"元"天才勇者、その正体。
翌朝。
俺はリズとグレイを連れて、鍛冶場の前に来ていた。
鍛冶場の鍵と、ボンベ5つ分の医療用魔力を貰い、それをグレイの収納魔法の中にしまっている。流石に1人じゃ持ちきれないからな。
鍛冶場の鍵を貸してもらうにあたって、約束事項が4つあった。
・他人に渡さないこと
・破棄しないこと
・鍵を持たない人を鍛冶場に入れないこと
・外へ持ち歩かないこと。フレイムハイを出る時は必ず鍵を衛兵に返すこと
鍵を無くすと罰金だそうだ。恐ろしい。
因みに、モンスターは出入り可能だそうだ。だそうだ、というよりかは、出入り可能に俺がした。前世の俺がな。
錆び付いたドアノブに軽く油を挿してから、鍵穴に長い鍵を差し込む。かたん、という子気味の良い音が響き、ほんの少し扉が開いた。
「グレイ、点灯魔法の発動準備を」
グレイは頷いて、魔法の展開を始める。いくら朝早いとはいえ、中は恐らく真っ暗だ。電灯だって何年も交換していないだろうから、切れていてもおかしくはない。
「ほら、リズも起きろ」
「ん......まだ朝だよ......?ハムスターは夜行性なんだよ......」
「昨日あれだけ明日は朝から働けと言っただろうが。ほら、起きろ」
強引にポケットから引き摺り出すと、リズは寒そうに身を震わせた。
「冬だよ......冬眠の時期だよ......?」
「人に飼われたハムスターは冬眠などする必要はない。ほら、行くぞ」
ドアは、嫌な音を立てながらゆっくりと開いていく。
グレイは準備していた点灯魔法"L-1"を発動した。
案の定、中は恐ろしく暗い。グレイの明かりを頼りに、電灯のスイッチを入れると。
「だんなぁあああああ!!!!!」
「フィウスのだんなぁああああ!!!!」
明るくなると同時に、飛びついてきた影が2つ。
「一体今の今までどこいってたんすかぁ!!!おら、心配で心配で仕方なかったっすよぉお!!」
「ほ、本当にフィウスの旦那か......?お、おら、夢でも見とるんやなかろか......」
前世の知人、いや、知ハムスターの2匹。やはり残っていたのはこいつらだったか。
鍛冶場ハムスターは視力がとても低い。そのため、人を見分ける時は魔力波で感知する。フィウスとセルティアの魔力波はとても似ているどころか、ほぼ同じだ。よくよく調べれば多少は異なるものの、鍛冶場ハムスターにその違いを見分けるだけの能力はないため、迷いなく俺をフィウスだと認識したわけだ。
「久しいな、センヤ、メルド。残っているのはお前らだけだったか」
「そうっすよぉ!フィウスの旦那がこっちに来なくなって20年くらい経って、だんだん来る人が減ってったっす!それに伴ってハムスターたちも皆死んでって......おらたちの目の前で......みんな......」
「結局残ったのはおらたちだけで、衛兵も来ねくなっちまって、機械整備もおらたちだけでやっただ。でも、旦那の資料はちゃんと2人で誰にもバレないように守り切っただ!」
「そうか、それは苦労をかけたな」
目の前で誰かが死ぬのは、自らの死よりも恐ろしい。同族だと尚更だ。200匹のハムスターが目の前で次々に死んでいくのを見て、相当辛かっただろう。
「俺の用事が済んだら、また新たなハムスターを用意するよう王に言っておく。鍛冶場の利用者も増えるよう、こっちから手回ししておく」
「ほんとっすか!?さっすがフィウスの旦那ぁ!」
「フィウス......?」
終始話を聞いていたリズが、ここで初めて声をあげた。
グレイも、不審げに俺と2匹のハムスターを見ている。
「ねえセルティア、フィウスの旦那ってどういうことよ?あんた達は元々知り合いだったの?それに、この薄汚いハムスターとフィウス様に何か関係があるわけ?」
グレイも同意するように頭を激しく上下にふる。
グレイも、リズでさえ、俺がフィウスの転生体であることは知らない。
ここは1つ、すっとぼけてみようか。
「何を言ってるんだ、リズ。俺は前勇者、フィリア・ウラルリース・グレンの転生体だぞ?昔に言わなかったか?まさか忘れたとか言わないよな?」
「......はっ?」
言ったことなどない。
俺の正体を明かしたことなど、この世界では1度もない。
さあ、どう出る?
「ひっ、人違いよ!あたしじゃないわ!聞いたのなんて、今が初だわ!冗談もほどほどにしてよね!」
おっ。
流石だな。騙されないか。
「っていうか、何を罰当たりなこと言ってるのよ!フィウス様の名前を冗談に使ったら、祟られるわよ!」
「じゃあ聞くが、何故今まで気づかなかった?フレイム杯でも、今まででも、俺は20000番以降の魔法を軽々唱えてきただろ。20000番以降の魔法を唱えられるのは歴代勇者だけだ。なのに何故、魔力が0のはずの俺が、一発本番で魔法を成功出来た?何故俺は、魔力が0なのに、こんなに魔法に詳しいんだ?」
「......それ、は」
言葉に詰まるリズ。
人間にバレなければ、俺の正体は誰にバレてもいい。人間は、やったら俺の事を過剰に崇拝しているから、バレたら動きにくくなって大変なことこの上ない。が、モンスターは俺を恐ろしい存在だと認識するものが多いから、知られたことで何の問題もないのだ。
「......あのお、旦那ぁ、そのハムスターは?」
「ああ、こいつはリズだ。とんでもない魔力を持つから、鍛冶の要員に連れてきた。センヤ、メルド、色々教えてやってくれ」
「了解したっす!」
「任せてくだせえ!」
リズを近くの机の上に下ろし、ついでにセンヤとメルドも一緒に置いておく。
一緒に、予め持ってきていた食パンを1切れ、そのまま机の上に置いた。
「3匹で分け合って食えよ」
「うわああ!!!流石っす、フィウスの旦那ぁあ!!」
「ほんと......ありがてえっす......ありがてえ......」
まだ固まっているリズの腹をそっとつつき、「お前も食っておけよ」と言っておく。
「内部の点検に行ってくる。リズに色々話してやれよ」
「分かってるっひゅ!」
「食いながら喋るな」
全く、食い物のことになるといっつもこうだ。
前世でも、こいつらの食べ物への恨みは凄かった。
__「セルティア!」
歩き出した俺を呼び止める声。リズだ。
「......アンタが本当にフィウスの転生体なんだとしてもさ、」
リズはいつもより低い声で、呟く。
「アンタがセルティアなことには変わりないから。落ち着いてるように見えて実は怖がりで、頼れるようで頼れない、魔法技師のセルティアであることに変わりはないから。アンタへの態度を改めるつもりはないからね?これから、フィウス様って呼ぶつもりもないからね?」
...........。
実に、リズらしい。
こういう返しの言葉を、俺は待っていた。
フィウスの人生が嫌で、決意した転生の道。なぜ、転生してまで天才勇者と呼ばれなければならない。
「......分かってる。ありがとな、リズ」
「な、何がよ?」
「何でもない」
__リズ、ありがとう。
いつも、文句を言いながらも傍にいてくれて。
俺のことを、良く分かっててくれて。
再び歩き出した俺の耳に、魔法を展開する音が響いた。
グレイが、ひとりでに"Z-342"を展開している。テレパシーで自らの想いを他人に伝える魔法だ。モンスターは通常人間の言葉を話すことが出来ないので、この技が使われることが多い。
「......ついて行っても?」
「ああ」
恐る恐る、といったようにグレイは言葉を発した。
「あの、ティくん」
「何だ?」
「......実感が、湧かない。だから、もう一度聞く。本当に、フィウス様なの?」
モンスターらしい片言。
実感が湧かないのも頷ける。いきなり、前世で最強勇者でしたーなんて言われて、素直に受け入れられる奴はそうそういない。
「証拠を見せてやろうか?」
そう言えば、グレイは首を傾げた。
「この鍛冶場には、フィウスとその時の関係者しか知らない隠し倉庫がある。恐らく、センヤとメルドも知ってるな」
だんだんと暗くなってくる廊下に、グレイが更に光を強める。多くの機械が立ち並ぶ細い廊下を抜ければ、一段と広い大広間に出た。何も無いこの空間からは、通常8種類の倉庫に繋がるが、俺が内密に開発していた機械の設計図を封印した9つ目の隠し倉庫にも繋がっている。今回は、前世から開発していたその機械を造る。
「ウィアレルには内密にしてろよ?」
そう言ってから、持っていた小型ナイフで左指の腹を割く。燃えるような熱さが指先に走り、血が溢れ出した。
「だ、駄目です」
「ほんの少しだけだ」
指先から溢れ出した血液を、第6倉庫と第7倉庫の間の壁に押し付ける。
「"S-20009"、"S-2"」
唱えれば、指の腹から多量の血液が飛び出して壁の一角を縁取った。
そして、ここからが問題だ。
『暗唱番号を答えよ』
音声が、どこからかそう言い出す。この暗唱番号、徹底的に長くした記憶がある。しっかり覚えているだろうか。
「......188、650777814861597、......なんだっけか」
不味い。
飛んだ。しかし、ここは突っ切るしかない。
「02040298914761、......95538747」
どうだ。
いけたような気もするが。
『暗唱番号が違います。排除モードに入ります』
「ま、待て!本人認証モードに切り替えろ!」
排除モードも、俺が考えたからくりだ。超ハイレベルなモンスターを何体も召喚し、殺す勢いでその場を追い出す。そこまでして守りたい資料だ。
『本人認証モードに切り替えます。名前を言ってください』
「フィリア・ウラルリース・グレンだ」
『ウラルリース様の認証コード、検索中......一致しました。それでは認証を開始します』
ここからが正念場だ。ここで少しでも間違えれば、グレイ諸共生きては帰れない。
そしてここからは、言語が変わる。俺が15歳の時、完全オリジナルで作った言語で、解読出来る者は俺の他に東雲と春宮だけだ。
『Omoiho-Newagiwako?』
「......Oo」
__お前は、人間か?
__ああ。
『Newagiwa-Ta-Mawasutou-Na-Dachiro-Go-Sukeko?』
「Newagiwa-Ho-Keroedo」
__人間とモンスターのどちらが好きか?
__人間は嫌いだ。
『Hozemeta-Seeka-Shito-Mohauho?』
「"L-57"do」
__初めて成功した魔法は?
__"L-57"だ。
『Mattama-Sukeno-Mawasutouho?』
「Mawasutou-Ho-Darima-Anozedo」
__最も好きなモンスターは?
__モンスターはどれも同じだ。
我ながら雑な言語だ。ちょっと頭がキレる人なら、直ぐに現代語訳出来る。
だが、過去の回答と一語でも違えば、一瞬で奈落の底だ。
これこそ全部合っていると信じたいが。
『認識中......確認しました。おかえりなさいませ、ウラルリース様。50年以上ログインが無かった為、情報を更新します』
「いや、今はいい。それより、9番倉庫の入口を開いてくれ」
『了解致しました。しばらくお待ちください』
どうやら合っていたようだ。不安な部分もあったので、少しの安心。
「どうだ、グレイ。実感が湧いたか?」
「暗唱番号、間違えた」
「言うなよ......」
仕方ないだろう。あんな長いの、覚えられる方がおかしい。
「あの言語って、フィウス様が作った、あの伝説のフィウス語?」
「伝説のフィウス語って何だよ。まあ、俺が作ったことには違いないな」
「みんな、言ってる。伝説のフィウス語って。情報を仲間と共有する時に使った、伝説の言語だって」
ダサすぎる。
フィウス語ならまだしも、その前に『伝説の』がついているのが邪魔すぎる。
「フィウス語、初めて聞いた。感激。やっぱり、フィウス様なんだね」
目を輝かせたグレイは、俺の足元に頭を擦りつけてきた。
「フィウス様、憧れ。かっこいい。会えた、嬉しい。一緒に旅してる、嬉しい」
モンスターの片言でストレートに言われると、ちょっと照れくさい。
「過去にお前の同族を殺して回ってたんだぞ?」
「関係ない。フィウス様、伝説の勇者。凄い」
「これから、ウィアレルと一緒にお前の仲間を殺すかもしれないのに?」
「いい。フィウス様、ウィアレルくんを支えてる。自分の仕事、終わったのに、子孫の手助けしてる。優しい。偉い。凄い」
片言度が増した。
人間に褒められるのと、モンスターに褒められるのだったら、断然モンスターだな。人間は、本心かどうか分からないことまで言ってくるからな。素直なこいつらに言われると、断然嬉しい。
『第9倉庫を開きました。どうぞ、お進みください』
音声が聞こえてきて、かたん、と鍵の外れた音がした。指から溢れた血を軽く吸って吐き出してから、床のタイルの1面を叩く。
この叩く位置が少しでもずれていれば、モンスターに襲撃される。それほど、厳重に保管しているのだ。
位置は見事に正解していたようで、叩いた部分が轟音を立てながら開いていく。
「第9倉庫は地下だ。行くぞ」
「......うん!」
グレイが意気揚々と俺の頭の上に飛び乗ったのを確認し、俺は現れた泥沼に飛び込んだ。
......何故過去の俺は、こんなに汚い仕掛けにしてしまったのだろう。
To Be Continued!




