1話:勇者は家に帰りたい
「どこだここ」
白藤景目が覚めてまず思ったのはそれだった。どこかで見たことがあるような、ないような。でもやっぱりあるような、そんな良くわからない場所にいた。日本なのか、そうじゃないのか。それすらも分からない。
「……どこだここ」
辺りを見渡す、白い床に白い壁白い天井。白、白、白。心の不安とは真逆の明るい部屋にいた。
「どこだここ……」
三度自然と口から漏れた質問に、後ろから少し小バカにしたような声が返ってきた。
「それ、3回目よ」
「ッ!!!」
振り向きざま声のする方へ飛び掛かる、狙うは太もも。と同時に足を取りそのまま押し倒す。声で女性だと判断したからだ。180cm82kgの意表を突いたタックル、止めれるわけがなかった。
「きゃっ」
倒された方は小さく悲鳴をあげ両手をあげる。危害は加えない、そう意を表しているようだ。
「誰だ!!!」
馬乗りになり、首を左腕で抑え右手はいつでもやれるようかためる。
「答えろ!!!」
「ま、待って」
女性はか細い声で答える、押さえつけながらここで初めて顔を確認した、サラサラと綺麗なシルバーの髪に薄い緑の目整ったパーツに白い肌。この女もどこかで見覚えがある。が、それも思い出せなかった。ただ1つ、分かっているのはこんな部屋にいきなり現れたヤツは怪しい。それだけだ。
「日本人じゃないな……誰だ。さっきは居なかった、どうやって入った、扉はあるのか、ここはどこだ。お前は誰だ!!!」
矢継ぎ早に質問を重ね景は声を荒げる。
「ま、待って、1つずつ答えるから、ちょっとそこをどいて」
「いーやどかない。答えろ」
さらに力を込めるが
「私は殺せないわよ……勇者さま」
額をつぅーと汗が流れた。この部屋、この女、見覚えがあると思ったが……。
小さく笑い、1人つぶやいた。
「ははっ……まさか」
「そのまさかよ、ホラ、あなたも好きでしょ、思い出して?それと同じ」
もう一度辺りを見渡し
「ありえねえよ。だって、だってこれ」
「現実よ、質問に答えるからそこどいて」
腕の力をゆるめ、そのまま後ろに尻餅をつく。
髪をぐしゃぐしゃとかき、でかいため息をついた。
「まずここ、この部屋なんだけど」
「『勇者は2人も要らない』だろ」
「そう。わかってるじゃない」
「好きだから。じゃあその、そのゲームの中に?」
女性はニコリと微笑み、えぇ。とだけ返した。
「お前の名前はアイリス?……ここは、ここは夢か?」
「えぇ。覚えてるのね嬉しいわ。現実よ。現にさっき私に触れたじゃない」
「……まじか」
アイリスは半分笑いながら
「えぇ。そういってるじゃない」
「ここは、その、マジでゲームの……『勇者は2人も要らない』の」
「えぇ、そのまんまよ。何から何まで、ね」
『勇者は2人も要らない』は今世界で人気のVRアクションだ。セール開始からSNSで一気に広まり月額500円ながら既存ネトゲのアクティブユーザー数をぶち抜きVアクションのジャンルトップになった。
このゲーム目的は至ってシンプルで他のプレイヤーより先に魔王を倒せばクリア。それだけだ。
「俺の、クラスは?」
このゲーム、クラスが12ある。勇者にクラスと聞くと変だが、現にそうなのだ。
12人の勇者にはそれぞれクラスがある。大剣・クラブ等を扱える戦士、レイピア・長剣等が扱える騎士。
他には弓兵、守護者、白魔導士、黒魔導士……といろいろあるが
「あら、物分かりが早くてうれしい。だてに世界2位じゃないわね」
「今はうれしくねえよ。それがここに連れてこられた理由か?」
「いいえ」
「……クラスは?」
アイリスはまた、小さく笑い。
「持たざる者」
「まじか」
持たざる者はこのゲームにおいて重要なクラスだ。なぜなら、このクラスだけ、他と違い『レア度2までしか装備できない』からである。ちなみにマックス25だ。
「えぇ、残念。他に質問は?」
「戻れるのか?」
「それは家にってこと?」
「あぁ」
んー。と髪をいじりながら
「このゲームのクリア条件は知ってるわよね」
「魔王を倒せば」
「クリアしたら帰れるわよ」
「本当か?」
「えぇ」
「そうか」
景はそれを聞き終えるとばたりと後ろへ倒れ、死んだようにそのまま眠った。
ただでさえ異常な現実につかれたのだ。
「……現実か」
目をこすり、辺りを見渡す。もしかしたら、と思ったが。
「残念ながらね。じゃあそろそろゲームが始まるけど」
「あぁ」
景はゆっくりと立ち上がる、いつの間にか壁に扉ができていた。
もうここまできたら何が起こっても驚かない。
「ステータスが見たかったらそのブレスレットに触れてね」
景は左腕を一瞥した、左手首に緑色の小さいディスプレイ付き機械がまかれていた。
「いつの間に?」
「寝てる間に、安心して何もしてないから」
ピッピと画面をタッチする。
やはりクラスは『持たざる者』だ。でもなんだ?このステータス。
「あ、そうそう。スキルはもう決まってるわよ。見といてね」
「さっきはなかったけど」
「知ってるでしょ?チュートリアル終了がトリガーって」
スキルとは各クラスゲームスタート時に1つだけ選ばれる能力で、その数は噂に聞くと1000を超えるらしく未だ発見されていないものもある。
VR故、自由に攻撃できるこのゲームではこのスキルの良しあしでプレイの幅が大きく変わるのだ。
「……なんだこれ」
シラフジ ケイ
クラス:持たざる者
ステータス
MP10/SP10
スキル:自分が殺した生物を生き返らせる(消費SP10/1回)
「じゃあ、行ってらっしゃい。最後に何かある?」
「家に帰りたい」
「ははっだーめ。がんばってね~」
「クソが」
捨て台詞を吐く背中に笑いかける
「はははっまた会いましょ」
景が居なくなってから、アイリスはふと「他の人より驚きが少なくてつまらなかったな」と思った。