"元"天才勇者、失言する。
それから、時折医師たちが訪ねて来るようになった。
王の専属医師は暇なのか?と思うほどに、ほぼ毎日10時になると誰かが来、20時になると帰っていく。その10時間の間に、俺の食事を作り、身の回りのことをしてくれた。......まるで、執事か何かのように。
そりゃあ何度も断った。だが、意外に頑固だった。
時に白銀先生は、「僕がしたいんです!」と譲らなかった。
白銀先生、炎間先生だけでない。その同期である浅野先生まで、たまに顔を覗かせる。
先生達は、身の回りの整理が終わると、決まって俺の作業を手伝ってくれる。流石、頭がキレる人達だけあって、作業スピードは格段に跳ね上がった。
1週間が経ち、もう答えまではもう少しだ。
昼下がり。いつも通り、白銀先生と作業を進めていたところに、突如、甲高い電子音が響いた。
「......ん?」
「電話、ですかね」
これもまた、もともとこのマンションに備え付けられていた固定電話だ。誰にも電話番号を教えてもいないし、過去に住んでいた人へかけているつもりなのだろうか。
「出たほうが良いですか?」
「放っておいてもいいんじゃないですかね。セールスとかかも知れませんし」
「そうですね」
俺達は居留守を決め込むことにした。......が、その電話は止むことなく、延々と鳴り続ける。
「......流石に出ましょうか」
「そうですね、電話番号が変わったことを教えてあげた方がいいかもしれません」
重い体を持ち上げ、電話の受話器を取る。
「......はい」
「よう、セルティア」
思わず受話器を取り落としそうになる。その声は、紛れもなく、あの獣のものだった。
「切るぞ」
「まっ待て待て!!!俺が何回かけたと思ってる!!」
ギンギンした声が、受話器越しに俺の頭を刺激した。顔を顰めつつ、受話器を持ち直す。
「何故この番号が分かった?」
「俺を誰だと思ってる?そのくらい簡単に調べられる」
「......どんな手段を使ったんだよ?」
「いいじゃねえか、その辺は」
「表立った行動は控えろと言ったよな?」
「んな60年以上前の話なんて覚えてねえよ」
「っ、お前のことを心配して言っているんだッッッ!!!」
思わず、大声をあげてしまう。
後ろで、白銀先生が驚いた顔をしているのが嫌でも分かった。
「...........悪かったよ」
「いや、こっちも突然声をあげて悪かった。で、なんの用だ?」
「......私ヤナギさん。今あなたの家の前にいるの」
「きもっち悪ぃわ。俺ん家の前ってどういうことだよ?」
「直接渡したいものがあるんでな。今出てこれるか?」
「今?」
白銀先生の方をチラリと見、俺はまた受話器を持ち直す。
「構わないが」
「じゃ、待ってるからな」
「っ、おい!」
無遠慮に、通話が切断される。はぁ、と大きくため息を付き、受話器を置いた。
「すみません、旧友でした。近くに来てるらしいので、ちょっと行ってきます」
「分かりました。行ってらっしゃい」
白銀先生は、俺が叫んだことに対して触れることなく、笑顔で手を振った。
それが、何より有難かった。
ブルーハットで寝癖を誤魔化し、ローブを羽織って出てみると、外はもうすっかり冬景色であった。フレイムハイに着いたときも少し肌寒い気はしたが、俺が家に篭っている間にどうやら雪が降ったらしい。雪掻きされた後なのだろう、道の端に積もった雪が光を受けて輝いていた。
「よっ。どーも」
「......マジでいやがる」
「俺は嘘はつかない男だ」
そう言って、東雲はふっと笑った。
白狐元族の特徴である美しい耳と尾は、俺が前世に作ったバンダナで自然に覆い隠されている。傍からみれば人間にしか見えないが、よくよく見てみればその白い手には薄ら毛が生えているし、呼吸だってしていないのだ。
「まだそのバンダナしてるのか。もうボロボロだろ」
「誰が捨てられるかってんだ。こんな便利なもん、2つとねえ」
もう何年も前のものだ。耳や尾を隠すだけでなく、そこから自然に溢れている独特な魔力波をも隠蔽する、一種の魔道具。材料も高価で、制作にも高度な技術が必要な為、今の俺じゃ到底作れない。春宮なら作れる可能性はあるが、山暮らしの彼らにそんな金はない。
「で、わざわざ俺を呼び出して、何の用だ?」
「そうだったな。ほら、これ」
東雲は空中に手を伸ばし、1本の剣を取り出した。
収納魔法"S-19997"。ハイレベルな魔法使い系が使える、空中に物を仕舞うことのできる魔法だ。
「剣、か?」
「リンク戦でお前の銃剣ぶっ壊れたろ。もし今リンクが攻めてきたら、お前は素手で挑みにいくつもりなのか?」
すっかり忘れてた。
そういえば、あの時は無我夢中で、サウンドドラゴンの討伐に銃剣を差し出したのだった。魔法が使えない今、素手で挑みにいったら、殺してくださいと言っているようなものだ。
「助かる、有難い」
「感謝しろよな?お前なら見ればわかると思うが、相当上質な材料使ってるから、多少雑に扱ったところで壊れない。魔力は入ってねえが、それなりの威力は出るように打ったつもりだ。今のウィアレルの魔剣くらいの力は出るんじゃないか?」
確かに。鞘から抜いて見れば分かる、その質の良さ。魔法が入ってないとは到底思えない。少し触っただけでも、指先が簡単に裂けた。
「凄いな、これ」
「だろ?俺とレイナの最高傑作だ。同じ形状の剣を勇者サマ用にも作ったぜ。相当魔力を入れたから、最弱って言われてるウィアレルには難しいかもしれないが、そこはお前が指導してやれよ?」
「......有難い」
持つべきものは優秀な友だな。ウィアレル用の剣を軽々と持った東雲は、悪戯っぽく笑った。
「......と、ここで、勇者サマのお帰りだぜ?」
「はっ?」
東雲はそう言って、自らの後ろを指さした。......装備をボロボロにしたウィアレルがこちらへ歩いて来ている。
「なっ、東雲っ」
「ほーら、お前がそうやって焦るから余計不自然に見られるだろーが。今の俺はパッと見人間だぞ?普通にしてろよ」
東雲は俺を嘲笑うように言った。そうやって余裕かましてるから60年前にも危険な目に遭ったのに、学習しないな。
「......あっ、ティさん!!」
「ウィアレル。帰ってきたのか」
「はい!言われたもの全部、集めきりましたよ!!」
おお。
正直予想以上だ。まさか1週間で全部集め切ってしまうとは。
思った以上に、コイツは勇者としての素質があるのかもしれない。ちょっと上手く出来なかっただけで最弱と呼ばれ、自信を無くしていた頃の面影はもう無い。
「随分早かったな」
「すっごい頑張りましたから!!褒めてくださいよ!」
「ああ、良くやった」
「......まさか本当に褒めて貰えるとは」
「なにか言ったか?」
「い、いえ!何でも!ティさんなら絶対に照れて褒めてくれないだろうなとか思ってませんよ!思ってません!」
「全部口に出てるぞ」
露骨に顔を顰めれば、東雲が腹を抱えて笑っていた。
「おまwwwwもうwww笑いがwwwwwデレ期のセルティアwwwww」
「ざっけんな」
「てぃ、ティさん、そちらは?」
「あ、どーもwwwwwセルティアの旧友の東雲ですwwwww」
笑いながら喋るな。
全く、コイツはスイッチが入るといつもこうだ。
「そうだ、折角だから直接渡すか!ほら、受け取れよ」
パッと切り替えた東雲は、持っていた剣をそのままウィアレルに手渡した。
「これは?」
「セルティアの注文を受けて作ってたんだ。相当レベルの高い魔剣なんだが......なんだ、それだけ魔法レベルが高いなら問題なく扱えるだろ」
「......俺の魔法レベルが分かるんですか?」
「見りゃわかるよ。何人も魔法使いを教えてきたから、経験上な」
さらりと嘘ばっかり吐きやがって。
俺は注文などしていないし、コイツは魔法使いを教えた経験などない。コイツが魔法レベルを当てられたのは、白狐元族特有のスキルによるものだ。
「ま、なんか分からないことがあればセルティアに聞けよ。なんだかんだ言って頼れる奴だから、さ」
「あ、ありがとうございます!......うわっ、なにこれ凄いっ!」
感激の声をあげるウィアレルを横目に、東雲は俺に向き直った。
「で、解読が難航しかけているお前に更なるプレゼントだ。ほら」
「......これは?」
「お前はリンクが安定性の高い魔法陣を使っていると踏んでいたようだが、実際リンクは不安定な魔法陣を使っていたんだ。その証拠に、ほら、見てみろよ」
「......普通の土の下に、火山灰?」
「そうだ。火山灰に魔力は通りにくい。学生の基礎知識だぜ?」
東雲が俺に手渡したのは、あの村の地層を横ばいに書いたものだ。少ないボーリング資料では解読出来なかった部分が、東雲の字で書き足されている。
過去に火山の噴火でもあったのだろうか。複雑に積もった火山灰の上に、どこからか引っ張ってきた土が盛られている。恐らくこの土は、村の住民が、この土地に住むにあたって敷き詰めたのだろう。
だからか。道理で計算がどうやっても完成しないわけだ。
......だが。
「不安定な魔法陣を使っていたとして、じゃあ何故こんなに土への染み込み方が一定なんだ?」
「リンクの計算だよ。リンクが、この土地を攻める前に地層を調べたんだ。この土地は火山灰が不安定な形で積もっている。それを利用して、不安定な魔法陣を火山灰に沿わせて展開したんだ。普通の土の部分に魔力は多く染み込み、やがて火山灰に到達するとその魔力は途絶える。リンクが魔法陣を展開したのは......ほら、ここだ」
東雲は一点を指差す。そこには、火山灰が複雑にうねりながら体積していた。
「リンクは恐らく、自分の魔法陣の特色を知ってたんだろう。だから、それを利用して、自分の特色に合わせてうねっている箇所を選び、素早く魔法を展開したんだ。フィウスでもない限り、安定魔法陣であんなに早く魔法を展開するのは無理な話だからな。何かあった時に直ぐに逃げられるよう、準備に準備を重ねたんだろう」
頭の中で何かが繋がったような気がした。
そうか、リンクは策士だ。そこまで考えていてもおかしくない。
流石、知能の高い獣は違うな。そう考えれば、全ての考えに裏付けができる。
「見落としていた。相変わらず流石だな」
「フィウスには及ばないよ」
どこか意味ありげな目線で、東雲はふっと笑った。
コイツ。あとでシめる。
「じゃ、そういうことで俺は行くよ。たまにはこっちにも文寄越せよ」
「分かってる。助かった」
「あっ、剣、ありがとうございます!」
慌ててウィアレルも東雲に頭を下げた。東雲はそれを見て、にやりと笑うと、
俺に向かって拳を思いっきり突き出した。
「っと。避けられるか」
「遅いぞ。不意打ちならもう少し器用にやれ」
「今なら勝てると思ったんだがな......」
「お前が俺に勝つのは無理だ」
コンマ1秒の間の出来事。ウィアレルは何が起こったのかが分かっていない様子で、「え?え?」と俺らを戸惑ったように見ていた。
「今回は出直すよ。次は絶対、一撃入れてやるからな」
「この体でも、物理ならお前には負けねえよ」
「そんな余裕のセルティアくんをボコすのが将来の夢ですどうも東雲くんです。じゃ、首洗って待ってろよ?」
東雲は悪戯っぽく笑うと、颯爽と去っていった。
「......誰なんですか、あの人。只者じゃないですよね」
「旧友だと言っただろ。まあ、只者じゃないのは確かだな。ちなみに、サウンドドラゴンを倒したのもアイツだ」
「え?サウンドドラゴン倒したのって、ティさんじゃなかったんですか?」
......しまった。
あいつのせいで、とんだ失言をしてしまったじゃないか。
To Be Continued!




