"元"天才勇者、懐かしく思う。
「みぃつけた」
聞こえない筈の耳に、その声はこびり着くように響いた。
「ずぅっと探してたんだよ?ソフィちゃん?」
「なっ...........」
組織『リンク・レイン』代表、ユーン・リンク・サースギアラ。
サウンドドラゴンの頭上に、静かに立っていた。
「ねえ、今までどこ行ってたの?なんで戻ってきてくれなかったのかな?ねえ?僕は、こんなにもソフィちゃんのことを愛していたというのに」
「う......ああああ」
全身から溢れ出る拒否反応。
そう、こいつは、俺が一時期縛り付けられていた組織の代表だ。
俺を散々実験し、その後に俺を何度も愛した。何度も、何度も。
勿論苦痛でしか無かったが、こいつに逆らうとどうなるか、濁った紫の目を見るだけで分かった。
紫の目は、独占の象徴。今も、俺のことを舐めるように見ていた。
リンクは、整えられた金髪を揺らしながら、口を開いた。
「ねえ、一緒にかえろ?ソフィちゃんのおうちは、こんな所には無いでしょう?」
「うああああああああッッッ!!!!!!」
絶叫が俺の口から飛び出す。
サウンドドラゴンが俺の体に向かって手を伸ばし、俺の体を軽々と抱き上げて......
「っ、!!!」
サウンドドラゴンの腕が、一瞬にして切断される。
「フィウス!!」
「な、なんですか、あなたは!」
サウンドドラゴンが大きくよろめき、リンクが焦ったような声をあげる。
「レイナ!!」
「分かってる!」
__空間を切り裂くように聞こえてきた、優しいメロディ。
暖かな歌声に包まれるようにして、雨が、降り出した。
「フィウス、無事か」
雨が、俺の体を打ち付けていき、みるみる俺の体を癒していく。
"癒しの雨乞い"。前世の俺も使えなかった秘技だ。
『白狐元族』。もう絶滅したと言われている、人と狐と狼と兎の血が流れる者のみが使える専用技。
そして俺は、その白狐元族としてひっそりと生き、戦闘能力に長けた人物を、2人だけ知っている。
「し......の、のめ......?はる、み、や......?」
「とりあえず話は後だ。こいつを、ぶっ潰す!!」
少し銀色の混じった、美しく白い尻尾を挑戦的に揺らしながら。
彼はすらりと、双剣を引き抜いた。
「......チッ、取り敢えず今は退散しましょう。サウンドドラゴンも使い物にならなくなりましたしね」
リンクは憎々しげにこちらを睨むと、魔法陣を展開し始めた。
「でも、僕はソフィちゃんのことを諦めたわけではないからね?あんなに従順で可愛らしい子は、そうそういませんからねえ?......"Spatial instantaneous movement"!」
瞬間移動魔法、"T-9999"。
リンクの姿は、一瞬にして消え去った。
残されたサウンドドラゴンは、絶望的な悲鳴を上げながら1匹、物凄い轟音を立てながら倒れた。
"癒しの雨乞い"の効能は、邪心のない魔力を扱う者の体力を回復し、邪心に満ち溢れた者の体を溶かすのだ。サウンドドラゴンの体が、みるみるうちに溶けていく。
「おい、レイナ」
「分かってるって」
癒しの雨が少しずつ収まっていき、雲のあいだから晴れ間がさしていく。
「ほら、もう君は自由だよ。お家に戻りな?」
その声を聞いたサウンドドラゴンは、のそりと起き上がると、覚束無い足元ながらも、ゆっくりと足を村の外へ向けた。
「......さて、魔物は片付いたわけだし、お前の破れた鼓膜もざっと治したし、勇者様とそのモンスターたちも怪我は癒えたみたいだけど」
2人は俺へ改めて向き直った。
ウィアレルやソウルたちは意識はまだ戻っていない。勿論、リズは戦い中終始寝続けた。
「なぜ俺が分かった?」
率直な疑問をぶつけてみる。
「それはもう、長年の付き合いってやつじゃないのか?」
そう、あまりにも不明瞭な答えが帰ってきた。
突如助っ人に入ってきたこいつら2人の説明をしておこう。
先程も言った通り、人と狐と狼と兎の血が流れる『白狐元族』だ。
人と狐と狼と兎の血が流れる種族はもう1つあり、それは『アーセヌ族』というが、そっちはまだ絶滅しておらず、健在だ。ただ、人類から差別されており、未だその問題は解決していない。
アーセヌ族と白狐元族の違いは、なんと言っても尾の色と知能の高さだ。アーセヌ族は、血のように赤い尾を持ち、人類より少し高い知能を持っている。医療に長けているとして、前世では注目されていた。相対して白狐元族は、少し銀色の混じった長い尾を持つ。運動神経もずば抜けて高く、彗星の如く大地を颯爽と駆け抜ける。知能は人間よりも、アーセヌ族よりも、誰とも比較にならないくらい高いとされている。
そして、なんと言っても不老不死だ。
アーセヌ族の寿命は1000年あり、それでも充分人類からしてみれば長すぎるくらいなのだが、白狐元族は死なない。死にたくても、死ねない。
これ以外にも、白狐元族にはまだまだ特殊な事情があるのだが、白狐元族の説明だけでこれだけ長い時間を取ってしまっているので、続きはまた後日にしよう。
絶滅したと言われる白狐元族の生き残り、それがこいつらだ。
まずは、リンクを威嚇した双剣使い、東雲ヤナギ。左目を長い前髪で隠しており、身長はあまり高い方ではないが、低くもない。双剣使いとして相当な腕の持ち主であり、前世では俺の幼馴染であり、親友だった。
次に、癒しの雨乞いで俺らを間一髪で救った、春宮レイナ。東雲の彼女だ。真っ白でピンとした小さい耳が印象的で、腰まで伸ばした銀髪は、良く手入れされているのだろう、光を受けて輝いている。白狐元族特有の魔法がずば抜けて得意で、先程の癒しの雨乞いを初め、様々な魔法を華麗に使いこなす。
どちらも、前世で『仲間』としてやっていた人達だ。絶滅したと言われている彼らは、特殊な事情も相まって、山篭りを余儀なくされた。要は山篭り仲間だ。まあ、その前からずっと俺らは知り合いだったが。
彼らは今、普通に考えれば80年以上は生きているはずだ。
「フィウスが転生したというのは風の噂で聞いていたが、まさか魔法が使えないなんてな」
「......どこまで知ってるんだ、お前は」
「さあ?」
東雲はそう、悪戯っぽく笑った。特別知能の高い獣だ、侮れない。
「んで、フィウスは今、勇者ウィアレルを育成する旅に出てるってわけだ。で、たまたま立ち寄った村がモンスターに襲われそうになってて、それで助けに行ったら自分がピンチになったと」
「言うな、情けない」
「仕方ないだろ、魔法が使えないんだろ?あのフィウスから魔法を取ったら何が残るんだって話だよな」
結構今の言葉は胸に堪えたらしい、急に黙り込んだ俺を見て不審に思ったのか、春宮が焦ったような声をあげた。
「ちょっと、ヤナギくん無神経すぎ!あ、ごめんね?フィウスくん。ヤナギくんも、悪気があって言ったんじゃないの」
「いや、事実だし、仕方ない」
「悪いな」
東雲も慌てて謝ってきたが、別に俺は謝罪なんか求めていない。
「で、あいつは誰なんだよ?お前の名前、ソフィじゃねえだろ?だって、ソフィって明らかに女の名前だもんな」
「セルティアの過去については知らないのか。俺が過去に捕らわれてた組織のリーダーだよ。リーダーは、気に入った少年には女の名前をつけて可愛がる」
「きったねえ趣味してるな」
「気持ち悪っ」
「春宮はもう少しオブラートに包め」
唐突の春宮の毒舌も、懐かしいものだ。
「まあ、積もる話も良いが、もう少しで勇者様も起きちまうだろ。今日はこの辺で俺らは退散するよ。なんかあれば、文かなんか送ってくれればいつでも行くよ」
「有難い」
東雲はふっと笑うと、軽く手をあげて、助走もつけずにそのまま高く飛び上がった。それに続き、春宮も小さく手を振ってから飛び上がった。
突然の前世からの客人に、俺は心臓の高鳴りが抑えられなかった。前世で、唯一仲良くしていた者達。人付き合いがあまり得意でない俺にとって、2人はかけがえのない存在だった。
「ん......あれ、俺......」
どうやら、勇者様のお目覚めのようだ。
「おそようございます。どうだ、身体に違和感はあるか?」
「お、おそよう......いや、違和感はないけど......」
上半身だけ体を起こしたウィアレルは、不思議そうに辺りを見回す。
そして、突然、悲鳴に近い叫び声をあげた。
「ドラゴン!!ドラゴンは、どうなったんですか!?俺、確か......」
「ドラゴンに思いっきり切り裂かれてたな」
「さらっと言わないでくださいよ!!しかも、その傷跡見当たらないし!!」
「ほう、傷跡が残らないのか。流石だな」
「いや、全く話についていけない!!勝手に納得しないでくださいよ!!」
抗議の声をあげるウィアレルに対し、俺は何でもないかのように淡々と告げる。
しかし、春宮の雨は凄いな。あそこまで切り裂かれたのだから、内臓くらいは逝っていてもおかしくなかったのに、傷跡1つ残らないとは。
「サウンドドラゴンは俺がどうにかした。代償として銃剣はもうダメになったが、それは仕方ない」
「1人であのドラゴンをのしたんですか!?!?ま、まさか、魔法を!?」
「使ってねえよ」
悪いな、東雲。俺の手柄にさせてもらった。
事実、ウィアレルはガンガン腕を上げてきており、今では恐らく『セルティア』よりウィアレルの方が強い。まだまだ戦術が不安定なところもあるが、勇者として、人以上の戦いはできるようになっている。
俺1人じゃ、間違いなくサウンドドラゴンを倒せなかっただろう。
「取り敢えず......確認したいことがある。手伝ってくれ」
「ほんっといきなりですよね......何をですか?」
「この土地の土の採集だ」
「土......ですか?」
土。それは、魔法を操る者にとってとても重要なものだ。
土のある場所で魔法を展開すると、魔力のエネルギーの1部は土に吸収される。それは魔法使いにとって避けられないことであり、土の多い所での戦いは、魔法使いは戦力が下がる。
そして、その土を特殊な機械を使って鑑定すると、その人の個人の情報が特定出来たり、複数の土を見比べ、上手く行けばその人の心情までも読み取ることが出来るのだ。
しかし、この技術はとても高度なものであり、その機械も市場に出回ることは無いし、知能も高くないと心情を読み取ることは困難だ。だが、読み取ることへの価値は、何よりも高い。
超悪組織『リンク・レイン』の今後の動向を探ると共に、なぜいきなりこんなちっぽけな村へ攻めてきたのかも知ることが出来る。
リンクほど頭の切れる人材であれば、普通は土に染み付いた自分の魔力をかき消してからその場を去るものだが、今回ばかりは東雲に圧され、それどころでは無かったのかもしれない。
「この辺一帯の土のボーリング資料を作る。どこかの民家から細長い容器を貰ってこい」
「え、そんないっちばん大変そうな役目、俺に押し付けるの?」
陰キャである俺に出来るとでも思ってるのか。
To Be Continued!