"元"天才勇者、熱弁する。
「ふっ!」
背後からの攻撃を、瞬時に振り返って受ける。
「なっ」
これはまさか受けられると思っていなかったのだろう、ウィアレルの顔が驚愕に歪む。確かに、策は完璧だったし、攻撃も冷静だった。S-200から展開される攻撃としては申し分ない。しかし、いくら自分の肉体の気配は消せても、剣の気配だけは消しきれなかったようだ。風圧で、感じることができる。
......何となく、こいつの特性が分かってきたぞ。
俺は受けた剣の重心を一気に上にずらし、一気にウィアレルのバランスを崩した。それにウィアレルが対応しきる前に、その喉元に剣を突き付ける。
「......参りました」
ウィアレルが、剣を下ろす。それを見て俺はウィアレルに手を差し出し、その体を引っ張りあげた。
「ふむ。なかなか、悪くは無い。S-200をあそこで起動したのは冷静な判断であったし、跳躍の弱点をうまくカバー出来ていた。マルチな戦いが得意なんだな」
「......でも、負けました。セルティアさんに、1回も魔法を出させずに」
ほう。なるほど。ウィアレルとしては、この戦いは満足のいかないものであったか。
それもそうだろう。俗に言う熱戦は、両者が魔法と武器を交差させ、均衡したレベルで長期戦に及ぶ戦いを指す。
ウィアレルは俺が魔法を使わなかったことを、『魔法を使うまでもない相手』だと解釈されたと思い込んでいる可能性がある。
今ここでこの考えを訂正してもいいが、まだその時ではないだろう。俺が魔法を使えないと知ったら、ウィアレルは俺と旅をする気が失せてしまう可能性がある。
「......でも、S-200って、何ですか?」
「ああすまん、お前で言うSide Divingのことだ。俺は魔法を展開する時間を少しでも短くするために、魔法を番号付けしているんだ。やたら長い魔法名は、唱えているだけで相手に隙を見せることに繋がるからな」
「な、なるほど!......あれ、でもそれって、先代勇者のフィウス様のみが使えた、高度な技術ですよね?魔法名を改名するって、相当な魔法レベルが必要な筈ですよ?」
な。
ど、どういうことだ。
なぜ、そんなことになっている?
「改名自体は、全く難しくないぞ。自分自身が深く思い込むだけでいいんだ。前の名前は忘れて、深く、深く思い込む」
「深く......」
「そうだ。試しに"点灯魔法"で試してみろ」
「"点灯魔法"......あっ、"Light On"のことですね!」
「俺は......いや、フィウス様は、これを"L-1"番と呼んでいたぞ」
まずい。俺はもうフィウスでは無かったんだった。
俺は平民。魔法技師セルティアだ。
「わかりました、やってみます!......"L-1"!」
その途端、ゆっくりと、ゆーっくりながらも、魔法陣が展開される。
......いくらなんでも、魔法の展開が遅すぎないか?
1度はひやりとしたものの、10秒後には、ウィアレルの手の平の上に小さな光が現れた。
「す、すごい!出来ました!」
「そうだろう。思い込みさえすればそんなに難しいことじゃない。もう一度やってみろ」
展開が遅かったのは、慣れていないからだろう。魔法は、何度も繰り返し行うことで初めて自分に身につく。
「もう一度、ですか」
「? なにか問題でもあったか?」
「いえ......何でもないです。"L-1"!」
もう一度、魔法陣が展開される。
速度は......前よりも、遅くなっている?
「......待て。一旦ストップだ」
俺はパンっと手を叩き、ウィアレルの意識を魔法から遮る。
「ウィアレル、お前、集中出来てないな?」
「......ごめんなさい、俺、集中できないんです」
「...........は?」
「だから、集中できないんです。何事にも、すぐ他のことに目がいってしまって......それで、父にも見放されました。俺に剣術を教えてくれたのは、父でした。父の剣筋は綺麗だった、美しかった。実際、父に剣を教わった人達は、みるみるうちに上達していきました。でも、俺だけは......何度父に教わっても、頭では理解していても、集中出来ないから、身につかないんです。集中したくないわけじゃない、俺だってそりゃあ、剣術うまくなりたいですよ。父みたいになりたいって、何度思ったことか。でも、何故か、何かが俺を邪魔するんです。なんなんでしょうかね、俺もよくわかんないです」
ははっと、ウィアレルは乾いた笑いを浮かべた。
「父は、『お前は剣術を学ぶ気はあるのか!』と何度も俺に問いました。その度に俺は『勿論です』と答えてました。でも、『もう嘘はつくな!』って、言われてしまって......家を、追い出されました。『俺から学ぶ気がないなら、せいぜい自分で学ぶがいい』って」
「だから、俺に武器について聞いてきたんだな。ろくに準備もせずに追い出されたから、何も旅について知らなかった、と」
「そういうことです」
集中出来ないという悩みを持つ奴は、別にこいつだけじゃない。今まで俺は、そういう変わったヤツを何人も見てきた。頭のネジが外れてるような奴。
そいつらはどうしたかと言うと、自分自身で剣術や槍技を開発していた。オーソドックスな型が自分に当てはまらないなら、自分自身でその技術を改造すればいい。
だが、ウィアレルの場合__そういうのは、通用しなさそうだ。
というのも、本人は無自覚のようだが、ウィアレルは集中することが出来ている。
冒険者や騎士などに、集中力は必須だ。魔法を1つ展開するのにも、一瞬で周りの音を全て遮断するくらいの集中力が必要であるし、何より、戦いは集中出来ていないと、何度も相手に隙を晒すことになる。
その点、ウィアレルは先程の戦いに於いて、高速にS-200を展開していたし、勝ち筋を探る為に、自らの隙を潰せていた。高速で魔法を展開するのには、とてつもない集中力を要する。
と、いうことはだ。
こいつは、戦いとなった時に、とてつもない集中力を発揮している。
こういう何でもないリラックスした状態での魔法展開や、剣術の自主練となった時には、多分こいつはさっき本人が言った通り、集中できないんだろう。
__実践で学んでいくタイプだな。
前世の俺、先代勇者フィウスと同じだ。
だがしかし。こういうタイプは、こいつがただの冒険者ともなれば問題のない特性なのだが。
「それは、勇者サマにとっては治した方がよい特性だな」
「......分かってたんですね、俺が勇者だって」
「ああ」
こいつは恐らく、俺の子孫だ。
俺の、というか、先代勇者フィウスのだ。
「いつから、気づいてたんですか」
「名前を聞いた時から。その目を見て、確証に変わった」
ウィア・アレンドール・グレン。対して、フィウスの本名は、フィリア・ウラルリース・グレンだ。グレン家の人間は、神話の時代、初めてモンスターを倒したとされる勇者の血が流れているとされる。そして、モンスターの勢力が強くなると、グレン家の人間は旅に出、モンスターを倒さなくてはならないという使命を持っている。
ウィアレルが旅に出ているということは、今再び、モンスターが力を持ち始めているということか。
まあ、今そんなことはどうだっていい。
グレン家の人間は、透き通った青い瞳を持っている。
広い、海のような。深く濁りのないその瞳は、グレン家の証とも言える。光を受けるとキラキラと輝きを放ち、いつもどこか、未来を見つめている__そんな風に表現した人もいるくらいだ。確かに、前世で瞳は俺の少ない自慢でもあった。
それと同じ瞳を、彼は持っている。
「......知られたく、無かったなあ」
「...........なぜ?」
「俺、弱いでしょ?ろくに集中もできないし。だから、色んな人に言われてきたんです。そんなんで勇者なら、この世は終わりだな__って」
彼はそう、悲しげに笑った。
その声が、その笑顔が、あまりにも悲痛で__
「ウィアレル」
「あ、いきなり、会って初日なのにいきなりこんなこと言われても困りますよね、忘れてください」
「ウィアレル」
「俺、ちょっと今日おかしいみたいで。ごめんなさい、忘れて」
「ウィアレル」
「......はい」
震えるその手を、そっと握る。
今まで、『勇者なのに__』という言葉を、何度もぶつけられてきたのだろう。彼はもう、疲れきった表情をしていた。
「先代勇者フィウスだって、今でこそ天才天才言われているが、実際、元から天才だったわけじゃないんだぞ」
「......え?」
「フィウスも、悩み事のひとつやふたつはあった。しかし、今なぜ彼が天才って言われているって、それはその悩み事を全部解決したからなんだ」
「それは、そうかもしれません。でも、俺は__」
「誰だって、乗り越えなきゃいけない壁はある。その壁を、無理に1人で登る必要はないってことだ。今日から、俺とお前は、その......仲間、じゃないか。俺は、お前が勇者だって、特別扱いするつもりはない。別に、出来なくたって、責めたりしない。俺がお前と一緒に旅したくなったのは、お前に隠された潜在能力の高さに、目を引いたからだ」
「潜在能力......」
「お前は、どこまでだって伸びる。俺が、保証する」
震える手を、強く握る。
彼は、青い表情で、俺の言葉を噛み締めるように、ゆっくりと理解しようとしている。
今は、理解できなくたっていい。後々、彼が輝くのを、助けたい。
俺は影でいい。1度輝いたからこそ分かる知識を、彼に、渡したい__!!
「......ふっ、あはは」
彼は、ふと口角をあげた。
「な、なんだ」
「あはは、あっはははは!!」
折角人がいい話をしてやったというのに、なんだそれは。
彼はひとしきり腹を抱えて笑った後、俺に向き合った。
「やっぱティアさん、面白い人ですね」
「なっ」
「出来損ないだって言われてきた俺にそこまで言ってくれた人、初めてです。なんかちょっと、勇気出ました。ありがとうございます、そうか、もう俺は、1人じゃないんですもんね!」
顔が、熱くなっていくのを感じる。
勢いのままに言ってしまったが、俺はなんて小っ恥ずかしいことを......!
「よろしくお願いしますね、ティア師匠!」
セルティアさんからティアさんになり、いつの間にかティア師匠になっている。
俺はこいつと、やっていけるのだろうか。
To Be Continued!