漂流?
蛇足編スタートです。
おっかしいな。ハモンの奴、ちょっと休んで任務って言ってたのにな……
☆
オレが迷子のような事になったのは、今から5年前の事になる。
かつてのオレは世界内存在としての役目を終え、上の存在の一員となった。
そして洗礼の名の下にある世界を体験中、新人の管理をうっかり消してしまったのだ。
相手からのちょっかいに反撃したようなものだが、それでも世界の安定に寄与しろと言われ、それをこなした。
そしてそれが終わり、いよいよ初任務になるはずだったんだけど、その前に少し休めと言われたんだ。
そうしてあの世界で別人になってのんびりしていたところ、ある朝起きたらここに来ていた。
この世界、パッと見にはかつての現実世界のように見えている。
世界地図もそのままだし、実際に世界を巡ってもみた。
よく、地図はあるが実際には違うと言った小説もあるからと、実際に世界を巡ってみたのだ。
元々そこまで詳しくは知らないが、かつての記憶も総動員し、言語も含めて調査した。
その結果、なんら相違が見つからないのだ。
更に最悪な事に、上との通信も繋がらない。
普通は世界は管理と呼ばれる存在が統括し、それに俯瞰と呼ばれる者達が付き従う。
その管理空間へのアプローチ……精神体になって転移しようと思うのに、それがやれないのだ。
かつての体験から世界間転移すら可能になったオレだが、周囲の何処を見ても何も見えない。
まさか、ここは……ハモンから聞いた原初の世界……なのか? いや、まさか、そんなはずは。
発生世界と呼ばれる原初の世界がある。
そこでは全ての生命が発生し、死したる後には昇り、オレ達の時空に来ると言われている。
そこはこういう世界らしいのだが……当時はそういう疑いを持ったまま、そして今はかなり切実に。
それでも立ち位置の確保はしようと思った。
ここがそれであれ違う場所であれ、後々、立ち位置の確保は必要な技能、ならばそれをしようと……
そうして今、オレは学生をやっている。
かつて中卒でゴタゴタに巻き込まれた経験から、きちんと学んでみようと思ったのだ。
いや、確かにかつての記憶には、高校卒業の記憶もありはする。
しかし、腰掛けでの体験しかなく、ちゃんと学生生活をやった記憶は無い。
そういうものをやってみたいと思ったんだ。
中学1年からそれをやり、高校はストレートの中高一貫校。
2年になった今、クラスメイトともそれなりに馴染み、友達らしき存在もいくらか居る。
もっとも、親友などと言うものは出来なかったんだけど、それは仕方が無いよな。
そんな訳で、修学旅行なんだけどさ、高2にするものなのか? 普通。
まあ、3年になったら色々と忙しくなるから、2年のうちにって方針かも知れないけどさ。
それは良いんだよ。ただな、ちょっと今、ヤバい事になり掛けていてな。
仮初の人格ってのを何とか拵えようと努力してだな、後はステータスに偽装を施してだな、マナを圧縮して隠そうと努力してだな……
【落ち着くのじゃ……皆の者、良いか、おぬしらはもうじき飛行機事故で死ぬ】
世界が開いたと思ったら、いきなりこんなイベントが始まっちまったんだ。
管理空間に行けないのは、どうやら封鎖されていたようで、だから他の世界を見る事も出来なかったらしいんだ。
新人は辛いよな……
とにかく、原初じゃなく、どっかの世界ってのは判明したけど、イベントに勝手に混ざるのはヤバいんだ。
後でこっそり相談して対処するしかないけど、今はバレないようにするしかない。
だからこんな思考も拙い訳で……成り切りスタートだ……
「どうなってんだこれ」
「空耳じゃないよな」
「お前も聞こえたのか」
「死ぬとか言われても困るよな」
☆
彼の話によると、この飛行機は落雷で墜落し、全ての人が死ぬらしい。
まあそういう設定な以上、生き残っても殺すんだろうけどさ。
それはともかく、どうせ死ぬならその命、異世界に送る事なら出来るがどうするかって話だ。
普通さ、そんな事が出来るなら、全員を安全地帯に送ってくれよと言いたいよな。
全員を世界間転移させる労力があるなら、航空機ごと空港に転移させるほうが楽なはずだし。
どうにも破綻しそうな理論を展開しているが、それに乗せられるのがシナリオなら何も言えんよな。
「どうする? 」
「どうすると言われてもよ、このままだと死ぬんだろ」
「普通さ、落雷で航空機は落ちないものなんだけどな」
「え、そうなのか? 」
【今回の場合は墜落するのじゃ】
今回って何だよ。
「落雷が分かるんならパイロットに教えてやってくれよ」
「おお、それは良い……なあ、頼むよ」
【そのような話、到底信じられぬと言われようの】
「やってみないと分からない」
「そうだそうだ、頼むよ、神様」
え、邪魔してるって? だってさ、底が見える説明とか、白けるだろ。
【無理であった。やはり運命は変えられぬの】
「ならさ、今からちょっとパイロット達、拉致してオレが操縦を」
「おいおい、お前、厨二病じゃヤバいって」
「エマージェンシーコール出しながら、自動操縦でやれば、素人でも操縦ぐらいは……」
【そのような時間はもう無い。さあ、決めるのじゃ。ここで死ぬか異世界へ行くか】
やれやれ、パイロット達? そんなの居ないじゃん。
飛んでいると見せかけて、この航空機は空港の端で止まってんのよ。
そんでさ、飛んでくるのよ、ミサイルが。
巡航ミサイルっぽいのが、遥か彼方から近付いているのよ。
あれ、みんな決めたのか……少しずつ減っているんだけど。
【どうするのじゃ】
「行く」
流れには従いましょう。
ここで反転同期したら大笑いだよな、くくくっ……
さあ、異世界とやらに送るがいい。
折角の足場だったけど、どのみち迷子なんだし、もういいさ。
☆
普通はさ、神様の説明みたいなのがあってさ、神様からのチートとか授かるものだよな。
オレだけ無しですか、そうですか。
【おぬしはゴネたからの、罰としてそのまま過ごすがよい】
えこひいきだろ。
【努力をすれば何とかなろう。さあ、ワシはもう行くぞ】
はいはい……そんな訳で、そこらの奴らのステータスを参考に、一般人的なのを作りました。
キルト=ミドリヤマ=カーティス
えっと、これはクォーター設定というやつですね。
爺さんがフランス人って事になってました。
まあもう戻らない世界の設定なので、どうでも良いですけど。
ああ、ステータスでしたね。
キルト=ミドリヤマ=カーティス
レベル1
称号
HP 80/80
MP 10/10
スキル
魔法
恩恵
実にあっさりしてますね。
ちなみに、皆さんは派手ですよ。
レベル1
称号 勇者
HP 1500/1500
MP 300/300
スキル
剣術
槍術
アイテムボックス・異世界言語通訳・身体強化・精神強化
魔法
火
水
土
光
恩恵
女神の恩恵
まあそんな訳で、皆さんは勇者だの英雄だの、大魔導士だの色々で……
神官さんが1人ずつ、スクリーンみたいなのに出していくんだよな。
で、オレの番になって怪訝な顔になり、クラスの奴らもざわついで……
「お前、何で、何にもねぇんだよ」
「神様がな、お前だけ無しって酷いだろ」
「色々ゴネてたからじゃないの? 」
「神様のバチが当たったのよ」
「これはまた……」
「まあそういう訳だからさ、オレ抜きでやってくれ」
「おい、どうするんだよ」
「市政で地味に生きていくさ。じゃあな」
「おい、待てよ」
「ほっときなさいよ。どうせ、一緒にはやれないんだし」
「けどよ、このままじゃ」
「ありがとな、ユウキ」
「キルト……」
神官さんに小銭を貰い……1ヶ月ぐらいは生きていけるとは言っていたが……オレは城から出る事に成功した。
その小銭なんだけどさ、どう言えば良いのか……かつて世界内存在として生きていた頃の通貨そっくりってよ。
使って良いのか? ボックスの中のわんさかとある資金……参ったね。
クマネコの串肉を出して食べながら歩く。
大量に作ったけど結局、これも売る事にならなかったな。
ヨロ串も塩抜きして大量に入れてあるけど、減った気がしないんだよな。
さあ、これからどうすっかな。
ひとまず使えるかどうかテストしてみようと、ボックス内の銀貨で宿泊を……やれました。
粗末なベッドに横たわり、世界の外を見てみようかと思えば、何の事はない隣だった。
やれやれ、隣から転移させたのかよ。
つまり、あの世界と同様、ここも双子世界なんだな。
こういう手法が流行っているのかどうかは知らんが、ちょっと世界の様子でも……
精神体で世界一周……しようと思ったら、妙に狭いこの世界。
てかさ、どうなってんだよ、この世界はよ。
剣と魔法の世界のはずが、ここは同じ惑星上だぞ。
ちょうど中東の砂漠地帯に拵えたような世界がここだ。
まさかこれ、夢オチになるタイプの世界じゃないだろうな。
世界の壁を通して、空港の端に止まっているはずの航空機を見る。
あれ、ミサイルどうなった。
撃墜されたのか?
おっかしいな、あの航空機に向かって飛んでいたのに。
もしかして、断る奴が出た時はそのままで、全員が希望したから止めたとか。
どうにもセコイような気が……
翌日、街を散歩してみるが、どうにも底が浅いと言うか何と言うか。
街が妙に新しいのだ。
いかにも作りたてみたいな街でさ、長年住んでいるとか言っているけどさ、
じゃあ新築にしたのかと聞けば変な顔をする。
「いや、もう30年住んでいるぞ」
「じゃあ何でこんなに壁とか新しいんだ」
「そういや変だな」
「城壁もシミひとつ無いし、最近出来た街かと思ったぜ」
「ううむ、言われてみれば確かに変だな」
「城の兵士はきれい好き、町も壁も掃除してますってか? 」
「ううう……どうしてだ、どうしてこんな」
あちこちで聞けば皆さん不思議そうな顔になる。
どうしてこんなに作りたてみたいなのか、誰も知らないようだ。
やっぱりそういう設定なだけで、魔王とか居ないんだな。
☆
「なぁ、魔王って何処に居るんだ」
「何処と言われても困るが、とにかく攻めて来るという話じゃ」
「わざわざこの島に? 」
「そう言われてみれば変じゃのぅ」
「こんな小さな島にわざわざ攻めて来る理由が何かあるのか? 」
「ううむ、なしてじゃろうの」
「じゃあさ、その魔王は軍団か何かがあるのか」
「それも分からぬ」
「勇者を300人も召喚するぐらいだ。それはそれは凄い軍団なんだろうな」
「なんと、それ程にも召喚したのかの」
「街の人口が一気に増えたね」
「ううむ、なしてそのような大勢なのじゃ」
「誰も見た事が無い魔王、まだ攻めてきてない魔王、なのに勇者召喚って早すぎない? 」
「確かにの」
「普通はさ、お城の兵士が戦って、どうにもならないってなってから呼ぶよね」
「ううむ、しかしの、それでは間に合わぬからじゃろ」
「じゃあお城の兵士は要らないよね。余計な税金の元になってそうだけど」
「そう言えばそうじゃの」
「島の周りに他の国も無いみたいだけど、国交は何処と何処なのかな」
「ううむ、言われて見れば、ほかの国など聞いた事も無いの」
「なのに相手が魔王だと分かるんだね」
「それはお告げがあったからじゃ」
「どんな姿かってのも聞いたのかな。そうじゃないと隣のおじさんが実は魔王とかさ」
「ううむ、言われてみれば、姿などは聞いておらぬの」
「誰も調査に出てないんだね」
「そう言えばそうじゃのぅ」
「普通はさ、お告げとかもらったら確認をするよね。それなしにいきなり召喚ってさ、された人達の事はどうでも良いんだね」
「された? 」
「あのさ、あんたがさ、いきなり他の世界から呼ばれてさ、勇者様って言われたらどうすんの」
「ワシなどが呼ばれるはずもなかろうて」
「でもさ、今回呼ばれたのは普通の人間だよ。ただ、来る時に神様に力をもらっただけの」
「う、なればワシでも」
「しかもオレ、力もらってない、普通の人間だぞ」
「なんと、おぬしも呼ばれたのかの」
「さあどうする。オレは神様から何ももらってないんだ」
「それは……しかし、何かあるのであろ」
「そりゃ殴るとか蹴るとかは出来るよ、人間だし。でも剣術も何も収めてないし、魔法だって使えない」
「そ、それでは何も」
「呼ぶのは良いが、帰せない。なぁ、どう思う? 他の世界から人間を誘拐するのって」
「ううむ、確かに誘拐じゃの」
「それでもさ、魔王なんてのが本当に居ればまだ許せるよ。だけど調査もしてない、まだ戦ってもない、お告げだけで誰も知らない、こんなの許せるかよ」
「ううう、なしてこのような事に」
「頼むよ神官さん。魔王の調査、きちんとやってくれるね」
「あい、分かった。必ずそれは行おう」
って事で別れたんだ。
今頃どうなっているかねぇ、くくく……
しかしさ、町の住民は僅かに3000人ほど。
つまりさ、この勇者騒ぎは強制移民な訳だ。
あいつらは今頃、もしかしたらもう……【反転同期・流し】……
うん、こんな感じに意識調整されて、元々ここに住んでいたって事にされてさ……ああ、出て来たな。
城から出て来たあいつらは、元々ここの住民だったかのように……
【地域調整・反転同期・流し】
お、気付いてキョロキョロし始めたな。
なんかさ、これってオレの能力試験か何かなのか?
普通さ、分かるよね。
超越者が混ざっているなんて事。
そんなのスルーして送り込んでさ、ゴネたから何も無しとか、あり得ないよな。
更に言えば調整を流されて何もしないとか、ますますあり得ないよな。
「キルト、お前」
「やあ、どんな感じ? 」
「いやな、魔王の退治の話はされたんだけどよ、どこに居るか知らないと言われてよ」
「調査も無し、確認も無し、誰も知らない、お告げが頼り」
「くそぅ、ちゃんと調べてからにしろよな」
「つまりさ、あそこで死ぬ運命だったから、この世界で暮らせって言うだけで、魔王ってのは関係無いんだよ」
「うっ……」
「神様がやったのはな、これから死ぬ命を連れて来た、強制移民な訳よ」
「じゃあ魔王とかは」
「みんながお告げを信じるなら、何でもやれるよな。嘘でもさ」
「おい、その話、本当なのかよ」
「自分で考えてみろよ。それが信じられないからと言ってオレに言うな」
「けど、お前、事情に詳しそうだろ」
「あのな、オレは街で色々調査したの。んで、色々考えたの」
「なら魔王ってのは嘘かよ」
「知りたいなら調べて来いよ。船を借りて島の外を」
「島? ここは島なのかよ」
「他の国を誰も知らない、他に国があるかどうかも分からない。総勢3000人ぐらいの小さな島」
「そんなのって……嘘よ」
「これから死ぬと脅され、魔王退治とおだてられ、やって来ました強制移民。君達はこの世界の礎として、ここで子孫を産み育てる事になるんだね」
「冗談じゃあるかよ。今度のインターハイはスカウトも注目してるって、オレは、何の為に今まで」
「嫌よ、あたし帰る」
「帰してよ、お母さん、来月手術なのに」
あれ、ユウキの奴、オレの何が気になる?
「どうした、ユウキ」
「お前は妙に平気そうに思えてな」
「ふっ、オレは関係無いからな」
「どういう意味だよ」
「オレは観光に飽きたら帰るよ」
「お前な、厨二病じゃどうにもならねぇんだぞ」
「なんだ、帰るスキルもらわなかったのか」
「そんなの……お前、もらったのか」
「何もくれなかったと言っただろ。戻るスキルは自前だ」
「はぁぁ、それじゃあダメか」
「お前、オレを本当にそんな病だと思っているのかよ」
「いいからいいから、そういうのはオレもな。お前はちょっと長引いているだけ、うん、それだけだからよ」
どうにも厨二病だと思われているようだな。
まあ、うっかり力を見せたらそれっきりになるんだし、おいそれとは見せられないのは確かだが……
だから思わせぶりな事をよく言ってて……ああ、それでかよ。
けど面白いな。もっと色々矛盾突いて遊ぼうかな、くくく……
「なあなあ、この街以外に人は居ないのによ、どうやって食っているんだと思う? 」
「そんなの関係無いでしょ」
「お前、メシは食わなくて良くなったのか? 農地も牧場も無いここで、食い物の事が心配にならんのか」
「嘘だろ……」
うむ、久しぶりに食うけど、やっぱりマイタンは旨いな。
「お前、何食ってんだ」
「うん? オレの食い物が気になるのは良いが、欲しいなら自分で何とかしろよな……シャクッ」
「見た事の無い果物だな、そんなの売ってんのかよ」
「欲しいなら買って来いよ」
「いや、金が無いからな」
「神官に言ったらくれたぞ」
皆はぞろぞろと神官のほうに歩いていく。
マイタンの後はお団子だ。
これも大量に作りはしたが、衛星都市でも作ってたから増える一方だったんだよな。
うん、自前のほうは置いといて、製品のほうから食うんだけど、これも中々の味だな。
世界内存在の頃は落ち着いて食えなかったが、今じゃこうして味わえる。
もうあの世界は無いんだな……となるとこれは思い出の味って事になるのかな。
ありとあらゆる品を買って入れたんだけど、あれらも思い出の品になるのかねぇ。
もしかしたらそういう思い出の品が、今後のモチベーションに影響するとかさ。
郷愁を形にして残すってのもひとつの手だとは思うけど、そんなの関係ねぇよな。
欲しければ作れば良いんだし、オレはそうして来たが……ああそうか、もうそれはやれないんだ。
世界の中で勝手に構築はやれなくなる……だから自前の品で何とかするしかなくて……
やれやれ、過保護だねぇ……
☆
オレが色々疑問点を出してやると、初めてそれに気付いたかのように皆は動き出した。
食糧倉庫にはいつの間にか小麦粉の袋が出現するとか。
兵士は外敵も無いのに税金の無駄遣いをしているとか。
いや、そもそも、働いたら金になりはするんだけど、大本が分からないと。
つまり、元請けの無い産業と言えばいいか。
知らぬ間に倉庫に出る小麦粉を、売って買ってパンにして、売って買ってとやっている。
肉も同様だ。牧場も何も無いのに、精肉倉庫に現れる肉を当たり前のように、売って買ってとやっている。
しかしな、パンと肉だけでどうしろと言うんだよ。
調味料は塩だけで、野菜も果物も無いって……それでよく病気にならないな。
「うっ、何この肉、臭いし固いし」
「何だよこのスープ、ただの塩スープかよ」
「こんな固いパン……美味しくない」
ふむ、やっぱりクマネコパンは旨いな。
オレは当分、こいつがあれば……おっと、シャガノールも食っとくか。
皆が不味い不味いと騒いでいる片隅で、チョクランにクマネコの肉を挟んだ特注を食っている。
あれからパンだけ特注して、肉はクマネコの肉にしたんだよな。
そうしたらやたら人気が出やがって……クマネコパンの名前でかなり売れて……
それでも在庫は相当入れたんだけど、良かったな、作っといて。
お、キラルも旨い……ふうっ、極楽極楽……あれ……
「旨そうなもん食ってるじゃねぇかよ」
「これは自前だ。普段からな、こういう事があっても困らないように、オレは準備していただけだ」
「そんなのどうやって持ってたんだよ」
「あれ、アイテムボックス、もらったんだろ? 」
「あっちで無かったら意味がねぇだろ」
「あれ、生まれた時に神様にもらってないのか」
「嘘だろ……そんな……事に」
「オレは生まれた時からあったから、色々な食い物とか入れておいたんだ」
「キルト、お前、アレじゃなかったのか」
「オレはてっきり、皆も持っていると思ってたんだが」
「そんなのあるかよ」
「ねぇねぇ、それ、まだあるの? 」
「大量にあるぞ」
「ちょうだい」
「お前、店に行ってさ、たくさんあるから1つくれと言って、くれた事があるか? 」
「良いじゃない、お店って訳じゃ無いんだし」
「じゃあ畑だ。え、農家の人にさ、その畑にたくさん生えているの、1つくれと言ってもらえるか? 」
「ケチケチすんなよな、あるんなら出せよ」
「強盗か、お前は」
「あんだと、コラ。やんのかよ、てめぇ」
「止めなさいよ」
「てめぇは前から気に入らなかったんだ。表に出ろ」
「死にたいの? オレ、手加減出来ないよ」
「上等だ、コラ、殺してやんよ、この力でな」
「魔王出現だな。ほら、そいつが魔王だ」
「お前、そうなのか」
「誰がだ、誰が」
「そうやって力を頼りに他人を殺そうとする、そういうのを魔王とか言うんじゃないのか」
「喧しい、とっとと表に出やがれ」
「だそうだぞ、勇者様達。魔王になっちまったそいつ、どうするんだ」
論点のすり替えと軽い暗示で、すっかり魔王扱いされるそいつ。
店の外ではそいつらによる、争いが起きようとしていた。
オレは手加減しなかったよ?
出来ないと言っただろ?
暗示も力のうち。腕力しか思い付かなかったようだけどさ。
さあ、そいつをどう乗り切るんだ?
食後にサクリン酒を飲みながら、ぼんやりと観戦する。
こいつはかなり薄めた代物で、アルコール分は殆ど無い。
仄かなサクランボの風味が鼻腔をくすぐり、淡いアルコールが喉を潤す。
これも果実酒の一種になるのか、やっぱり旨いな、この酒は。
争いは段々エスカレートしていき、通りから街の外へと発展する。
大勢対1の戦いは、彼の逃亡で決着が付いた。
街の門は固く閉められ、魔王に対する対策が始まる。
大方、オレをスケープゴートにしようと思ったんだろうが、オレはそんなのに興味は無い。
能力があるからと言って、なんで魔王を演じなきゃならん。
やらせたいならちゃんと最初から言えよな。
迷子のオレはあくまでも世界の傍観者の立ち位置で、シナリオの推移を見るだけだ。
町の中の屋台の立ち並ぶ一角、かつて買った家畜の混成肉のでかい串を売る。
そこらの塩味だけの、推定羊肉じゃないぞ。
三種混合調味料は、豚羊混成肉をそれなりの味にしてくれる。
金貨5枚と出してやっても、食った奴は絶賛して買えるだけ買って帰ろうとする。
ここの通貨は、銅貨が10円相当、銀貨は100円相当、金貨は1000円相当らしい。
つまり、通貨の量が限定されているようなので、ひたすら集めてみようかと思ったのだ。
流通不可能になるまで通貨を集めてやりゃ、経済が破綻するかも知れんしな。
しなけりゃしないで金の含有している金属の円盤は、分離してやりゃ良いだけだ。
旨い旨いと皆が絶賛し、5000本の混成肉を売り尽くした。
やっと1山売れたか。あんなのがまだまだあるんだよな。
伊達に商業ギルドに通っていた訳じゃない。
銅貨10枚の原価の串肉は、5000本を1山として、
行くたびに20山とか50山とか、過剰分の買取になってよ、今じゃボックス内に数千単位であるんだよ。
混成肉ってのはな、魔物も含むんだよ。
皆が毛皮とか取った後の金色狼の肉とかさ、羊皮紙にした羊の肉とか、とにかく肉が大量に出来てよ、余ってたんだよ。
そりゃ皆も肉は食うけどよ、もっと旨い肉がいくらでもあるとなりゃ、特に味の落ちる肉は売れなくなる。
かと言って捨てるのももったいないとなれば、混成肉にして串で売るしかない。
二束三文になりはしたが、それでもその手の串肉は大量に市場に流れていた。
売れない串肉を引き取ってやると、ギルドも助かるようで……
だから日本円にして、1本100円とかになっていたんだよ。
かつては1グラム1円と言われた肉だけど、半年処理を施して旨い肉になっている。
だから250グラムと言えども、金貨5枚……5000円出しても欲しいと思うんだろうな。
50グラムの肉を5つ挿してある串肉は、5000円相当の金貨で5000本売れた。
途中から銀貨に換わったから、金貨の量はかなり減ったと思われる。
そして翌日も5000本の販売をするも、ますます銀貨の割合が高くなる。
そしてそのうち物々交換となり、不味い肉と旨い串肉の交換になる。
でかい箱に満載になって、精肉倉庫に置かれる肉を全てと、串肉数本の交換。
小麦粉のでかい袋が山になっている、それと交換で串肉を手に入れようとする者達。
既に通貨は流通の主役から降り、物々交換になっていた。
不味い肉は追い出されたあいつの前に転送してやり、生で固い肉を必死で食べている。
街の奴らは既に、オレの串肉以外の食事は口に合わなくなっており、手持ちのあらゆる品を持参して、換算しての交換となる。
あいつらもそれは同様だ。
あちこちの倉庫からの運搬業務を請負い、それと引き換えに串の中の1塊を食事とする。
5人で1串、これが1食の食事になっている。
どうやら肉と小麦粉は毎日送られてくるようで、それぞれ5本ずつで交換成立。
50個の肉の塊は、塩味のスープに刻んで入れられ、街の者達の食事になっている。
交換取引の中のワインの樽には、不味い肉を漬け込んである。
ブドウも無いのに何故かワインはある訳で、同様の理由でエールもある。
それらは全て交換取引で入手しており、串肉のスープに化けている。
もうじき破綻しそうなんだけどな……
すぐ終わりますので。