完全に海面に没していた。


同じ様に海面下に潜む、〝何か〟の触手の群れも姿を消した。残されたのは、僅かに残った漂流物とオレンジ色の救命艇。



「……2隻のT型輸送船が沈むなんて。」


「こちらT-554!……T-521のクルーの救出を行う……」



「総員警戒!<ボーフォートⅡ>から警備隊が来るまで持ち堪える。T-521の連中は、T-554に任せるぞ」


絞り出す様に髭面の船長は、クルーに命令する。

彼自身、命令を下すという職務に集中するしか、この状況で平静を保つ術を知らなかった。


「了解!」



「……はい!」


「ソナーに反応は無いか?あの怪物はどこにいる?」



「分かりません!船の残骸の出すノイズが大きくて……こ、これは!」


「どうした?」


「船長!奴は、奴は、俺達の……っ来る!」


「総員衝撃に備えろ!くっ!!」


アブドゥルが指示を下したのと、T-575が激震に襲われたのは、ほぼ同時だった。

クルー達は、衝撃に揺さぶられた。


 その衝撃と共にソナーがまた反応していた。船のAIは被害警報を作動させた。

T-575 は、先程犠牲になった2隻と同じ様に船体に損傷を負っていた。


「全員無事か?」


「全員無事です!……他の区画に居る連中も無事みたいです!」


オペレーターは、何時もより大声で報告する。


「第3隔壁浸水!第4、第6もです。」


「左舷か!」


「……ユゼフより報告!輸送タンクに穴が!」


「くっ!」


「うわあっ!!」


 再び揺れが彼らを襲う。AIからの被害報告は、この船が、船としての機能を間もなく喪失する事を教えていた。


「船長!どうします?!この船は……」


「……」


「救命艇だ!全員早く脱出しろ!他の区画に居る奴らにも知らせとけ!この船を放棄する!」


黒い髭の船長は叫んだ。この船は持たない……何かよく分からない、海面下の見えざる手の下で破壊されようとしている。他の二隻と同じ様に。その未来を避ける術はない。クルー全員も知っていた。



「はい!」


「まっ、待ってくれマット!」


「くそっ!足がっ!」


「ロジャース!大丈夫か?!」


「!……負傷した奴を優先しろ!」


「は、はいっ!」


「……畜生!また船を失うとは……」


揺さぶられるブリッジで席にしがみついている船長の脳裏に別の惑星での苦い記憶が蘇った。


 彼が退去したのは、一番最後であった。


「…………」


数分後、T-571も船体を真っ二つに切断され、船としての機能を喪失した。幸運にも船長であるアブドゥル以下、クルーは全員脱出する事が出来た。


暫くの間、T-575 のクルー達は、救命艇の中で呆然と海を見ていた。


周辺の海は、5分前の平穏さとは真逆の状態になっていた。6隻の船の内、2隻は、未知の存在の攻撃で海中に没し、残る1隻も後を追いつつあった。



「……ばっ、化け物」



1時間後、彼を含む生存者は、付近の海上都市から発進した救難隊の飛行艇によって救助された。


 船隊を襲撃した白い触手を持つ〝何者か〟は無くなる事は無かった。


この事故が、後にこの惑星の海上で暮らす人々と社会に甚大な影響を及ぼすと知る者は、まだいなかった。

第3章はなるべく早めに更新したいと思います。

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