"元"天才勇者、やけになる。
『フィウス 改めセルティアへ
お前のことだからあの男の魔力でも解析するんじゃないかと思って、あの村の簡単な地図を用意したが、不要だったか?
たまには文を寄越せよ。
それと、あんまり新しい勇者様に無理をさせるなよ。
東雲 ヤナギ』
その手紙は、定住生活を始めた翌朝に届いた。
端的に、必要事項だけ書かれたその手紙は、東雲らしさが溢れているといえる。
ウィアレルは、早朝すぐにソウルとグレイと共に旅立って行った。自信に満ち溢れた彼の顔に、不安そうに俺の武器屋を尋ねてきたあの時の面影はもうない。
東雲から送られてきた村の地図には、しっかりと等高線が引いてあり、ものすごく有難かった。等高線は、土を解析するにあたってとても重要になる。
流石、人類より知能が高いだけあり、俺の思考が読めている。
さて、俺も作業に取り掛かるとするか。
手元がどうも見え辛いと思って目線を上げると、もう夕日も沈んでいた。時刻は23:00を指している。
16時間も休憩無しでぶっ続けで作業していた。道理で頭痛が収まらない訳だ。
眉間を手で揉みつつ、腰を軽く回すと、思いの外激痛が走った。
計算用紙として使った紙の量はもう30枚を越し、その割に成果はあまり得られていない。
等高線とボーリング資料を睨みつつ再び鉛筆を握るが、もう何も書けなくなっていた。
土に染み付いた、邪心の篭った赤い魔力。土地の高さから魔力の染み付いている範囲を引き、割り当てた高さを比べてみても、A地点、B地点、C地点共に高さは誤差程度の違いしか無く、リンクの魔力の安定性が伺えた。
ただ、魔力が安定しているとなると、更に計算が複雑になるのだ。
T-9999の魔法陣。リンクが利用したのは、最もオーソドックスな型だろう。
魔法を唱えると自然に地面に描かれる魔法陣には、例え同じ魔法を唱えていたとしても、複数の種類がある。直線が多く、簡易的な魔法陣は、安定性が高いが、威力やスピードが出にくい。反対に、曲線と直線が複雑に混ざり合った魔法陣は、発動が難しく、失敗すると魔力が暴走して自分に被害が来ることもあるが、発動のスピード、威力共にピカイチになる。
リンクが使用したのは恐らく前者だ。
使用したのが後者であるならば、土への魔力の染み込み方が不安定になり、その分特徴を割り出し、心情を読み取る手立てとなるのだが。
前者は安定性が非常に高いため、土への染み込み方は一定になる。どの地点でも、顕著な違いは現れない。とても、面倒になってしまう。
恐らく、リンクは心情を読み取られることも観点に入れた上で、前者の魔法陣を敢えて展開したのだろう。
はあ、と大きくため息をつき、大きく伸びる。腰も頭も、悲鳴をあげていた。
だがしかし。スピードが勝負の心情読み取り。休んでいる暇はない。
再び鉛筆を持ち上げると、こんこん、という、控えめな音が響いた。
「誰だ?」
そう問うも、返事は帰ってこない。不審に思い、玄関の外に出てみると、一匹の鳥がこちらを見上げてきていた。
「......吸血ピジョン?」
鮮烈な赤色の長い尾。対象的に、青空のような青色をした腹。鋭い嘴。どれをとっても、吸血ピジョンそのものだった。
吸血ピジョンは俺へ向かって、器用に嘴で挟んだ1枚の紙を差し出した。
『新たに仲間になりました 吸血ピジョンのサワーです』
「......ウィアレルか?」
その、お世辞にも綺麗とは言えない字は、どう見てもウィアレルが書いたものだ。
吸血ピジョンは唖然とする俺の前で、器用に紙を反転させると、再び俺へ差し出した。
『今日は帰りません ウィアレル』
「......だろうな」
律儀に使いを送ってくるあたり、ウィアレルらしい。
「ウィアレルに、了解したと伝えてくれ」
吸血ピジョンのサワーは俺の言葉を聞き、飛び去って行こうとする。それを俺は「少し待て」と引き止めた。
「飲むか?炭酸水」
その言葉に、サワーの目が目に見えて輝いた。
吸血ピジョンは、血も勿論吸うが、それ以上に好きなのが、実は炭酸水なのだ。これは前世の俺が発見したことだが、どの個体も、炭酸水にはまず興味を示し、飛びついて一気に吸い込むのだ。
マンションの近くに設置されていた自動販売機なるものに金を投入し、炭酸水を選択。出てきた缶に、サワーは非常に興味を示した。
部屋に持ち帰り、コップに出してやると、サワーはすぐに飛びついて嘴を突っ込んだ。
「うまいか」
返事の代わりに、炭酸水を啜る音が聞こえた。
よくよく見ると、この吸血ピジョンもまだ子供だな。殺すのは忍びないと、ウィアレルが敢えて生かしたのだろうか。
サワーが炭酸水を飲んでいる間にウィアレルに差し入れでも用意してやるか、と、俺は台所に立った。
コンロ、水道、更にはまな板から包丁まで、全てが揃っているとは、流石すぎる。
今から作るのは、携帯食だ。腹持ちも良し、放っておいても3日は腐らない、といった優れもの。
いざ作ろうと、材料を手に取ったところで。
今度は、インターフォンが鳴った。
「今度こそ人間だろうな」
人間だと信じたいが。
いや、仮に人間だとしても、隣人の挨拶とかだったら余計面倒くさい。それだったらモンスターの方がいい。
肩を回しつつ、扉を開くと。
「こんばんは、セルティアくん。遅くにすみません」
「白銀先生......と、炎間先生?」
「よっ。覚えててくれたんだな」
私服姿の、医師陣2人。
毎度お馴染み白銀先生と、その旧友であり外科医の炎間先生だ。
「......取り敢えず、上がってください。散らかってますが」
「サンキュー。失礼するぜ」
「お邪魔します」
2人を室内に迎え入れたところで、ほんの少しの後悔。
投げ捨てた計算用紙が、あちらこちらに散らばっていた。
「す、すみません、すぐ片付けるので」
「あっ、いいですいいです!すぐお暇するので」
「......うわっ、これ全部計算用紙?すっげえな」
炎間先生が興味深そうに計算用紙をまじまじと眺める。
「しかも裏までびっしり書いてあんじゃん。えっ、√の計算とかやってんの?方程式もあるし。えっ、てかお前何やってたの?」
「少し、土壌の調査を」
「土壌の調査?......マジじゃん、ボーリング資料とかあるぜ」
「炎間、あまり人の家を漁るものでは無いよ」
「俺は別に構いませんよ」
別に、内容は見られて困るものでもないからな。
「セルティアくんは、今何をやってたところ?お邪魔だったかな」
「いえ、大丈夫です。今ちょうど休憩を挟もうとしていたところでしたので」
「そう?」
白銀先生はふっと笑うと、「僕も見ていいですか?」と、俺の計算用紙を覗き込んだ。
「何かやってる最中でした?僕らに構わずやっていて良いですよ」
「お言葉に甘えて」
俺は2人に軽く頭を下げ、台所に戻った。
もうとっくに炭酸水を飲み終わったサワーが、まだかと俺を見てきた。
「少し待ってくれ」
材料をすり潰して、こねるだけの単純な作業。
5分と少しで、1つ完成した。
3つくらいはあってもいいだろう、ということで、あと2つ作り終え、袋に包んでサワーに手渡す。
「ウィアレルに、くれぐれも無理はするなと伝えてくれ」
サワーは器用に袋を嘴で掴み、頷いた。
それを確認し、俺はサワーの小さな体を抱き上げ、部屋の窓の近くまで誘導してやる。
窓を開けてやれば、サワーは羽を大きく広げて飛び去っていった。
ふぅ、と息を吐きつつ、背後を振り返ると。
「......白銀先生?」
「......ごめんなさい、僕、鳥だけはダメで」
なんと。鳥恐怖症でした。
炎間先生の胸に顔を埋め、身を震わせていた。
「......大丈夫、あの時とは違う......大丈夫......」
しかも、訳ありっぽい感じで。
気にはなるが、聞かない方がいいだろう。
人が何か失態すると腹を抱えて笑う最低な男、炎間先生でさえ、ただ困ったように白銀先生の背を摩っているのだから。
「温かい飲み物でも、用意しましょうか」
「......ああ、頼む」
炎間先生は眉を下げて笑った。
3人分のコーンスープを用意し、机を囲んで皆で座る頃には、白銀先生の体の震えも収まっていた。
「......すみません、取り乱してしまって」
「いえ、気にしてませんよ」
恐怖症、トラウマ。そういうものは、俺にもある。事実、リンクを目の前にした時、俺の足は固まったかのように動かなかった。
「......てか、マジでお前すげえな。2人で色々考えてみたが、俺らには何が何だかさっぱり分からなかった」
コーンスープを啜りつつ、炎間先生がそんなことを言った。
『何が何だかさっぱり分からなかった』もの。恐らく、俺の土壌調査のことだろう。
そりゃあそうだろう。俺だけが分かればいいように、色々端折ったりしているからな。
「そんなに複雑なことはしていませんよ。原理だけ覚えれば、誰だってできます」
事実、そうなのだ。俺は、原理に乗っ取って計算しているだけだ。
ただ、『これがどの原理に当てはまるか』を考えるのが特別大変なだけである。
「ほら、これとか見てください。等高線と照らし合わせると、ここが直線になってるんです。だから、F地点とY地点は1つのものとして連立方程式が立てられるんですよ」
「......あっ!!本当ですね!!」
「じゃ、じゃあ、ここは、ここが直線になるから、」
「そうですね、そこも連立方程式が立ちます」
「......すげー!!」
子供のように目を輝かせる2人。
そうなのだ。この計算は、思いつきが大事なのだ。その思いつくまでが地獄なのだが。
「でも、√は何に使うんだ?」
「連立方程式で求まった答えと、魔法陣を照らし合わせる為です。魔法陣の線の長さって、大体直線のものだったら√6とか、√3とかが多いんですよ」
大学を卒業し、今では王の専属医師である2人に分からないはずが無い。
2人は、しきりに頷きながら、楽しそうに俺の話に聞き入っていた。
「これを繰り返せば、いずれ心情が読み取れるってか?」
「心情となるとまた更に複雑な計算が必要になりますが、出せないことは無いですね。俺が今出そうとしているのは、彼の進行方向です」
「進行方向?」
「はい。この世界の中心にそびえ立つ『ゼロの柱』を中心とし、そこからどの方角へ進もうとしているか。0〜1億の値なら北、1億〜2億の値なら北北東、2億〜3億の値なら北東、と言ったように、16方位で示せるんです」
あまり表で派手に活動することの無かった組織『リンク・レイン』。
恐らく、次もまた街を襲いに来るだろう。
街を襲う準備期間に、次にどこへ向かおうとしているかを割り出し、装備を整えることが重要だ。
リンクは慎重な性格。そんなに早く、行動はしてこないはず。かと言って、何ヶ月も時間がある訳では無い。
「......凄く、壮大だよね」
「ああ。俺らが一切関わってこなかった話だからな」
2人は、感嘆の声をあげて唸った。
こういうのは、本来警察などが連続テロの防止に行うものだ。医師が知らなくても、当然と言える。
「......でも、ここまで計算するのにも、物凄い時間がかかるはず。セルティアくん、ちゃんと休憩とってる?何時間作業してました?」
「休憩は今が初めてです。16時間ぶっ続けで作業してました」
「はっ?食事は?」
「昨日の夜からとってないです。あっ、でも平気ですよ。あまり食べない方ですし、2日に1回取れれば俺は充分です。ウィアレルが居る時はそうもいかないので、1日2回はとるようにしてましたが......」
「アウト。柊、寝かせろ」
「りょーかいです」
「......え?」
白銀先生は俺の腰に手を回し、軽々と俺の体を持ち上げた。
「えっ、えっと、あの」
「......軽いですね。軽すぎます。あっ、でも暴れないでくださいね。僕、そんなに力ある方じゃないですし」
いや、抜け出そうと思えば抜け出せそうな軽い抱え方だが、ここで抜け出せば色々面倒なことになりそうだ。ここは素直にされるがままになっておく。
そのまま寝室まで連れていかれ、そのまま布団に下ろされた。
その途端、視界がぐるりと一回転する。と同時に、吐き気が込み上げてきた。
「......ぅ、あ」
「どうした?気分悪い?」
「...め、が、......っ」
「目が回る?貧血かな......ちょっとごめんね」
呂律が回らない。どうしたんだ、急に。
わけも分からないまま、白銀先生に目の下を捲られた。
「うわ、かなり酷いね。顔色も悪くなってる」
「......えっ、と...........」
「16時間ぶっ続けで計算、なんていう無茶するからですよ?適度に休憩取りなさい。あと食事もちゃんと食べること。いいね?」
白銀先生の言葉を理解するのにも、やたら時間がかかる。
だが、前世は3徹でずっと作業していても平気だった。だが今は......
「......なん、で」
「ん?」
何でこんなに不便な体になってしまったのだろう。
何故、転生なんて馬鹿なことをしてしまったのだろう。
フィウスの体が、懐かしい。......あの頃に、戻りたい。
「セルティアくん」
いつの間にか震えていた手を、白銀先生の暖かい手が包む。
「大丈夫。1人で全部抱えないでください。僕も炎間も、居るじゃないですか。前に入院した時も、セルティアくん、全部自分で背負おうとして爆発してたじゃないですか。セルティアくんは、もっと人に頼ることを覚えてください。......ひとりじゃ、ないんですから」
「でも、......すぐに、やらなきゃ、いけないんです。時間が、ない、から」
「それは、セルティアくん1人でやらなきゃいけないことなの?さっき、セルティアくん言ったじゃないですか。複雑なことじゃないって。僕らに、手伝わせてくださいよ。ね?」
白銀先生はそう言って、俺の髪をそっと梳いた。
「今、セルティアくんの体が悲鳴をあげてるんですよ。少し休ませてあげましょう?」
自然に溢れた涙は、見ないふりをしてくれた。
優しい声に包まれるようにして、俺の意識は飛んでいった。
❀✿❀✿❀✿❀✿
「......ちょっと、いいかしら?」
「うわっ、!!って、お前、セルティアの喋るモンスター?」
「どーも。リズっていうの。ちゃんと覚えてよね」
リズは、セルティアの寝室から抜け出し、炎間の傍に寄っていた。
白銀はセルティアが寝ているの確認し、検温などの簡単な診療をしている。
「......なに作ってるのよ?」
「温玉雑炊。昨日の夜から飯食ってなくて、いきなりハードなものだと、胃に悪いだろうと思ってな」
「へえ。器用なものね」
「昔から、手先だけはな」
ふっと笑いながら、炎間はコンロの火を止めた。
「......なあ。セルティアって、何であんなに食わないんだ?旅では、どんな食事をしてた?」
「あたしも丁度そのことを話しに来たのよ。......セルティアは、幼い頃から兄達に虐待を受けてたわ。食事は1日1食、兄達の残り物がほんの少し。セルティアの両親はセルティアが2歳になる時には2人とも亡くなっていたから、誰もそのことに気づけなくて、挙句の果てに組織に売られてからは、食事は2日に1回。腐ったパンとか、飲みかけの牛乳とかを皆で奪い合ったそうよ。そして、そんなボロボロの体に、その組織のリーダーは性的暴行を加えたの」
「......性的、暴行?」
「兄に毎日殴られることの無くなったセルティアは、組織に誘拐されて少し安心したところもあったのかもね。とにかく犬のように従順だったのよ。それでリーダーに気に入られて、毎日のように性欲処理に使われたのね。幼い子供の体はほら、柔らかいから」
そこまで言うと、炎間は眉間を摘みながら唸り声をあげた。
そこへ、白銀が寝室から出てくる。
「セルティアくん、相当疲れてたんでしょうね。38℃の発熱です」
「......柊。アイツ、組織のリーダーに性的暴行を加えられてたらしいぞ」
「...........はっ?」
一瞬で意味を理解出来なかった白銀に対し、炎間はリズの言ったことを掻い摘んで話す。白銀の表情が徐々に曇っていき、最後には今にも泣きだしそうになっていた。
「そんな、ことが、あっていいの?」
「良くねえよ。だからアイツ、俺らを信用しねえんだよ、多分」
「そうね。組織から開放された後も、セルティアは兄達に地下に監禁されていたから、まともに食事は取れなかったわ。閉じ込められて1週間は何も食べないでただただ塞ぎ込んでて、やがて保存されてた漬物を細々と食べるようになったの。それでも、2日半に1回くらいかしらね」
セルティアの少食の裏にあったどす黒い事情。15歳の身にのしかかっている荷物が、あまりにも多すぎる。
「そんな生活が3年間続いて、やっと解放されてちゃんとした食事が取れるようになっても、セルティアは殆ど食べなかったわ。......いえ、食べれなかったの」
「......食べれなかった?」
「彼の中で、食事にはいい印象が無さすぎるのよ。組織では食べてすぐに腹を殴られて吐き戻したりとか、地下に閉じ込められてる時も、少しでも長く生きる為に空腹をずっと堪えてきたからね。食事に、トラウマがありすぎるのよ。彼の中で、食事と恐怖は、イコールで結びついているの」
沈黙が、訪れる。
炎間も白銀も、悔しげに拳を強く握りしめながら、どこか虚空を睨んでいた。
「......ゆっくり、少しずつでも、」
リズが、ゆっくりと口を開く。
「ほんの少しでも、アイツが食べてくれる日が来るといいわね。アイツが、食事を怖がらなくなる日が」
「......ああ」
「そう、ですね」
少し冷めてしまった雑炊を、再び火にかける。
15歳の子供が背負うは、あまりにも重すぎる過去。
__少しでも、僕らで代わってやりたい。
そう心に決めた、白銀であった。
To Be Continued!




