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第24話 修羅


 な、なんだこの状況は。

 突然の場の空気の変容に、身がびくりと震えました。心臓がドクドクと波打ち始めます。


 シャルロ様のご様子が、明らかにおかしい。


 寄ってくる女性に砂糖菓子のような甘い言葉を振りかけている時の彼とも、不機嫌になって軽口を叩いている時の彼とも違う。


 眉根を寄せて、何かを切望しているような、そんな表情。

 憂いの落ちたそのご尊顔はいつになく色気があり麗しく……胸を衝くような、儚さが滲んでいる。


 一体、どうしてしまわれたのだろうか。

 急に深刻な空気が漂い始めたことにどうにも耐えられなくなって、私は愛想笑いを浮かべました。


「シャ、シャルロ様……? どうされたのですか?」

「どうかしているのは君の方だよ」

 

 頬に冷や汗がつたりました。


 私が、どうかしている……?


 どういうことだ。シャルロ様が何のお話をされているのか、全く分からない。


 それでも、なんだか水を差せる空気ではないということだけは分かる。ただならぬシリアスな空気に呑み込まれた私は、ただ間近に迫っている彼のお顔を見つめ返すことしかできなくて。


 でも。


 見ているこっちの胸までちりちりと焦がされるような激しい感情の表出に圧倒されて、身が、竦む。


 既に結構近い距離にいるシャルロ様が、その間を埋めるようにして、身を屈めた。

 二人を隔てている距離は、あとほんのわずか。

 この異様すぎる状況にどこか本能的に恐怖を感じているのに、全く動けない。 


 まるで宝物でも触るかのように丁寧な手つきで急に頬に手を当てられた時、背中がぞくりとしました。


 呼吸をするのも忘れて、目の前の彼に見入ることしかできない。


 滑らかそうで、太陽を知らぬ白い肌。肩上あたりに真っ直ぐに落ちている冴え冴えとした銀の髪。

 その紫水晶の瞳には、間違いなく女の子の心臓に甘い毒を振りかける力が備わっている。

 このぞっとするほどの凄絶な美しさに、一体何人の女の子が囚われ、泣かされたのだろうか。


 ――って、ストップストップストップ! 

 なにがなんだか分からないうちに、ものすごく距離をつめられているのですがこれは!?


「シャ、シャル、ロ、様……? な、な、ななななななななな、なにを、やって……! ご、ごごごごご冗談が、過ぎますっ」

「冗談、か。君が、それを言うの?」

「えっ」

「ホントに無自覚? それとも、そんなことすらもどうでも良いくらいに、興味をもたれていないのか」

 

 熱に浮かされたように呟く彼には、もう、私の声なんて聞こえていないみたいだった。


「ネリ。…………もっと、僕のことを見て」


 皮膚が粟立つほどに色香を含んだ声でそっと囁かれて、背筋がびくっと震えたその時でした。


 談話室の扉が開き、零れ落ちてしまいそうなほどに見開かれたその切れ長の赤の瞳と私の視線が交差したのは。


 エルシオ様…………!!!!!


 本気で心臓が破れてしまうかと思った。


 心の中では喉が擦り切れそうなほどに叫んだけれどそれは現実の声とはならず、私はただただシャルロ様と向かい合って立ちつくしていることしかできませんでした。


 エルシオ様は私たちを目にした瞬間、ハッと息を呑んで、すぐに扉を勢いよく閉じたのでした。


 それは正にほんの一瞬の出来事だったけれども。

 彼の瞳は、いつになく紅く、朱く、赤く濡れていた。

 世界が終わる日の落日のような緋色に、脳内が侵される。


 胸の動悸が、どうやってもおさまらない。


 シャルロ様はエルシオ様が顔をのぞかせたことに気づいた様子もなく、変わらず私のことを見つめている。


「シャルロ様。今、エルシオ様が……」


 口にしかけて、ドキリとしました。

 そう言って見上げた時のシャルロ様が、いつになく冷たい顔をされていたからです。


 見る者をも凍えさせるその冷たい表情は、ゲームの中でも見たことがありませんでしたがかなりの迫力で。背中をすっと氷の指で撫で上げられたかのようでした。


「へえ、そう」


 ――なんだか……今この瞬間、とんでもないことが起こっている気がする。


 そしてそれは……他でもない、私が引き起こしてしまったもの……?


 どうしてだろう。


 私はただ、エルシオ様に、幸せをつかんでいただきたかった。

 ただ、それだけだったのに。


「申し訳ございません……私、そろそろ、仕事に戻りますっ」


 あの視線が交差した一瞬で全てが吹き飛んで、私の脳内は、赤に蹂躙された。

 他のことなんて、何も考えられない。余裕なんて、あるわけない。


 私は距離を取って哀しそうにうつむいているシャルロ様に急いで頭を下げると、逃げるようにして談話室を飛び出しました。


 部屋に取り残されたシャルロ様がテーブルの下で丸まった子猫を抱き寄せながら、独りこんなことを呟いていたなんて、知る由もなく。


「敵わない…………そんなの、昔から、分かりきっていたことじゃないか」

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